肉食な深窓令嬢とチキンな暴君~私、お妃選考からどうにか逃げます~4

 ディランは宣言通り超速で夜の町中を駆け、一切迷わずあっという間にミサを宿の近くまで送り届けてくれた。

 ただ、彼はミサを横抱きにして建物の屋根上を伝ったので、全く慣れずに冗談抜きに舌を噛んで死ぬかと思った移送経路だった。不思議とお腹に負担は掛からなかったけれど。

 絶叫系があまり得意ではないミサと違いもしかしたらお腹の子は父親に似て夜の空中超跳躍を楽しんでいたのかもしれない、と頭痛がしそうになったミサだった。

 行程はともかく、宿泊宿の名を告げてすんなりディランが場所を特定した時は少し意外に思ったが、彼は町の造りを覚えているのだという。国境の維持だけではなく、無辜の民の暮らす国境の町の全容を頭に入れておくのも作戦を練ったりする上でも重要なのだろう。決して小さくはない町なので彼の記憶力には舌を巻いたミサだ。


 宿から程近い石畳にディランからゆっくりと下ろしてもらってミサは自分の足で立つ。


 もしかすると国境門の詰め所から帰してくれないかもと懸念もしていただけに、宿の見える場所に己の足を着けた際の安堵感は色んな意味で格別だった。


「わざわざ殿下御自らの手で運んで下さり、本当にありがとうございました」

「別にそこまで感謝される程の事じゃない。感謝したいのはむしろこっちだしな。また機会があれば運んでやるよ」

「そ、それは光栄です。まだもう少し夜明けまではございますし、足元などにもどうぞお気を付けてお帰り下さい」


 ミサは小さくお辞儀をしてからハタと思い出して借りていた彼の上着を示す。


「こちらは、明日にでも洗濯してお返し致します。どちらへお持ちすれば宜しいでしょう? 詰め所ですか? それともこの界隈に殿下も宿を取っていらっしゃるのでしたら、そちらに?」

「今は寒くないか?」

「ええ、全然」

「なら、いい。持って帰る。……家宝同然だしな」


 最後は聞き取れないでいたが、服を寄越せとばかりに掌を差し出されてミサは戸惑った。


「いえですがさすがにそれは失礼かと」

「俺が良いと言っているんだよ。気を遣わずに、――脱げ」

「え……はあ」


(まあねえ、ここで渋って機嫌を損ねられて宿を破壊なんてされたら大変だしねえ)


 それは全くの偏見なのだが、無自覚にもそう考えたミサが仕方なくいそいそと脱ぎ始めたまさにその時。


「ななな何をやっているのだミサ!?」


(え、この声はお父様!?)


 宿のある方向から突如として掛けられた怒声に彼女は心底びっくりして文字通り跳び上がった。着地で少しよろけてディランの腕に抱き止められる。町外れで再会してからこんなのばかりだ。

 きっとディランの体で遮られていたせいで、直前まで宿の方から父親が近付いてきたのに気付かなかったのだ。体をズラして向こうを覗けば間違いなく実父サニー男爵が立っている。律儀に忘れずに変装用の付け髭と眼鏡を装着して。

 ただし、外灯に照らされる顔は鍛練時に見掛ける以上に鬼の形相だ。

 寝間着に肩から上着を羽織っている簡素な格好なので、もしかするとミサがいないのに気付いて慌てて出て来て宿の前でずっと心配して待っていたのかもしれない。


「くわあああこのような夜の路上で若い娘を無理やり抱き寄せるなど、言語道断! 貴様はどこの馬の骨かー!? しししかもっ、ぬぬぬ脱げなどと! このような時間に年頃の娘に服を脱げなどと……っ、この腐れ外道めっ、そのような最低な言葉を放つとは到底許せるものではない!」

「へ? 脱げってそれは……ええとちょっと待ってお父様誤解」

「――今すぐ私の娘からその色欲に塗れた不埒な手を放さんかあっ!」


 ディランの背中しか見えていないので男爵は腐れ外道な馬の骨の正体にまだ気付いていないのだ。

 ディラン王太子殿下に対して何と言う罵倒。王宮でこんな罵詈雑言を浴びせようものなら即刻処刑台行きだ。


(ひいいいっストップストップお父様あああーッ)


 ミサは青くなった。これでは亡命どころかこの場で捕縛、果ては親子共々即日斬首の末路しか思い浮かばない。


「黙ってお父様! ええーっとそしてディラン殿下に置かれましてはお日柄も宜しく~」

「まだ夜明け前だろ」

「あ、えーっと」


 遥か先の空の端が微かに白んではきているが、まだまだ絶賛未明中だ。

 ミサは大混乱でまともなフォローの言葉も浮かんでこない。

 はあ、とディランが嘆息した。


「……誰かと思えばサニー男爵か」


 娘の予期せぬ叱責に困惑顔でピタッと口を閉じた男爵とは反対に、ディランが妙に静かな声を出す。ミサの背筋は紡がれるだろう断罪に思い切り凍った。


(どどどどうしよう!? 逃げるべき? ううんでも彼の身体強化魔法からは生身じゃ逃げ切るのは絶対無理だわ。大地を割るような魔法使い相手じゃ、いかに逞しいお父様でも太刀打ちできないでしょうし)


 ミサの胸中になどお構いなしに、ディランは「サニー男爵」ともう一度神妙な声で彼女の父親を呼ぶ。


「何だ? 私を知っているのか? それともまさか娘を脅して根掘り葉掘り聞き出して!?」


 またも顔を真っ赤にして烈火の怒りを表していた男爵はしかし、横に首を振って必死に駄目アピールをしてくる愛娘の様子に気付いて怪訝に眉をひそめた。


「ああ、勿論貴殿を知っている。これからも公私にわたって宜しく頼む――」


 ディランが爪先を翻してゆっくりと男爵へと振り返る。


「――義父上ちちうえ

「「殿下あああ!?」」


 父と娘の声が見事にハモった。

 ただ、その意味するものは全く異なる。

 大きく瞠目した男爵は瞬時に血色を失くすと即座に臣下の顔になって平伏した。

 男爵もよもや逃亡を決意した元凶が、よりにもよって娘と一緒にいるとは思わなかったのだ。というかこの町にいるとは完全想定外だったのだ。


「ディラン殿下と知らなかったとは言え、申し訳ございません! 直前の数々の非礼をどうか広いお心でお許し下さい!」

「……付け髭に眼鏡とは、義父上はまた随分と面白い格好をしているな。あと髪の色もか。イメチェンか?」


 地面に額を擦りつける男爵は馬の骨男の正体に度肝を抜かれ、直前までの会話内容が「義父上」云々も含めて丸ごと吹っ飛んでいる様子だ。ミサの前以外でのこんな狼狽は実は珍しい。それだけ衝撃的だったのだろう。

 一方、ミサは青筋を立てて心で罵った。


(だあ~~れがあなたの義父上ですって!? 私のお父様は私だけのお父様よ! 元よりまだお妃選考は終わってないのに勝手な事言ってんじゃないわよ)


「立ってくれサニー男爵いや義父上。大事な義父上にこのような真似はさせられない。それに薄い夜着では風邪を引いてしまうから早く部屋に戻ってくれ。部屋を暖かくするよう俺からよくよく宿の主人には言っておこう」


 ミサから離れ、ディランは聖君並みの気遣いと微笑みで男爵を自ら手を貸して立たせてやる。それはもう要介護認定された御老人にするように優しく丁重に。絶対嫁にする相手の父親なので気合いだって入るというものだ。稼ごう婿ポイント!


「え? ああいえ、その、お気遣いなく?」


 別人レベルで雰囲気の違う王太子にはさすがの男爵も混乱したようで、目の前の彼はディラン王太子のそっくりさんではと本気で思っていそうな顔付きだ。何かの答えや導きを求めるようにミサに何度もアイコンタクトを送ってくる。


(残念ながらお父様、彼は本物です……)


 ディランの言動に思わず半口を開けてしまったミサはもう寒気しかしない。どこかの好青年と魂が入れ替わったとしか思えない。


(お父様の機嫌を取るなんて、そんなにも私の魔法能力って王宮にとっては欲しいものなの? ああもうどうしようこれじゃあどうやってお妃選考を回避すればいいのやら…………って、あれ?)


 上着を脱ぐのも失念して思案したミサは基本的な部分で考え方を変えれば良いのではと悟った。


(私が一時的に譲歩すればいいんじゃないの? そうよね、私の半魔の力を王宮のものとしたいなら、何も私を王太子妃にするばかりじゃないわよね。私が志願して王宮の魔法使いになれば万事解決じゃない。少なくとも身も安全になるし。縛られるのは癪だけど、逃げ仰せるまでのお芝居の練習だと思えばいいわ。その間にお父様を逃がして私も隙を見て国外に出れば私達家族の活路は見出せるんじゃないの?)


 気遣われ気遣う父親と王太子、二人が主演の気持ち悪い舞台でも観ている気分でいたミサは、立ち位置を変えれば賢く立ち回れるではないかと悟り未来地図を明るくする。


 であれば、今回の亡命計画は中止だ。


 そもそもにして居場所が知られているし、逃げたかった相手が目の前にいるのだから不用意な真似はできない。今後のためにも今は不審がられるのは得策ではないのだ。その旨は後で父親にも告げようと決める。観光に来たとでも口裏を合わせておけば怪しまれずに済むだろう。


(あ、そうだったわ。上着を脱がないと)


 ディランも持ち帰ると言っていたしさっさと突き返して宿に引っ込もうと張り切ったミサが上着のボタンに手を掛けた時だった。


「痛たたっ……!」


 急にお腹の内側をつねられたみたいな痛みが走って思わずしゃがみ込んだ。

 直後、それまで頭のあった辺りを何かが高速で通過した。その後すぐにドッ、と鈍くも軽くもあるような音を立てて細い棒状の物がミサのやや先の地面に突き刺さる。


「……え?」


 何だろうと問うまでもなく、それは矢だった。


「ミサ!」

「ミスティリア!」


 男二人も事態を悟り血相を変えて駆け寄ってくる。

 ミサはここで初めて背後の襲撃者達の存在を悟った。今は半魔の能力を使っていないので接近が全くわからなかったのだ。ディランにしても同じだ。彼も父親も武芸に秀でているので、もう少し襲撃者との距離が近ければ気配を掴んだかもしれないが、飛び道具を使ってくる距離とまだ薄暗いこの状況では難しい。

 果たして敵は何人なのか。第二第三の矢は飛んでくるのか。


(どうしよう、聴覚魔法を使う? でもお父様に知られるわ。そうしたらお母様の苦労を無駄にする。だけど、早く魔法を使って相手も飛来物の有無も把握しないとお父様も殿下も危険に晒しちゃうわ。――お母様ごめんなさい!)


 思考と結論は父親とディランが駆け付けるよりも早く、ミサが刹那で腹を決めて瞳を赤く髪を薄紅に変化させた直後、まさに自らに迫る危険を半魔の聴覚が察知した。


「あ……」


 だけど、わかっていても避けられない。肉薄する矢先なんて武術の玄人でもない限り避けられない。駄目だと思ってしまった体が余計に凍り付いて動かない。


(刺さるっ――――)


 せめてどうかお腹には当たらないよう願い、ぎゅっと怖くて目を瞑った。

 近くで矢が何かに当たるのと擦るような音がしたが、ミサの痛覚は何も訴えてこない。

 微かな血の臭いもした。


(な、にが……)


 そろりと目を開けて絶句した。


「ミサよ! どこも怪我はないか!?」


 父男爵が駆け付けてミサの様子を余す所なく大袈裟なまでに確かめる。


「安心しろ、ミスティリア。お前は俺が護るから」


 いつの間にかミサの前に立っていたディランが肩越しに振り返って強気に笑う。その瞳は赤い。

 彼の掌も。

 矢を素手で握って止めた彼の手から滴る紅がミサの目の前をポタリポタリと落ちていく。矢の正面ではなく横方向から握って止めたとは言え、矢じりで皮膚が裂けたのだろう。


「殿下っ、手がっ!」


 駆け寄ろうとしたミサを制するように彼は顎を上げ片方の口角を不敵に持ち上げた。


「心配は有難いがこの俺を誰だと?」


 彼女が小さく戸惑いを浮かべるとディランはフッと笑った。


「お前が無事で良かった」

「……っ」

「義父上、ミスティリアを頼む。どうも二本とも彼女が標的にされていたようだからな。……絶対に逃がさない」


 ディランは手が痛まないのか、すぐに狩人のような鋭く殺気に満ちた赤い目を薄暗い町の奥に向けて地を蹴った。嗅覚も脚力も常人状態ではない彼は、襲撃者が複数人なのと矢が飛来した方向から彼らの位置を正確に割り出しているに違いない。

 ディランの背中が自分達から離れていくのをぼんやり眺めていたミサはようやく我に返った。矢が飛んできたり血を見たりと展開が目まぐるしく過激で思考が半ば麻痺していたのだ。


「お願いもう怪我しないで! 相手は男三人よ!」


 本当は追いかけたかったができないので、思うままの言葉を叫んだ。

 ディランは軽く片手を上げた。余裕で任せろという意味だろう。

 父親からの促しで道の真ん中から建物の壁に寄ったミサは、まだ油断大敵と半魔の力で襲撃者達の会話を聴いてもいた。


 矢を放っておいて彼らはミサが女性だと知り驚いていた。


 ――女!? なんてこった人違いだ!

 ――どうして指揮官じゃないんだ! あの上着だったはずだろ!?


 あの上着、とはミサがディランから借りているこのしっかりした上着に違いない。確かに身分を明かした彼は下っ端兵士の上着からこの上等な上着へと着替えていた。

 彼らはつまりディランを狙ったのだ。トップを消してゼニス軍の混乱を望んだのだろう。

 しかし暗い中で遠目だったのもあり間違えた。

 それが彼らのまず一つ目の不運。

 二つ目はディランを狙った事。並みの人間が彼に敵うわけもない。


 そして三つ目、たとえ人違いであれディランの前でミサを狙った行為そのものだ。


 彼らは意図せずして、残酷残忍残虐の人であるディラン・ルクスの逆鱗に触れたのだ。


 ディランは捕まえても彼らを殺しはしないだろう。しかし過酷な拷問と尋問が待っている。彼らが隣国グラニスからの奇襲部隊の人間だとは程なく露見するだろう。

 後に明らかになる供述によれば、彼ら三人は地下通路の調査でミサとディランが見逃してしまった人員だった。

 崩落やら封鎖には幸運にも巻き込まれず、退路は無くなったが進路は残っていたという次第だ。

 生憎、ミサは最大出力ではなかったのでその時捕捉有効範囲外に出ていれば見落としてしまう。加えて、さすがに町の中の出口を住民に予告なく破壊はできないし、町の地下へ抜けた者がいるとは思いもしなかったので、町中に関しては完全後回しというか失念していてノーマーク同然だった。


 また、彼らがディランの上着をなぜ目印にしたのかは、実際にその服で指揮する様を目撃したからだ。


 轟音の後、地上が見えるようになった大地の崩落や陥没には度肝を抜かれ、一体何が起きたのかよくわからないまま恐怖の中じっと息を潜めていた彼らが、しばらく経ってから地上に上がって様子を窺っていたところゼニス国の警備隊がやってきた。

 その時に立派な目立つ服を着た指揮官を認識したのだ。警備兵に見つかる前に再び地下に潜ると、恐々としながらも残る町中に通じるルートを慎重に進み密かに出口に辿り着いた。その後たったの三人だけで何をすれば良いのかと相談していたという。住人達を脅したところで戦功にもならない。地下ルートは壊滅したのでグラニスに戻る方法もなく手詰まりだった。地上から国境を越えようとすれば確実に捕まるので無理だ。

 今後どうすべきか暗澹たる気持ちで夜明け前のほぼ人通りのない町中をぶらぶらしていた時だ、ミサ達の話し声が聞こえてきたのは。


 遠目でもわかる指揮官の服に気付いて、これはチャンスだと攻撃を仕掛けたわけだったが……。


 通常運転に戻ったミサがディランなら大丈夫だとはしながらも気を揉んで待っていると、彼は程なく男三人を捕縛し戻ってきた。痛々しい程にボロボロである……三人が。

 彼らは後ろ手に縛られディランから追い立てられるようにして歩かされている。最早ぐうの音も出ないらしく頗る儚げでもあった。

 最後尾を歩いてきたディランがミサへと目を向ける。


「ミスティリア、協力感謝する」

「ええと別に大した事は……」

「三人だと断定してくれたおかげでスムーズだった」


 会話が気になったのか、ふと彼らのうちの一人が顔を上げてミサを見た。中年の男だ。


「そっその顔は、――アリエルか!?」


(え、今何て――)


 仲間の驚きに他の二人も顔を上げると驚いたようにする。二人も中年の男だった。


「本当だ、あんた……アリエルなのか? いやしかし歳の頃が違うだろ」

「似てはいるがアリエルが生きてるわけないだろ。彼女はもう……。二十年は経つか? そもそもどうして敵国にいるんだよ。そこからしておかしいだろ。彼女は祖国に忠誠を誓った生粋の軍人だったじゃないか」


 ミサも彼女の父親も衝撃を受けて愕然と立ち尽くした。

 アリエルはどこにでもある名前だが、ミサの母親の名前でもある。

 しかもミサはよく母親に生き写しだと父親から言われる。彼女の顔を見てアリエルと口走ったからには、彼らはミサの母親を知っている可能性が極めて高かった。


 ――その母親の過去をも。


「まさか、お母様は、グラニス国の人間だったの? だから身内が国内じゃ見つからなかった……?」


 父親に何か意見を求めて顔を向ければ、彼もミサと同じ迷子のような顔をしていた。

 しかし彼の方は思いもかけず、ずっと隠し通せていた秘密が白日の下に晒されてしまったために途方に暮れたようだとミサは感じた。


「ねえ、お父様、お母様は何者なの? グラニス国の兵士が知り合いなんて事あるの?」

「ミサ、その話はここではできない」


 父親は違う人物の話だろうとは言わなかった。そして王太子ディランがいるから話せない、と父親の言葉には暗にそんな意味も含まれているのをミサは感じ取った。


 これでハッキリしたのは、父親は本当は母親がグラニス国人と知っていてミサや周囲に隠していた事実だ。


 ゼニス王国軍人が敵国のおそらくは女軍人と結婚など、王宮からスパイ容疑をかけられてもおかしくはない。だから伏せていた面もあるのだろう。

 ただ、ミサはそれでも娘の自分にだけは打ち明けて欲しかったと思った。

 知っていたなら母親のルーツを探しになど出歩かなかった。


(お父様もお母様も秘密事だらけね)


 それは自分もか、とミサはどこか滑稽な気分になる。


「その前に、本当にこの人達はお母様についてを言ったのか確かではないのですよね」


 だから、王太子が父親をスパイだと糾弾する理由は現状ない。

 彼らとこれ以上話すのは危険だ。しかしミサは真に母親の情報なら知りたかった。彼らの知る母親の話を聞きたかった。


「あの、そのアリエルという方はどのような方だったのですか? そんなに私と似ていますか?」


 ミサは気付けば三人に近付いて熱心な様子で問い掛けていた。父親もディランも縛ってはあるとは言え敵国の男達にミサが近付くのを焦ったようにして止めようとしたが結局は無駄だった。庇うように前を遮った二人の間からひょいと首を出して問いかけたのだから。

 男達は多少戸惑ったようにしたがミサの顔をじっと見据えて口を開いた。


「あ、ああ。記憶の中の彼女とあんたはそっくりだ。もしかしてアリエルの娘なのか? 彼女はこの国で実は生きていたのか?」

「あなた方の言うアリエルさんが私の母本人ならそうなりますね。ですが、件のアリエルさんはどうして死んだと思われていたのですか?」

「ああそれは……任務遂行中に敵に見つかって不運にも崖から落ちたとかそんなような話を聞いたよ。あの時はアリエル程の優秀な軍人がまさかととても驚いたよ。ショックだった」

「優秀な軍人ですか。記憶にある穏やかでおっとりしたお母様からは想像もつきませんが……」


 そうなのですかお父様?と無言でそんな問い掛ける目を向けると、サニー男爵は肯定も否定もしなかった。

 娘に嘘をつきたくないが、王太子がいるので下手な事は言えないと言った具合か。ミサにはそれでも十分伝わっていた。


 母親のルーツは敵国たるグラニス国にある。


 おそらくは親族も向こうに暮らしているのだ。


 どんな人達なのか知りたくないわけではない。


 しかしミサにとって大切な人の優先順位は決して間違えない。


 父親の秘密が露見すれば、それだけで口さがなくこれまでの彼の功績を否定する者も出てくるに違いなく、ミサにはたとえこの先いつか亡命しようとも、そんな屈辱を父親に味わわせたくなどない。

 裏切り者として糾弾だってされかねない。自らの好奇心のために父親の命を危険に晒すような愚かな判断はすまいと未練を断ち切る。


 うん、とミサは一人頷いた。


「殿下、無駄に足を止めさせてしまって申し訳ありませんでした。彼らの言うアリエルさんはうちのお母様とは無関係なようですし、どうぞ彼らを連行して下さい」


 これには聞いていた話から様々を察したディランだけではない、サニー男爵も驚いた。二人から気遣われる視線を向けられてミサは困ったように苦笑する。


「あの、できれば、殿下のおかげで私は無傷でしたので、今の攻撃に関しては私の事を抜きにして三人の処遇を決めて下さい」


 ミサの減刑を求めるも同然の言葉に敵の三人はハッとして胸を打たれたように反省の色を浮かべた。彼らは間違って狙ってしまった点だけはきちんと口々にミサに詫びた。無論、本来ディランを狙っていた点についてはグラニス国軍人として当然の行いだったと堂々としていたが。

 ミサとしては命までは取らないで投獄でどうにか済めばと考えていた。そこに母親の知り合いのようだから肩を持つという気持ちが全くなかったとは言わない。


「ミスティリア、それは虫が良すぎるというものだ」


 ディランだ。

 そこは尤もだともミサは理解する。彼の決定に異論を唱えるつもりもない。

 王太子の命を狙った彼らは普通なら即処刑されても文句は言えないのだ。

 

「わかっています。ただ言ってみただけです」


 ディランはじっとミサを見つめる。


「わかった。お前が手を抜かずに最終選考に臨むなら、こいつらは投獄だけで済ませてやる」

「はい……?」

「彼らから話を聞きたいのだろう? ……俺はここでは何も聞かなかった事にする」

「え、それって……」


 サニー男爵の妻に関するあれこれを王太子としては何も聞いていないとして不問に伏すと言っているのだ。

 彼らとはいつか話をする機会が訪れるかもしれない、との可能性も裏には隠れていた。


「あの、殿下は私にどうしてそこまでしてくれるんですか……?」


(お互いをまだほとんど知らない私を彼は破格な提案をしてまで気遣かってくれる。それは何故? 真面目な話、魔法のためだけなの? 他の裏があるの?)


 どこが暴君なのか。噂は所詮噂で、彼に苛烈な部分があるならば、それは統治する者の持たねばならない厳しさ、無情なまでの公平さ公正さから齎されたものであって、本当の彼は理由もなくただ感情的に人を殺すような男ではないのだと信じたい。


「どうして? って言ってなかったか? 俺は本気でお前が好きだからだよ。朝起きたら一番にキスしたいくらいにな」

「え。本気で好き? あの、嘘も休み休み仰って下さい。他に何人に同じ言葉を掛けてるんです?」


 ゼニス国は一夫多妻も可能だ。特に王族ともなれば妻を複数持つのは珍しくない。夫の寵愛を巡って妻同士が衝突した話は古今東西枚挙に暇がない。


「なっ嘘じゃない! 娶りたいのもたった一人だけだ。俺は好きでもない女を捜さないし、好きでもない女のために敵国の奴らに情けをかけないっ」

「……」


 狂犬王太子が数回会っただけの男爵令嬢を慕っている。しかも王宮の正式な求めに偽の不細工肖像画を送ってきた娘をだ。ミサは猜疑心を隠せなかった。ディランの方も実は単にミサの見た目がどストライクなのだろうか。


「好かれる理由が全く思い当たりません。出会ってそんなに長くもないですし。実は殿下は惚れっぽいとか……?」

「恋に落ちるのに時間は関係ない。それにお前が初恋だ」

「えっ、初恋……」


 どうしてか嬉しい動揺半分にうむむとミサは思案する。父親のサニー男爵が不安そうな顔をしている。

 彼女はそんな父親を見た。


「殿下が本当に私を好きなら、爪先にキスして下さい――」


 ディランは余裕の表情を見せる。


「――父の」


「「何故っ!?」」


 息の合った男二人の絶望顔にミサは「と言うのは冗談です」とおしとやかに付け加える。確信犯だ。


「殿下は、本当の本当に私が好きなのですね?」

「そう言っているだろ。何なら義父上……じゃないっ、お前の爪先にキスしてみせようか?」


 彼はミサに接近すると恭しく膝を折る。焦ったのはミサだ。


「そっそれはしなくて結構です。本気ってわかりましたから」

「ふうん残念。では話を戻そう。こいつらをどうする、ミスティリア?」


 彼はミサの答えがわかっているのだろう。

 三人の命が掛かっているのだ。ここで断ればミサは罪悪感に苛まれる。そこまで計算しているに違いない。やはり嫌な奴かもしれないとミサは思った。しかもお妃選考に出席し手を抜くなとの難しい条件付きだ。

 そこにも腹が立つが、それなのに信じられない事に胸がトキめいてしまっていた。

 ディランから愛を告白されたのだ。

 真剣が故に、二次選考の舞踏会での邂逅とは異なる胸のドキドキが治まらない。

 あの時はただ逃げたかった。

 現在は自分がディランから想われていると思うだけでキュンとしてしまう。今夜の活躍を間近で見ていたからだろうか。好みドンピシャルックスだからだろうか。これは運命と直感的に決めた腹の子の父親だからだろうか。予想外の顔ばかり見せられたからだろうか。

 今夜は所々でディランに見とれたり可愛いと思う自分がいたのをミサは自覚していた。


 何であれ、赤くなった顔を見られたくなくてついつい下を向いてしまう。


「ミスティリア、返事を聞かせてくれ」


 ディランがすぐ傍まで来てそっとミサの顔を上げさせる。

 動揺にあっと小さく声を上げたミサは余計に恥ずかしくなって意図せずも目を潤ませた。顔に血流が集中したせいで生理的にそうなったのだ。

 ミサの前に立つディランは一瞬固まったかと思えば、照れたように口元を押さえて唸る。


「あのな、その顔は反則だ……口付けたくなる」


 最後だけ囁くように言うやディランはミサへと顔を近付ける。

 そのくせゆっくりとして躊躇うような動きなのは、ミサが嫌なら押し返せという彼なりの猶予だ。何もしないならこのままキスするぞと暗に示しているのだ。


 そしてそれは彼の提案を呑むとの意味に受け取られてしまうだろう。


(私、は……)


 決断を迫られ、近付く唇。

 二人のそれが触れ――――……。


「親の前でぬわぁにをやっとるのだあああああっ!」


 刹那、バリリと音を立てそうな勢いで二人はパパ男爵の手により引き離された。

 ミサは男爵の背に庇われるようにしてディランの視線から隠される。父親の後ろで一人胸を撫で下ろしながらもミサはどこか残念なようなもやもやした気持ちを感じてもいた。


(今キスしたらどんな感じだったんだろう…………ってこら私!)


 我に返って頭を振って邪思考を霧散させたミサは同時に羞恥心に悶えた。冷静になるととんでもなく恥ずかしい真似をしてしまったと実感が湧いたのだ。

 仮に条件を承諾しようとすまいと、わざわざキスする必要はないのだ。


(あああ危なかったーーーーっ、どうしよう私ってば次また同じ事されたら彼の魅力に抗えないっかもっ。甘い眼差しと言葉にほだされるっかもっ。恐怖と陰謀と嫉妬渦巻く暗黒王宮で生活なんて御免なのに~っっ。大体、私を好きだって言うけど彼の周りは美人ばっかりなんだしカエル化現象でころっと心変わりしちゃうわよ!)


 一方、ディランは不服そうに鼻を鳴らした。


 結局ミサが明確な返答をしないままに、男爵が主導して敵国兵士三人をまずは軍の施設に連行するべきとディランを諭した。

 正論を吐かれてしまってはディランもミサを誘惑したい気持ちを堪えて不承不承動き出すしかない。

 彼は「すぐに戻る。宿の部屋で待っていろ」とミサ達親子に命じると、何と男三人を纏めて抱えて屋根伝いに駆けていった。おそらくは軍の施設に運ぶのだろうが、半魔の力とは言え底知れない。


「ミサ、部屋に戻ろうか」

「あ、はい」


 サニー男爵は以前から薄々ディランの力を知っていたようで然程驚いてはいなかった。





 父親と共にディランを待つ間、亡命計画は今回は中止だと確認し合った。

 まだ賑わいから遠い静かに明るむ朝の窓の外を何となく眺めながらミサはぼんやり先の出来事を振り返る。


(そう言えばあの時、急にお腹が痛くなったのって、もしかしたらお腹の子が不思議な力で護ってくれたのかも。しゃがまなかったら矢が命中していたもの)


 両方の半魔の血が何か不思議な力を構築しているのかもしれない。ミサはありがとうとの感謝と労いを込めて腹をそっと撫でた。


 ディランは思ったよりも早く部屋を訪ねてきた。ミサは部屋の号数を伝えそびれていたのを今気付いたが、恐らく彼は驚異の嗅覚で断定したのだろうと勝手に納得しておいた。


「失礼する。ところでミスティリア、何ともなかったか? どこも痛まないな?」

「あ、はい。おかげさまで」

「なら良かった」


 顔を見るなり開口一番そう問われ、更には安堵のはにかみにドキリとしてしまったミサは、彼を迎え入れながら気になって遠慮がちに尋ねる。


「あの、殿下の方は大丈夫ですか? その手とか……」


 ディランの手の傷には、自分で巻いたのかハンカチがぞんざいに巻かれていた。だいぶ血が染みている。ミサは彼を部屋の椅子に促すと自分の荷物に取って返した。ディランもサニー男爵も怪訝にする。


「殿下、少し我慢して下さいね」


 ミサは応急手当てセットを手に彼の傍に戻ると慎重に手当てをした。ディランも男爵もその手際の良さをやや意外そうに見つめていた。ディランに至っては消毒液が傷に滲みただろうに顔色一つ変えなかった。

 大人しく手当てされてくれる彼をお行儀の良い大型犬のようにも感じつつ、ミサは包帯の最後の端を巻いた途中の箇所に押し込んで解けないよう固定した。


「はい、おしまいです」

「感謝する」

「私にはこれくらいしかできませんけど。後でちゃんとお医者様に手当てしてもらって下さいね。それと改めて、先程は私を護って下さり本当にありがとうございました」

「わ、私からも! ディラン殿下、娘の命を救って頂き誠にありがとうございました! どうこのご恩に報いるべきか……」


 娘に倣って慌てて頭を下げたサニー男爵が薄ら目を潤ませて謝意を真摯な声に乗せる。


「ああそれならミスティリアを俺の嫁にくれればい――」

「――殿下、これお返し致しますね。寒くなくてとても助かりました。矢から助けて頂いたご恩も本当の本当に決して忘れません」


 ミサは見る者によっては妙に圧のある微笑を浮かべて借りていた上着をディランに差し出した。本人を差し置いて勝手な交渉はするなとの牽制だ。


 サニー男爵はミサとディランのやり取りを見ていたが口を挟めないのか挟まないのか、何か自分も亡き奥さんから似たような圧力感じた事あったなーとか思っているのか否かは知らないが、文句も言わずにどことなく二人の仲を見極めようとする眼差しで黙っている。


 ミサはディランと話しておく事もあったので一先ずは父親を放置する。


 話しておく事とは、先の話の続きでもあるミサの血にも関する進退についてだ。


 半魔なのを前提にした話を父親にも聞かれるのは仕方がない。ただ、父親は宿の前でミサが魔法を使った際の瞳や髪の毛の変化を目にしているはずだが、まだ何も言ってはこない。

 とは言えこのままにはしない。ディランが帰ったら時間を取って言葉を尽くして説明するつもりだ。

 彼女としては、父親に半魔だといつバレるかとビクビクしながらの綱渡りな生活をもうしなくていいのも気が楽だった。今まで黙っていた罪悪感は当然ある。しかしきっと父親ならわかってくれると信じてもいる。

 ミサは深呼吸する。


「殿下、お妃選考にも関連する事で、私からお願いがございます」

「願い? 言ってみろ」

「はい。私を王宮魔法騎士に任じて下さい」

「ミ、ミサ!? 何を考えているのだ!?」


 仰天したのは男爵だ。それはそうだろう、亡命までして彼から逃げようとしていたのに、真逆にも近付く方へと舵を切ったのだ。混乱するのも頷ける。

 加えて、軍人エリートの王宮魔法騎士だが、さすがに愛娘の騎士入りを快くは思っていないようだった。戦地に駆り出されるのも珍しくない魔法騎士は栄誉の裏には危険が潜む。良く思わないのは当然だ。娘にはきな臭さより花の香りと安寧を満喫してほしいと願う。

 ただ、現在は目下のところ別の危険物からの距離を願いたい男爵だったが。

 一方のディランはミサを見つめて片眉を上げた。


「ミスティリアは世間に半魔だと知られてもいいのか?」

「はい。隠していた罰は受けます。しかし父は私の秘密を一切知らなかったのです。知っていた母は既に鬼籍に入っております。ですので罰は私だけで。必ずや国のために尽くしますのでどうかお願いします!」

「ミサ!? 罰などと何を言い出すのだ!」


 男爵は目を引ん剥いたが、ディランは婿ポイントを稼がなくてはならないはずの相手を無視して会話を続けた。


「お前がそう望むなら任じてもいいが、罰は受けなくていい。文句を言う奴がいたら俺が黙らせる。お前を傷付けさせはしない」


 ヒーロー並に真摯な眼差しで言われてミサはちょっと感動した。国の実質的権力者がそう決めたならミサの罰はないだろう。男爵も横でハッとなる。こいつ誰?的な目で。


「ありがとうこざいます殿下。これで心置きなくお妃選考から外れられますよね」

「な、に……?」


 瞬間、空気が凍った。

 今度驚愕したのはディランだ。


「そうすれば王宮所属になるのですから、わざわざ妃にして魔法能力を王宮に取り込む必要はありません。殿下の自由に召喚だってできますしね」

「俺がお前を王宮に呼びたいのは魔法とは関係ない。お前の隣にいたいからだ。……ミスティリアは、愛し合った俺を忘れられるのか?」

「な!? 父の前で意味深な発言はよして下さいっ」


 半魔の血と同等かそれ以上に自分達の関係は極秘なのだ。ディランは声を潜めたとは言え、万一聞こえていてはまずいとミサは焦った顔で父親を見やった。

 けれども、男爵は驚いている様子はない。潜めた部分は幸いにして聞こえていなかったようで「意味深とは?」と聞き返してきた。

 男爵は取り乱すでも落ち込むでも憤るでもなく、いつもミサを見る優しい顔だ。


(ん? あれ? ちょっと待って。そこはいいとしても、これまでの会話は? お父様も聞いてたわよね)


 驚きさえしない点に今更ながら不審を抱く。ミサの胸中にある可能性が湧き上がった。


「……お父様、その、まさか、確認しますけど、私の血の秘密を知っていたのですか?」


 問いかけたら、どこか困ったように淡く微笑まれた。その顔が答えだった。

 ミサは息を呑む。


「どっ、どうして、いいえいつからですか?」

「アリエルと結婚した時から、だな。アリエルがそうならミサも必然的にそうだろうと思っていたから。まあだが、どのような力かまでは知らなかった」

「えっそんなに昔から!? ならどうしてお母様に言わなかったのですか!? お母様はずっと頑張って隠してたのに!」

「彼女が秘密を望んでいたからだよ。だから知らないフリをした」


 その最愛の妻が死ぬまでずっと。

 ミサはぎゅっと手を握り締めると少し俯く。

 これが両親達の有りようだった。決して不幸ではなかっただろうが、かと言って心からそれで良かったとは思えない事実だ。敵国の軍人だった事も含めて母親は父親が王国の臣下だったからこそ打ち明けられなかったのだろう。もしも彼が爵位など受けず一平民だったのなら少しは違ったのだろうか。


(結局は夫婦間の事だし、今更当事者でもない私が胸を痛めたってしょうもないけど……)


 互いに秘密を抱えて苦しくなかったのだろうか。夫婦だからと必ずしも秘密を全て曝け出すだけが愛情ではないが、それでもこの秘密は余りに重いとミサは思った。

 顔を上げて父親を見据える。


「今まで見守っていてくれてありがとうございます、お父様」


 多くを言わない娘へと、男爵は付け髭を剥がし忘れたままの口元でにっこりと笑んだ。


(でも、お父様が私の半魔の血を初めから知っていたとしたら……)


 ここにはディランがいる。言うまでもなく彼は確実に父娘の会話を聞いていた。ミサの顔からサーッと血の気が引いていく。

 母親の半魔の件は時効だとしても、素性の件はそうもいかない。加えてミサの半魔の件までも父親は秘匿していたと知られてしまったのだ。


(ヤバいでしょお父様ーっ! これでツーアウトじゃないのっ。亡命しようとしてた事まで知られたらスリーアウトで人生チェンジ決定よおおっ!)


「殿下っ、父をお赦し下さい! 父は私や母のために全てを伏せてくれていたのです! 私のためにした事ですし咎めなら私が受けますから!」

「ミサ!? ななな何を言い出すのだお前は何も悪くないのだぞ! 悪いのはこの不甲斐ない父だ。ですのでディラン殿下何卒ミサの言葉は聞き流して下さい!」

「いいえいいえお父様、愛するお父様が苦しむ姿は見たくありません! でしたら私が苦しみます!」

「それは私とて同じなのだぞ! 愛する娘に苦痛なんぞ誰が味わわせたいと思うのだ! 代わりに私が苦しむ!」

「お父様……っ」

「娘よ……っ」


 父と娘は感極まった潤んだ目で互いを見つめた。夜明け時の宿の一室は親子劇に暑苦しく、いや熱くなった。

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