決勝エントリー

 お昼時、神楽は2人に缶ジュースを差し出した。


「予選、お疲れ様! いやぁ、今までで一番良かったよ、とうくんの読み! ――伊月もつきっきりで指導した甲斐があるってもんじゃんね?」


「ああ、それには同意するが……。河神、お前どうしてジュースを買ってきた? 喉に悪いだろう」



 伊月は貰った缶ジュースを鞄に仕舞う。神楽はそんな伊月を小突くと、


「厳しーねぇ! 伊月様は。あ、飲んでいいよ? この人が、大会中は――いや、練習中もだね、水しか口にしないだけなんだから」


と口を尖らせる。それで、透は素直にプルトップを引いた。



 あまり缶を見ていなかったせいか、香りで林檎ジュースだと知れた。控え室は、暖房と集まった生徒との熱気で正直暑かったので、透にとってはありがたかった。





「あと5分で決勝エントリー発表だから、朗読組は2人でいっておいで?」



 不意に神楽が微笑んだ。それはそれは、優しい顔で。――透の緊張が、わかるかのような。そして、透の緊張が、ほぐれるように。


「私も、すぐ合流するからさ」




 果たして、伊月は決勝に残っていた。

 透は「高校の合格発表みたいだ」と心の中で呟き、受け取ったエントリー用紙に目を通す。


「――透」

 肩に手が置かれる。

 見上げた伊月は、笑っていた。





 下から3番目、確かにその文字列は在った。


 どのような順番で(例えば順位で)並んでいるのかは定かでなかったが。



「横浜海風 弓射ゆのいとう  決勝エントリー 6」




 暫くして合流した神楽は、「よくやったじゃん! ほら、私も通った」と、右手に持ったエントリー用紙をひらひら振った。

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