第20話 出雲と旅立ち
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出雲は古事記に由来する伝説を秘めた神々が集う国である。その地に有山と千鶴が居を移してから半年後、志野は祐之介を伴い生茂る森に鼻高山を右に見て小高い丘を進み煙が立ち込める庵に向かった。千鶴の懐かしい顔に迎えられ二人は家に入ると庭で焚火の煙に咽込み向けた目は涙に溢れた有山がいた。
「志野、祐之介来たか」と再び咽び
「先生、焚火とは風流です」祐之介が縁側に座り志野も添うと挨拶をした。
「焼芋だ、そなた達に食べさせようと悪戦苦闘しておる。」頭を撫でる有山に「頂きます」と祐之介は草履を履き傍らに寄り添い枝で芋を探す姿に有山は縁側に腰掛け志野を見据え「学校は順調か」と語りかけ「問題ありません。良い師に恵まれた故」返すと、有山はまた頭を撫で「そうであろう。」と笑みに広がる皺は有山と志野の年輪を感じさせていた。
お茶を入れた千鶴に促され志野と有山は座敷に上がり祐之介は笊に湯気が立つ焼芋を乗せ追った。秋風が雑然と置かれた書物の部屋に流れ、お茶と芋を楽しみ四人は雑談に興じた。志野は泰三が武蔵の地で学童に教えている間、師友塾は(しの)が切り盛りしている事を話し、祐之介は学校の拡張話を今詰めていると語った。有山と千鶴は順調そうな子弟の姿に嬉しそうに聞き入っていた。
「ところで、咲はしっかり勤まっていますか」千鶴は志野に訊き
「咲は教師として頑張っております。心配ありません。」と答える志野に、安堵の表情を浮かべ「最近手紙が来ないので、心配していました。志野殿が付いているので要らぬ事と思いますが、遠方では中々行ってやれませんから」横で有山も頷き愁姿に大丈夫でございます、千鶴様。咲はお二人の子供ですから反対に将来が楽しみで御座います私には有望な人材であり、志野は有山の教えを育む咲を自分の後を任せようと考えこの事は祐之介も承知しており、時期が来たら咲には話そうと志野は思案している所であった。
「でも、心配事が今一つあります。」伺う皆に千鶴は咲の思うことを話した。
「咲も年頃を過ぎて良い御方が現れれば良いと思うております。」有山は何そんな事かと呆れ、志野はその姿勢に苦笑しながら「千鶴殿、私も良い伴侶を得られたのですから、咲殿も見つかります。」云うと、祐之介の咳払いに有山が「誰かいるのか」と伺い千鶴も志野へ同じ仕草をした。志野は慌てて「私は存ぜぬ事にて、咲殿にお聴きください」答えてしまい、有山、千鶴の思案する顔に祐之介が志野の足を摘み「余計な事を云ったな」と目配せをした。志野は取繕う様に言葉を繋ぎ「留学生の学友が居ると云っておりました。」嘘を付けない志野は正直の上塗りをしてしまった。千鶴の納得した顔に「では、さっそく咲に手紙を認めましょう。」有山は口を曲げ不愉快な顔になり、千鶴は満面の笑みを浮かべ「東京へ行く口実が出来ました。」答えた。
喜ぶ千鶴は支度をしましょうと立上り「長旅でお疲れでしょう、先生風呂の用意を願います。今日は海の幸をご馳走致しますから。」意気揚揚に土間に向かう後姿を有山は見送り志野は祐之介に申し訳ないと頭を下げた。
土間の向こうから陽気な声で「志野殿、後で続きを教えてください。」千鶴の声が聞こえた。
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桜の満開の中(すず)は卒業式を迎え、咲に促され二年の月日が経っていた。成績も卒業を迎える頃には咲が認める位になり、(すず)は咲へ挨拶するべく教務室へ急いだ教務室では教師が慌ただしく卒業式の準備の中(すず)は鏡の前で洋服の襟を直しているところだった。鏡に映る(すず)の姿に「(すず)早く講堂へ向かわないと」と促す顔して「ご挨拶に参りました」元気な(すず)の声に咲は笑みを浮かべ「今日は貴方に取って大切な日です。心して向かいなさい」言葉に(すず)は「咲先生にとっても大切な日です。私も頑張りますので」咲は卒業式で教員代表として卒業生へ祝辞を述べる事を心配している優しさに咲は(すず)の成長を感じていた広い講堂は中央の卒業生を在校生が取り囲み、後ろには父母席が並んでいた。檀上の左側に来賓、右側に学校長である志野と横には裕之介筆頭に教員達が正装姿で並んでその丁度真ん中に咲が真剣な面持ちで座っていた。在校生の笑い声と燥ぐ姿を担当教員が正す声が響き、皆卒業生の入場を待ちわびているようだった。卒業生総代教諭として咲が檀上中央へ向かうと「卒業生が来場致します」声は講堂全体に響き渡り、皆講堂横の入場口に眼を向けた。宴楽隊の演奏が鳴り響き式は厳かに始まった。
卒業生来場と共に学校長である志野と挨拶と卒業証書の授与、卒業生挨拶、在校生挨拶と続き、担当教諭代表として咲が挨拶をする場に進んでいった。咲は壇上で挨拶をすると中央へ向かい、講堂全体と卒業生を見渡し深呼吸をすると祝辞を始めた。
(すず)は聞き逃すまいと膝に置いた手に力を込め身乗出し師からの言葉に耳を傾けた「学校で教わることはもう出来ない。先生は何を云い、私はその言葉から何を感じるのであろう。」急に(すず)は咲との短い学校生活を愁い、もっと前から先生に心を許すべきであったことを惜しむと「私は咲先生からもっと学びたい」と低く呟いた。一度咲に(すず)は問いたことがある、冗談半分で「先生と別れたくない」と云った時、咲は急に顔色が変わり
「(すず)学問とは留まってはいけません。其れに、私が教える事には限界があります。貴方は私が教えたことで学問の素晴らしさを知りました。然し、それは私の価値観をあなたへ植えつけただけかも知れません。今後、進んで行く上で師と云える人に会うために今を卒業するのです。(すず)は将来教師を目指すのであればこそ、多くと人から学ぶのです決して留まってはいけません。」と激しい咲に、(すず)は「先生も同じ気持ちで」と訊き、咲はハッキリと云い
「勿論、私は今でも色々な師から学んでおります縁を通して」答えた。咲に後ろを押される自分に気付き始めていた。
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