明日の葉桜

月緒 桜樹

海風放送委員会

「最初に言っておくけどね、辞めてくれる? 放送委員会なんて」


 ――はぁあ? と思った。いや、誰でも思うだろう、開口一番退会を勧めるとは何事だ? と。



 同時に、女生徒のポニーテールが揺れた。トリコロールのスカーフに彩られた美しいストレート。

 髪は、彼女の微々たる動きにも反応して、ふらりと揺れる。


「もし君が、『放送委員だから、昼に好きな音楽だけ流していればいいんでしょ? 超役得じゃん』って思っているなら」


 彼女は曖昧な、悲しそうな表情をしていた。

 空気が読めないようだが、美しかった。


「UBC――“海風 放送委員会(Umikaze Broadcasting Committee)”の略なんだけど」


 彼女は真剣に話し始める。


「君たち、この横浜海風よこはまかいふう高校の生徒が、自分たちのことを海高生うみこうせいって呼ぶのは知ってるでしょう? だから、海風うみかぜ 放送委員会って言うんだけど……。まぁ、興味ないか」


 少し俯いて、顔を上げる。

 また、ポニーテールが揺れた。やっぱり、美しかった。


「やってることほぼ部活だから、つい放送部って言っちゃっても、気にしないでね?

 ――――で、UBCは、幽霊部員は求めてないの。ほら、音楽だけ流していたい子って、すぐ幽霊になっちゃうからさ」


河神かがみ、それくらいにしておけ。お前の長口上に、皆閉口しているじゃないか。自己紹介が遅れて悪かったな、俺は2年の水上みなかみ伊月いつき


 一拍、間が空く。


「ほら、河神も自己紹介したらどうなんだ?」


 ゆったりとした心地の良い低音(恐らく俗に“イケボ”と言われる類いの!)にたしなめられて、河神と呼ばれた少女は渋々頷いた。


「ごめん、確かに話しすぎた。――でも、何度も言うけど、私は“河神”って名前じゃないからね?!」


 じゃあ誰なんですか、先輩……。と思ってしまったのは、自分一人ではないと信じたい。


「私は、部長――いや、委員長か――の、白河しらかわ神楽かぐらです。朗読もやるけど、どっちかと言えばアナウンス専門かな」


 彼女の発音は明瞭で、よく通る声をしていた。


「河神がアナウンス専門なら、俺は朗読専門か?」

「伊月は専門とか言わなくていいの! どっちもできるじゃんか」

「そうか」


 それきり、彼は黙ってしまった。




「じゃあ、発声から始めるよ! 行事とか普段の校内放送でも手伝ってもらうことはあるけれど、やる気が無いなら、放送室から出ていってもいいよ?」


 広くはない放送室だったが、少し人が減ったことで暑苦しさは軽減されたようだった。


「君たち、残ったってことは、覚悟はあるのね?」


 一人一人と視線を交えながら彼女は言う。


「そこまで言うか?」

 伊月が少し笑った。


「勿論。アナ朗は――私たちがつくる、芸術なんだから」


 さぁさぁ、ショートブレスからやるよ、と神楽が手を叩く。





 くして、弓射ゆのいとうは放送に出会った。

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