ラッキーじゃん

 大会の公式サイトには、朗読B会場・20番・県立横浜海風・弓射ゆのいとうとあった。


「一発目から“予備審査”ねぇ? 2回読めるなんてラッキーじゃん」


 透のスマートフォンを覗きながら、神楽はばしばし透の肩を叩いた。痛かった。


「“予備審査”って何ですか?」

「大体20番、30番辺りに回ってくる、審査基準を決める仕事だな。要は読む回数が1回増えるわけだ」


 伊月は自身のスマートフォンを見ながら答える。その手を返して、画面を透たちの方に向けると言った。

「俺は42番らしい」

「私は8番だから、私も伊月も、!」



   ***


 会場になった私立高校は、とても綺麗な上、広かった。11月も終わりに近づき、風が身にみるようになった季節である。しかし、そんな木枯らしも、透には気にならなかった。


 この半年磨き続けてきた思いを、伝えてやる。


 その一心だったので。



 ――本当なら、この大会が初めての大会になるはずではなかったのだ。

 放送委員になって2ヶ月。そこで。それを躊躇ためらったのは自分なのだ。



 審査員を前にして、深く息を吐く。“キュー”が、確かに見えた。


「――20番、弓射ゆのいとう


 顔を上げて、名乗る。

 1回目。2回読めるなんて、とてもツイてるんだ。


若村わかむら英姫えいき『ダラザザ・レドラ』」

 自分で選んだ題名を、口にする。






 俺は本当にツイてる。この予備審査があったからこそ。


 ――このコンクールの雰囲気は、掴めた。







「透、俺らの予選は聴きに来なくてもいい。お前はぎりぎりまで調整して、決勝に来い」


 予備審査の直後、伊月は言った。優しげな面差しの彼だが、その言葉には有無を言わせない何かがあった。


「はい」

 透は頷いた。


「お、いつになく素直じゃんか? 珍しい」

「新種の生物を発見したような顔しないでくださいよ、神楽先輩!」

 茶々を入れた神楽に、神速のツッコミを噛ます。神楽は、ふふ、と笑った。


「最初は“から”の鼻濁音も散々だったのに、成長したよねぇ、君……」

「“いき”の母音を落とす弱くするのも散々だったな」


「伊月先輩までそんなこと言うんですか?!」


 透の悲痛な叫びを、神楽は華麗に無視スルーした。

「ほら、君の番まで調整だよ。楽しみにしてる」




 私たちは、決勝で待ってるから。



 神楽は言外に言い切った。勿論、伊月も。伊月はいつも、こう言っていた。

「まずは決勝。お前がそこまで来てくれたなら、俺らと全国目指そうか」



 だから、透はひたすらに読んだ。スタンバイの直前まで、何度も、何度も。たくさんの2分間を積み重ねて。


 透の読みは、制限時間を限界まで使いきる。伊月に鍛えられた間の取り方は、一瞬でも気を緩めれば“タイムオーバー”、すなわち大減点に繋がる。



 それでも、神楽の予選の直前に、透は控え室を出た。理由は、彼自身にも、よくわからなかった。

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