呪われヒーラーがリベンジを決意する話

 今日組んだ臨時パーティーでの初めての戦闘時、人よりデカい昆虫型魔物を前に僕が後衛に下がると、前衛攻撃担当の青年冒険者ジェイから舌打ちされた。彼は血気盛んな二十歳そこそこだって紹介されたっけ。


「んだよ、やっぱマジで見た目だけなのな」


 他のメンバーからの視線もやや冷たい。


「足だけは引っ張るなよ、ヒーラーさんよ」

「あ、はい。それは勿論。皆さんが安心して戦えるように精一杯サポートさせて頂きます!」


 僕が笑んで頷くと、彼からまた舌打ちが聞こえた。何か気に障ったんだろうか。


 後衛でヒーラーの僕は基本的に戦闘にはほとんど参加しない。敵と味方の動きに目を光らせ誰かが怪我をしたら直ちに治すのが僕の仕事だ。


 あとは、敵からの自分への攻撃は自分で防ぐのも僕の基本スタイルだって臨時の仲間達には説明してある。だから僕のために戦闘中に気を逸らさないで大丈夫です、と。


 ヒーラーは他の役割と同じく不可欠要員だ。人によっては僕を護ってくれようとするだろうからその負担を無くせって、僕の師匠でもある祖父から厳しく教えられてきた。だから今日の皆だって楽に戦えると思うんだけど、何が不満なんだろう。


 そんな不仲な空気が拭えないままの初戦闘は僕の出番のないままに終了。途中怪我人が出なかったのは幸いだけど、僕に焦点を当てるなら働いてないも同然だ。だからなのか更にジェイは不機嫌そうにしていた。働かざる者なんとやら、だ。


 そもそも依頼達成時の報酬が一律同じなのが不満なんだろうってその頃には僕も何となく悟っていた。前衛は運動量は多いし後衛よりも敵との距離が近い分危険だって伴う。例外はあれ、大体そうだ。

 だからこそ同一労働と見なされるのは不公平だと感じるんだろう。

 しかも標的以外との戦闘は報酬には加味されないときている。これも不満が募る要因の一つだろうなあ。どの戦闘にも労力は掛かってるからね。


 とは言え僕がそう決めたわけじゃないのに八つ当たりされても困るよ。文句があるなら依頼主にー……なんて言葉は腹の中だけにして言わないけども。


 そんな僕も含めた一行は揃って森の奥へ奥へと進んだ。


 標的はビッグワイルドボア。


 野生の猪ワイルドボアとは違い、歴とした魔物の一種だ。





「ジェシカ! ビッグワイルドボアがそっちに行ったぞ!」

「えっ嘘まだ居たの!? ――ファイヤボール! って、えっどうしてっ、弾かれた!? ってか何かサイズ大き――」

「お前ら何やってるそいつはスーパーワイルドボアだ! 逃げろおおおーっ!」


 森の中、領主から依頼された討伐対象の五体のビッグワイルドボアは既に五体とも退治された。


 ジェイを初めとした討伐隊の前衛達が達成感に安堵を浮かべ気を抜いた直後、見た目は同じで大きさが異なるスーパーワイルドボアが現れたというわけだった。


 そいつには初級魔法のファイヤボールは効かない。何せビッグワイルトボアと違って魔法耐性のある魔物だ。


 サイズ違いなだけで見た目は全く同じだから遠近感が多少おかしくなってビッグワイルドボアだと思い込むのも無理もない。


 中級魔物のスーパーワイルドボアは冒険者の間でも倒せばちょっと自慢になるような強い魔物だ。大きさは平均してビッグワイルドボアの三倍はある。


 一つ重要な点を挙げれば、この臨時パーティーの前衛達の実力じゃ倒すのはハードモード。


 そんな力の差の相手に猪突猛進と衝突されれば重大な怪我は避けられない。

 前衛攻撃魔法使いの女性ジェシカは硬直してしまって逃げられないようだった。


「ジェシカーーーー!」

「きゃああああああ!」


 討伐隊の誰もが駄目だと目を瞑り、背けた。


「こらあああっ!」


 刹那、バゴオーン!と重いがどこか喜劇的な音が森の中に上がった。


 暫し、辺りはしんと静まり返る。


 討伐隊の面々が恐る恐る瞼を持ち上げた時、スーパーワイルドボアは遠くの太い幹にめり込んで伸び、自由落下の法則に従って地面に落ちるところだった。生物が落ちた重い音と同時にぶち当たった太い木がメキメキバキバキと音を立て折れた。その幹は中途半端な位置で他の木の枝に引っ掛かり止まった。


 ジェシカは、何と無事だった。


「大丈夫ですかジェシカさんっ」

「あ、あなた……?」


 ジェシカは驚いて大きく瞠目していた。

 彼女のすぐ目の前にはたった今彼女の危機を救った男が片膝を突いて案じるようにしている。


 見た目は割れ顎で超絶筋肉モリモリのアラサー青年だ。


 きこり選手権で難無く十回は優勝していそうな男だ。何故なら袖無しシャツから伸びている引き締まった太い腕だけでも破格な筋肉の持ち主だとわかる。

 因みに、先程までは確かに着ていたフードローブをバサバサして邪魔だと放ってきたのか、彼の中着がこうして露わになったわけだが、予想そしてイメージ通りの肩出しファッションだったと誰もがちらりと思った。


 彼は討伐隊後衛位置から驚異の瞬発力で飛び出し、最前線まで到達するや間一髪とジェシカを救ってくれたのだ。


 中級魔物をパンチ一発で伸してしまうのは凄いを通り越して崇めたくなる。畏怖すら感じる超人の域だ。


「あっ、ジェシカさん怪我を!?」


 彼女の手の小さな擦り傷を見つけた青年は予想外にも大慌てで躊躇いなくその手を取る。異性達は美人なジェシカに触れるのを照れたり鼻の下を伸ばしたりするのに、怪我を案じる真剣な目には全くその気がないようだ。

 ジェシカは自分でも意外にも内心どぎまぎした。タイプは細身の可愛い系イケメンであって決して濃い眉の大男ではないのに。


「あ、ええとこれくらいなら平気――」

「――駄目です! 白魚のように綺麗な手なのに痕が残ったらどうするんですか!」

「えっ」

「少し我慢して下さいね。――【治癒ヒール】!」


 力説し手を握ったままの青年が両目を閉じて魔法呪文を唱えた。関係ないが存外ソフトな握られ方にもジェシカは不覚にもきゅんとしてしまった。


 魔法呪文の直後から、ジェシカの手には光が集まり傷が見る間に薄れて消えていく。


 同時に、青年にも変化が起きた。


 彼も淡く光に包まれる。


 ガタイの頗る良いアラサー男かと思っていた男がみるみる縮んで細身のミドルティーンの少年の姿になった。


 頭髪も、剛毛の黒髪から銀髪のサラサラヘアーへと変化した。


 瞳の色も茶色から紫に。


 更には、割れていたゴツイ顎もシャープになり端正な顔立ちに変化した。薄くまだあどけなさを残した成長途中の少年の危ういような美がそこにはある。


 超絶の付く美少年だった。


 時に整い過ぎる容姿は神々しささえも生むものだ。

 劇的過ぎるビフォアーアフターにジェシカはポカーンとなった。他の者達も。そんな直前まで大男だった少年に悪態をついていた短気な青年ジェイすらも。


「え、誰? あなた天使……?」


 ジェシカがアホになったように呟いた。


「ああすいません。実はこっちが僕本来の姿なんですよね。五分くらいでまたマッチョに戻りますけど。訳あって呪われちゃって、あはは、今みたいに治癒魔法を使った時以外はアラサーマッチョ姿になっちゃうんです」


 人畜無害な笑みを浮かべる健康かつお気楽そうな少年に、その場の誰もが呪われるって何だっけ?と考えてしまった。


 無論、世間一般的に呪われるなど引きこもりたくなる一大事だ。

 ここでジェシカはハッとした。

 手の怪我がすっかり治っている……のは治癒魔法なのだから当然として、注目すべきはスキンケア万全の状態になっている点だ。スベスベだ。保湿クリームを塗ったところでここまで最高の卵肌にはならないだろう。

 ジェシカは密かに全身ヒールしてほしいなと思った。よし後で頼もう、と。


 そう、彼はヒーラーだ。


 ヒーラーは珍しくはない存在だが、ジェシカのように魔法を使える者でも治癒魔法は別物で、生来その素質を待っていないと使えない。言い換えればヒーラーは天与の才能を有する者しかなれないのだ。


 故に外見からではわからない。


 どう見てもタンク系か肉体派の攻撃系のゴリゴリのマッチョでもヒーラーだったりするのだ。


 しかしそれでもさすがにこいつはないなと誰もが思っていた大男が実はヒーラーだったのは、臨時パーティーとして集まり紹介された際には素直に皆の度肝を抜いたものだった。


 それだけでも普通ではないのに、マッチョ男が呪われた美少年だったのには最早天変地異レベルで仰天した。詐欺だ。


 本音を言うとジェシカはマッチョ青年がヒーラーだというのを半分信じていなかった。おそらくは彼女の弟のジェイも。故に突っ掛かっていたのだろう。本来攻撃役なのに臆病風に吹かれて、或いは狡賢い怠け者などは、ヒーラーで後衛だと言って戦闘時に楽をする者がいるからだ。手品のように巧妙に治癒アイテムを使って自らをヒーラーだと称する嘘つきが世の中にはいて、二人はその手の輩に会った事があった。だから今回も同じかと勘繰ってしまった。全くの誤解だったが。

 ジェシカは我知らず唇を震わせる。


「あなた、ホントに――ヒーラーだったんかいっ!」


 だったんかいだったんかいだったんかい……とこだまして、鳥達が驚いて一斉に空へと飛び立った。

 うっかり地が出た二十代後半、冒険者ジェシカのおしとやか設定は脆くも崩れ去った。


「あ、はい、ヒーラーです」


 誰かを癒す仕事に誇りを持っている少年は、輝く笑みを浮かべた。ジェシカは赤面し、今からでも年下の守備範囲を十五歳差くらいまで広げようかなんて本気で考えた。

 

「……ん? そう言えば銀髪ってどっかの王家の特徴じゃなかったっけ?」


 姉の好みをよく知るが故に呆れていた弟ジェイがふと呟いて首を捻ったが、刹那少年は何かの一発芸のように見事にアラサーマッチョ姿に戻ったので、物珍しさの方に意識が向いてしまいその思考も霧散した。


 とりあえずこの地の領主からのクエスト、ビッグワイルドボア五体の討伐は達成。更には、この地に人知れず潜んでいたスーパーワイルドボアまでもが倒された。


 この日即席で組まされた日雇い討伐隊は報酬上乗せで無事に解散の運びとなったのだった。

 因みにジェシカが全身ヒールを頼む前に呪われヒーラーの少年は帰ってしまっていて、連絡先を知らなかった彼女は酷くガッカリしたそうだ。






「ヒーラーです」

「……え?」


 とある貴族の屋敷の応接室。

 僕を面接してくれるという屋敷の執事たる老齢男性の心底意外そうな顔を見て、ああまただ、と思った。念のためもう一度告げる。もう一度とは言ったけど正確には次で四度目だったりする。


「僕、ヒーラーです」

「え?」

「ですから、ヒーラー募集の告知を見て来た旅のヒーラーです。こう見えてもヒーラーなんです」

「ああそうそうそうでした告知でしたね告知、ヒーラー募集の告知のヒーラーの……って、え……ヒーラーですか?」


 これじゃあ振り出しだ。 


「ええとそろそろ現実を受け入れてくれませんか?」


 初対面の相手にヒーラーを名乗るこんな時、僕へと向けられる反応はこれまでの経験上ほとんど皆相違ない。今日も例外じゃない。

 え?って言われる。

 要は嘘でしょ!?って顔をされる。

 たまに冷やかしで来たのかいって怒やされるけど。

 今までの旅先でも大体そうだったし、これはまあ仕方ない。


「……ほ、本当に君はヒーラーなのですか? 攻撃特化の肉体派前衛担当ではなくて? 見るからにその丸太の如き剛腕は脅威ですよねえ?」

「本当にヒーラーです。自衛だったり攻撃が必要な時は勿論戦いますけど、基本ヒーラーです。治癒魔法使いとか治癒術者ってやつです」


 この貴族の家に仕えて長そうな白髪の執事はたまげたように僕を見上げてまだ半信半疑な様子でいる。無理もない。


 だって僕の身長は2mある。


 今は座っているからそこまでないけど、元々が大きいから座高だけでもその年代の平均的身長だろう執事が見上げるくらいになる。

 僕は骨の太い筋骨隆々した体格で、見るからに――戦士。

 肉弾戦でも剣でも槍でも斧でも何で戦っても強そうに見える容姿なんだから。

 黒髪は剛毛だから短めにしているけど、髪型はそこらにいるような男性と同じ感じだ。目の色も一般的な茶色で目立って印象に残るものじゃない。


「ヒーラーとしての応募なのはわかりました。年齢は?」

「十四歳です」

「嘘でしょっ? ……あ、こほん失礼、冗談ですよね? アラサーでしょう君は?」

「いえ、十四歳です」


 猜疑心に満ちた目をされた。

 はあ、しょうがないよねこれは。

 だってどう控え目に見ても僕の見た目はゴツいアラサー男だ。疑われるのも無理はない。


 でも天に誓って僕は十四歳だ。


 冒険者証を見せれば執事はマジマジとして見つめた。

 この国だけじゃなく世界共通の制度の下で幾つかある身分証明証の一つが冒険者証だ。クエストを受け、時にはその身に何かあった時の識別標ともなり得る冒険者証は、なりすましや偽造防止の観点から魔法契約を交わして作られるため、本人にしか扱えない。


 本人以外が持って提示しても別人と表示される仕組みだ。無論

年齢も魔法的に測定されるから偽れない。


 名前は改名できるので変えたければ申請すればいいみたい。僕はどう環境が変わろうと改名の予定はないけども。


 提示した冒険者証には初期申請時のままのエルレイン・ボールドウィンの名前と、生年月日が記されている。満年齢で確かに十四歳と。


 だからこそ、執事の男性は納得する以外にはない。

 ちょっと試しに「呪われまして」と付け加えたらなるほどだからその姿にと現実を受け入れてくれた。普通は冒険者でもない一般人に呪われているなんて言ったら怖がってそこをまず受け入れてはくれないのに、この執事は年の功なのか肝が据わっている。


「ボールドウィン君ですか。ボールドウィン……ふむ」


 一瞬何か含みがあった気がしたけど気のせいかな。


「ええと、この街に滞在する間だけではありますけど、ヒーラーとして精一杯頑張りますので、何卒宜しくお願いします!」

「あ、はあ……こほん、それでは早速で悪いのですが、実力を確かめさせて下さい」

「はいっ」


 実力確認は執事の彼が指先を軽く切ってそれを僕が治した事で済んだ。ちゃんとヒーラーだって認めてくれた。


「それにしても、その若さでヒーラーとは感心ですね。大抵はヒーラーの才能があっても相応の訓練を何年かしてようやくまともにヒーラーを名乗れるでしょうからね。私も今日まで、ヒーラーは二十歳以上の方としかお会いした経験がございませんでしたし」

「あ、ええと、小さい時に覚醒する出来事があったもので……」

「左様ですか」


 うんうんと頷きながらも彼はこれ以上の詮索はしてこなかった。隠す事でもないから話したって支障はなかったけど、執事たるもの節度を弁えるって感じなのかな。


 ここで少し話を脱線すると、一般的にヒーラーでも護身のために武器は持つ。


 因みに僕の武器は剣だ。他の武器も使えるけど、どこの街でも拘らなければ手に入りやすい物だからそれにした。

 昔はこことは別の国の王宮騎士団長だったらしい祖父譲りの剣法がしっかり身に付いているはずだ。


 まあそうは言っても実際のところ剣すらもあまり使わず素手で戦う方が多いんだけどね。


 僕と祖父母は祖国を出て久しいらしく、僕が生まれて割とすぐだったって二人からは聞いた。


 そんな祖国を二人はほとんど話題には上らせなかったけど、嫌気が差して出たとは言っていた。

 行商仲間の話じゃ信念も何もなく金でどうにでもなる大層腐った国なんだってさ。とりわけ、現在の王太子になってからが酷いんだとか。祖父母二人が見放すくらいだし相当だね。


 そんな祖父と祖母と三人で世界各地を回る行商なんてしていると、自分達で荷を守る必要も出てくるし、十四歳にもなれば魔物と戦うのだって珍しくもない。保護者二人からいつ自分達が儚くなってもいいようにって幼いうちから武芸を身に付けさせられた。


 二人は僕を食べさせていくために、世界各地を回りながら心ゆくまで魔物狩りを一生懸命魔物を討伐したり、途中で山賊に出会えば、憂さ晴らしにボコった正義の心で成敗したりして、どうにかこうにか生活費を稼いでいた。


 僕は今よりだいぶ幼い頃もそんな二人の逞しい背中を見ながら、一つでもいいから何か役に立ちたいと願っていた。

 その願いが叶ったのは六歳の時。仕事で大怪我をして帰ってきた祖父を見た僕は大泣きしてしがみついた。足に包帯を巻いていて血が滲んでいてとてもとても痛々しかったし、支えないと転んじゃうって思ったんだ。


 元の祖父の足に戻して下さいお願いしますなんて、神様に強く願った。以前どこかの教会で見た事のある治癒術士を真似て夢中で治癒の呪文を口走っていた。ヒールヒールヒールってね。


 そしたらミラクルが起きたってわけ。


 僕の才能が開花した瞬間だった。


 祖父の足の怪我はすっかり治り、僕は治癒術者としての魔法基礎訓練や座学を祖父母からみっちり受けてきたおかげで、この歳にして一人前のヒーラーを名乗れている。


 ただし、魔法訓練と同等かそれ以上に重きを置かれたのが護身のための剣や体術で、ホントに容赦なく鬼かってなくらいに扱かれたよねー。


 おかげで十四にして一人でも山の魔物狩りくらいは簡単にできるようになった。まだまだ経験豊富な二人には及ばないから精進あるのみだけど。


 各地に赴くのは家族三人でなんだけど、その地でどう行動するかは僕自身に任されていて、だからその地その地で僕はヒーラー仕事に勤しんで沢山の人と知り合い、そうでない時はその地その地でのクエストをこなし、その都度冒険の仲間を募ったりしていた。他の側面から少しでも祖父母の行商の役に立てればいいと思ってそうしてきたんだ。成果は半々かな。


 クエストをこなす理由にはもう一つあって、僕にとって祖父母は理想の夫婦である上に理想の冒険者コンビなんだよね。いつか僕にもそんな仲間ができたらいいなあと思っているから、そんな生涯の仲間を探す意味合いもある。


 だけど冒険者パーティーを組んでも、いつも長続きしないか即刻断られる……というか怖がられる。


 やっぱり見ず知らずの身の丈2mの大マッチョから突然パーティー組みませんかなんて誘われても、目的は強盗とか追いはぎかもって思って警戒心が先に立つのかもしれない。

 ヒーラーだって告げる暇さえもらえないケースがほとんどだ。残りは端から僕を前衛要員と思い込んでろくろく話も聞かずに仲間にして魔物との戦闘に向かうけど、後衛かつ治癒が役割だと思っている僕が後方に下がると、どうして戦わないんだって激怒されてパーティーから放逐されたりもした。


 故に、今回のヒーラー募集は魔物討伐が目的じゃあないようだけど、真っ先に尚且つクドいくらいに自分ヒーラーです宣言をしたってわけだった。


 目の前の応接用長椅子に腰掛ける執事から詳しく仕事内容について説明を受けたところ、ヒーラーが必要だったのはこの家の奥様がある日急に謎の病に倒れ、医者に診せてもその地のプロの治癒術者に頼んでも良くならないかららしかった。


 何と倒れて以来この一月程、一度も目覚めていないという。


 普通貴族の奥様の治療に当たれる者はある程度の名声持ちや身分の者に限られる。しかし今回藁にも縋る思いで治癒魔法を使える者なら誰でもいいから試してみよう、と募集の運びとなったようだった。


 病を治す。うん、これぞ僕の本懐。だけど例外もあって老衰は死期を少し遅らせるくらいしかできないけどね。あと病の重さによっては一度で完治はできなくて少しずつ症状の改善をしていくケースもある。


「じゃあ、早速奥様を治しに向かいます」


 すると執事は困ったように苦笑した。


「ああいえ、実はヒーラーを募ったところ、あなたを含めて既に五十八人の応募があり、一人ずつ治癒を試みて頂いておりますので、順番までお待ち下さい。三日のうちにはお呼びできるかとは思います」

「あ、そうなんですか。僕の前に五十七人も……。ところで、順番前に奥様が快復したらどうなります?」

「治された方以外への報酬はございません」

「ですよね」

「はい」


 それはそうだ。


「お止めになりますか?」

「いえまさか。僕より先に誰かが治せるならそれはそれで喜ばしいですし、期待なんて言うと不謹慎ですけど、期待はせずに気長に待つ事にします」

「そうですか」


 僕はさらさらと宿の名を記したメモ書きを机の上に置く。


「じゃあ、もし順番が回ってきたらこの宿に連絡を下さい。少なくとも半月は家族と泊まっていますので。改めて、僕はエルレイン・ボールドウィンと言います」

「わかりました。ボールドウィン君、それでは後ほどご連絡を差し上げますが、順番前に奥様が治った時もご連絡差し上げますね」

「え? そんな手間までおかけしてもいいんですか?」


 執事は好々爺然とにっこりとした。

 身分証を見せたけど直接名乗るのが筋だろうとそうしたら、存外好印象だったらしい。普通は言われた三日のうちに連絡がなければ縁がなかったものと考える。いちいち流れの旅人に終了の連絡なんてそこまでの親切をしてくれないものだ。どうしても気になった者は直接屋敷を訪ねたり掲示板を見たりして自分で状況や情報を確かめるしかない。

 僕は辞去の挨拶をして静かに応接室を出た。屋敷の玄関まではメイドさんが案内してくれた。





 翌日、存外早く屋敷から連絡がきた。

 残念ながら奥様はまだ治っていないらしい。


「うーん、五十七人もいて誰も治せないなんて、普通の病気じゃないのかも」


 宿の食堂での朝食の席で昨日の執事からの便りを眺め下ろしぶつぶつと独り言を漏らす僕に、祖父が横から首を伸ばして紙面を覗き込んできた。見られても構わないけど、僕は祖父の老眼を知っているので説明してやった。


「ほうほう、で、何人もの術者の治癒魔法でも改善が見られないと。それでとうとうエルにまで回ってきたのか」

「そうらしいね。でもこれじゃあ僕が行っても同じかもしれないなあ」

「あらあらエル、弱気なのねえ。ばあちゃんはエルなら治してあげられると思うわよ」


 祖父にミルクを注いでやっていた祖母も会話に加わってきた。


「わしも同感だ。ただし、今回向かうのは貴族の屋敷なのだろう? 在野の冒険者達よりも注意が必要だな。くれぐれも魔法を使う時はきちんとフードを被るんだぞ」

「うん、わかってる」


 祖父母は僕の呪いを心配しているんだ。僕の治癒魔法行使時だけ解ける厄介な呪いを。


 ここは外国で、僕や祖父母の生まれた国とは違うけど、たとえ外国の貴族にでも僕本来の姿を見られるのを祖父母はとても嫌う。


 銀髪に紫瞳って容姿はどうも珍しい組み合わせらしくて、二人は僕がその見た目で周りの誰かから害されるのを恐れている。例えば奴隷として売られたりとかね。


 そのせいでか、呪われる前までは外ではフードマントを深く被るのが僕の常だった。よく妖精のコロポックルと間違われたっけね。


 小さい頃はどうして隠さないといけないのかわからずに、たとえ僕の本来の姿を世界中が嫌って石を投げられても二人が僕を大切に思ってくれている限りは痛くも痒くもないんだよ、怪我しても治癒魔法ですぐに治るしね、なんて安心させたくて言ったら祖母には優しい笑顔で抱きしめられたっけ。祖父は鼻をぐず付かせていた。


 だけど祖母は戦闘時に杖の先からバンバン魔法攻撃を放つ豪快さによらず超心配性で、僕が八歳の時、僕の特徴を隠すって言うか、髪と瞳をまるっきり違う色に見せる魔法を僕に掛けてくれようとした。例えば黒髪に茶色の瞳とかね。


 それが成功していれば、僕は単に十四歳で通じるどこにでもいる色合いの少年として通りを歩いていただろう。


 だけどしかし、どこで何をどう間違えたのか、祖母の魔法は大失敗した。


 魔法は失敗すると、時々呪いに変化する。


 まさに運悪くもそのパターンで僕は常にアラサー大マッチョ男姿でいるようになってしまったってわけ。齢八歳にしてね。


 僕の容姿を隠す意味合いではまあ半分成功と言えなくもないけど、僕達三人の旅の目的の一つにはこの呪いを解く事が入っている。


 ……魔法自体が変質したのもあって、祖父母にも僕自身にも解き方の見当が付かなかった。


 はは、まあでも遅くてもじいさんになって死ぬまでには解きたいよ。

 不思議なのは僕の治癒魔法行使時に少しの間元の姿に戻る点かな。現在に至るまでそれも謎でしかないけど。

 夫たる祖父にミルクを注いでからは上品に半熟ハムエッグをナイフとフォークで口に運んでいた祖母がカチャリと両手を置いた。


「ああやっぱりエルが心配だわ。あなた、私この子に付いていくわね」

「なぬ? それならわしだって行くぞ。エルが心配なのはわしも同じだ」

「え? 二人共……?」


 結局、僕達三人で屋敷に向かった。





 屋敷では例の執事の男性がわざわざ僕を玄関先に出てまで待っていてくれた。

 有難い反面、僕は屋敷の奥様の具合がより悪化したのかと危ぶんだ。

 でも予想とは違っていた。


「すみません、祖父母がどうしても同行すると言ってきかなくて。連れてきてしまいました。ですが屋敷の外で待っていてもらうので気にしないで下さい」

「ああいえいえ、その必要はありませんよ。大事な客人のお身内を持て成すのも私の仕事ですから。しかしやはりボールドウィン君のボールドウィンはあのボールドウィンでしたか」

「はい?」


 あのって?

 怪訝にする僕の前の執事が懐かしそうに見つめる先には祖父母の姿がある。


「ボールドウィン、まだしぶとく生きていたのですね。あなたが国を出たと風の噂に聞いてより、とっくに野垂れ死にしていると思っていましたよ」

「ははっ、わしこそお主は失業してとっくにくたばっていると思ってたぞ。よくもまあこの歳になるまで長年執事業が務まったもんだ。だが明日には解雇だろ?」

「相変わらず減らない口ですね」

「むはははっ、今回先に喧嘩を吹っ掛けてきたのはそっちだろ」


 僕は目を点にするほかない。祖母は呆れたようにくすくすと笑っている。わけがわかってないのは僕だけだ。


「この二人は若い時に同じ冒険者パーティーだったのよ。いつも喧嘩ばかりしていたけれどね」

「ばあちゃんももしかしてそのパーティーだったり?」

「ええ。あの頃は毎日喧嘩の仲裁をするのにほとほと疲れたわ」


 ああそうなんだ。三人は旧知の仲なのか。こんな運命的な偶然の再会もあるんだなあ。互いに嫌いだけど嫌いじゃないんだろう爺さん二人をどこか微笑ましく思って、僕は自分の頭を小突いた。今はそんな場合じゃない!


「あのー、旧友の情は後でしかと温めてもらうとして、早速ヒーラーとしての仕事に取り掛からせてもらっても宜しいでしょうか?」


 キリッとしたアラサーマッチョな僕を見て、執事は祖父へと向けていた不遜な表情を消すと、先日もそうだった柔和な顔付きに戻った。


「ボールドウィン君、その事なのですが、実はまだ順番は巡ってきてはいないのです」

「え? どういう事ですか? でも宿にきた連絡だと……」

「戸惑うのも当然ですね。君を呼ぶために私が差し上げました嘘の内容の手紙です」


 余計にわからなくて戸惑っている僕の前に祖父が進み出た。まるで僕を庇うように。後ろから見える横顔にはつい今し方まであった馴れ合いの色はなく、警戒感が滲み出ている。見れば祖母の表情も似たようなものだった。


「ど、どうしたの二人共?」


 あわや在りし日の喧嘩の再現なのかと焦りを浮かべた矢先、執事が溜息をついた。


「そう警戒せずとも大丈夫ですよ。私はボールドウィンの名を持つ彼に身辺への注意を差し上げようと思って呼び出しただけです。まさか本当にあなたの関係者だとは思いもしませんでしたけれどね」


 執事は祖父を見据えている。


「うちのじいちゃん関係のボールドウィンだと何かあるんですか?」

「ええ。とある国から捜索隊を放たれているようですよ」

「捜索隊?」


 僕は心底驚いて二人を見た。


「追手とも言えますね」

「追手!?」


 今度は混乱する僕を執事はじっと見つめてくる。そしてまた祖父へと視線を戻す。些か真面目な眼差しを。


「ボールドウィン、今のうちに三人でここを離れた方がいいでしょう。泊まっている宿の主人はその手の裏ギルドの人間と繋がっていますから。謝礼欲しさにチェックイン時の記名台帳を見て少しでもあなた本人の可能性があればと情報を流したようですね。全く、偽名も使わないで何をやっているのやら」

「お国からかなり離れたこの国にまで捜索の手が伸びているとは思わなかったんだ。しかし礼を言う。すぐにでもこの地を離れる」


 祖父母は互いに頷き合った。

 だけど、僕だけがやっぱり蚊帳の外だ。


「じいちゃん、説明してよ。何がどうなってるの?」

「わしらに祖国からの追手が迫っているようだ」

「祖国の!? 何でまた? じいちゃん達は追われるような悪さはしないでしょう! きっと何か誤解があったんだ。話せば誤解が解けるよ」


 そんな考えは楽観的に過ぎたのだろうか、祖父はゆるゆると横に首を振って僕を抱きしめてきた。執事が目を細めた。


「彼はいい子のようですね」

「当たり前だ。あの方の子で、このわしらが育てたんだからな」


 誇るように言った祖父は僕を放すと執事に手を差し出した。


「礼を言う。何も気付いてないふりをして宿を発つ。達者でな」


 祖父は固い握手を交わすとさあ行くぞと僕と祖母を促した。


「は? え? 納得できるわけないでしょ。ちゃんと説明してよ。僕はここの奥様を治すためにいるんだから、それまでは街を出ないよ」

「エル、説明は道中でする。今は時間が惜しい」

「だっからそこだよ。どうして何も悪い事してないのに逃げないといけないのさ。納得できる説明を聞かせてくれないうちは動かない。それか、二人の後を追うから先に発ってくれればいい」

「それはできない。お前を一人にはできない」

「どうして?」

「わしらを捜す追手など、どんな輩なのかは決まり切っているからだ。またその目的もな。奴らの真の狙いはお前だ。命を狙われているんだ」


 一瞬、言葉が出てこなかった。

 執事は僕よりも僕の置かれている状況をわかっているようで、驚いてもない。でなきゃ忠告だってくれなかったろう。 


「それは、僕が二人とは血の繋がりがないのと関係してるの?」


 二人は少しの躊躇いを見せるも頷いた。

 それだけで、詳細はわからないまでも彼らが僕のために故郷の国を出たんだってわかってしまった。


 おそらくは僕は二人が連れ出してくれなかったら殺されていた立場の人間なんだろう。


 僕の特徴的な容姿を執拗に隠す意味もこれで合点がいく。


 お気楽でできている僕でもそれくらいは悟れる。

 僕が二人の養子だと知ったのは十四歳を迎えて間もなかった一年くらい前。正確にはまだ一年も経たない。

 ジェイやジェシカさん達と臨時パーティーを組んでスーパーワイルドボアを討伐してその時滞在していた宿に帰ったら、夫婦喧嘩をしていたんだよね。


『もうエルに本当の事を告げてもいい歳だろうがっ』

『まだ早いですよ! せめて十六になってからじゃないとっ!』


 食器でも投げ合っているのか粉砕音が聞こえてもいた。何を話しているのかはこの際どうでもいいと思い、怪我をする前にと意を決して部屋に踏み込んだ。


『じいちゃんばあちゃん喧嘩は止め――』


 顔のすぐ横の壁に食事用のナイフが突き刺さり、僕は言葉を失った。それとほぼ同時だった。


『エルが本当は私達と血が繋がっていないなんて知ったら、ショック過ぎて非行に走ってしまいます!』


 え。


『血が繋がってなどいなくとも、エルは非行になど走るか! 何を馬鹿な事を言っているんだお前は。こんな会話をエル本人が聞いたら――うおおエルーッ!?』


 あの時は色んな意味で大変な衝撃を受けたよねー。

 半ば臨時の家同然の部屋に帰った途端あわや飛んできたナイフが顔に突き刺さりそうになるとか、そうそうないでしょー。


 まあその時に僕の身の上の秘密を聞いた。


 亡き知人の子供の僕を引き取って養子にした、と。


 それまでは僕の両親に問題があって、孫たる僕の面倒を見てくれているんだと思っていたんだよね。二人は僕の両親の話題を避けたがったから自然とそう思うようになっていた。


 ただ、祖国から消えて久しい僕を探して殺そうとしている誰かがいるなんて、あの時もたったの今までも思いもしなかったけどね。


 二人も実は追われる身で、なんて言わなかったから僕は今日まで自分を平々凡々の庶民出だと思っていた。


 地位の高い王宮の騎士団長が恭しくもあの方なんて敬称を用いる相手は限られる。そして祖父の騎士団が誰に仕えていたのかも僕は聞いて知っていた。


 当時の王太子だ。処刑されたらしいけど。


 大事な主君の子の僕を護るために二人は祖国を捨てて、放浪者になった。逃亡の身になった。二人の忠誠心がそうさせた。国内は敵だらけだったから。


 祖国では公には僕の存在も祖父母の出国も言及されていない。

 だけど、戻れるわけがない。

 そしてそうなら、この放浪はいつまで続く? ……続けられる?


 二人の顔のシワは僕が小さい頃よりずっと増えた。一般のお爺さんお婆さんに比べればまだまだ健脚バリバリで心配なんて要らないように見えるけど、腰や膝を摩っているのを最近よく見かける。

 このままじゃ駄目だ。二人のためにも今の僕に何ができるだろうか。考えろ。


「……じいちゃんばあちゃん、やっぱり駄目だ。ここに残ってその捜索隊だか追手だか刺客と向き合うべきだ」


 僕の真剣な眼差しに二人はたじろいだ。単に見た目2mの大マジマッチョに怯んでしまっただけかもしれないけど。二人は我に返って反論しようとしたものの、僕は機先を制するように畳みかけた。


「反対しても無駄だよ。生きるために必要なら戦うけど、僕はあくまでも誤解を解くための話し合いを希望しているんだからね。誤解を解くための。二人は国から生まれたばかりの赤子を連れ出してなんていないんだってね」

「誤解を解く? エル、何を言っているんだ? 向こうは確信を持って追ってきているんだぞ」


 僕はふふんと得意気に笑ってみせた。

 おそらくは、追手は僕の呪いを知らない。

 そこにこの先しばらくの安寧をかけた賭けの勝機がある。


「執事さん、奥様の治癒を僕にも試させて下さい。その前に誰かが治してしまえばそれが一番ですけど、僕はまだこの街にいますから」

「ボールドウィン君……。わかりました。私で何かできる事があれば仰って下さいね」

「勝手を言うなダン! エルは欲に塗れた人間の怖さを知らないんだ。自分達のためならえげつない手段で何でもする、それが奴らだ!」


 祖父がいきり立った。執事の名はダンって言うみたい。

 祖父が怒るのは僕の安全のため。

 だけど僕をここまで鍛えたのもこの祖父達だ。……まるで僕の後々にその強さが必要になるって予見したように。


「じいちゃん、僕は悪い奴には負けないよ。そうでしょう?」


 じっと見つめて反応を待つ。


「ばあちゃんも、じいちゃんに言ってやってよ。僕はこの姿の時は二人よりも強いんだから安心してってさ」


 この呪いは不便なだけじゃない。

 スーパーワイルドボアを軽く一撃で仕留められるくらいに超人になる。

 元の姿の時はさすがにそこまでじゃないけどね。


「じいちゃん、僕はこの姿で彼らに用があるんだよ。伊達に今まで冒険仲間を探してきて、お前ヒーラーのくせに詐欺だ詐欺だって言われてきてないからね、僕は。だから一つくらいは僕が望んでの嘘が増えたって平気だよ」


 祖父は愕然とした。

 孫からの思わぬ初耳だった告白内容にショックを受けたのかもしれない。そりゃあ気に病むと思って話した事なかったからねー。現に「わしが、わしがエルの名誉を貶めてしまった……っ」とか嘆き出したし。ちょっとウザい。

 僕の呪いの原因を作った祖母は祖母で明らかに青い顔で涙ぐんでいた。


「何だかんだで、強くなるとかいい面もあるんだし、もう気にしないでほしくて暴露したんだよ。だからばあちゃんももう涙を拭いてよ。じいちゃんも立ち直って、ね?」


 二人は僕の言葉が届いていないのかまだ棒立ちだ。

 執事のダンさんと顔を見合わせちゃったよね。


「はあもう、二人共しっかりして。追手が来たら二人には同席してもらう予定なんだから」

「「はあ!?」」


 あ、よかった正気に戻った。


「さてと、僕の意図を説明もしたいし、急いで宿に帰ろうか。間違っても追手に待ち伏せなんてされないためにもね!」


 ダンさんに順番の際は宿に連絡を、とお願いして僕は祖父母を連れて宿へと戻った。

 幸い追手はまだ到着していなくて、問答無用で待ち伏せ攻撃なんて面倒な展開にはならなかった。


 だから待つ間、僕は二人の口から本当の僕の秘密を確かめる事ができた。自分の推測だけじゃ間違いがあったら大変だと思ったからね。


 待ち人達は夜に来た。


 どうにか言いくるめた祖父母と宿の食堂で夕食を食べていた時にやってきた。他の客と共同の食堂にしたのは下手に薬を盛られるのを避けるためだ。この宿の売りの一つの自由に好きな物を皿に取るビュッフェ方式だったから助かった。情報を流した宿の主人だって自分では判断できない不確かな相手のために他の客も食べる食事にまで薬を盛る割に合わない真似はしないだろう。


 ズカズカと正面入口から堂々と入ってきた男達は、おらおらと他の客を蹴散らしながら食堂内を見回して、とうとう祖父母に気付いて口元目元をにやりと笑ませた。


「ははっ、ついにようやく見つけましたぜ、お久しぶりですボールドウィン騎士団長様? ああボールドウィン魔法騎士様もまだご健在でしたか」

「お前は……ヘザーか」

「おお光栄ですね。随分と経つのに覚えていて下さったとはね」

「はっ、忘れるはずがないだろう。あの卑劣な反逆者の腰巾着を」

「貴様っ、王太子殿下と呼べ!」


 僕の知らない中年の男、ヘザーとか言う奴は祖父母を知っているようだった。それは祖父母の方も同じらしい。

 そいつはリーダー格なのか怒りつつも先頭に立って仲間を引き連れて僕達のテーブルにまでやってくると、すべての皿を乱暴に叩き払って料理を床にぶちまけた。耳に煩い音が響く。宿の主人はあわあわとして悲鳴を上げていた。まさか彼も自分の宿の物を壊されるとまでは想像していなかったんだろう。……貧相な想像力だね。ならず者が礼儀正しいとでも?

 悪役上等と下卑たように笑う男ヘザーは祖父へと顔を近付けた。


「例のガキはどこにいる?」

「ガキ? 誰の話だ」


 祖父は眉一つ動かさない。


「団長様が王宮から連れ出した王子の事だよ。もう十四かそこらだろ。そいつはどこにいるんだよ?」

「はて。そのような者は知らないな。疑うなら部屋を調べてくれていい。わしらとは無縁だ。宿の主人にも尋ねてみるといい。わしらが誰とこの宿に泊まっているのかをな」


 ヘザーは宿の主人へと目を向け、少年なんて見ていない主人は首を横に振って僕を指差した。


「あん? そういやさっきからデカくて目立ってたが、誰だこいつは?」

「あ、はい。僕は二人の養子のエルレイン・ボールドウィンです。十四歳です」

「はああ嘘こけやっ! どこが十四だごるあっ!」


 ピキリと男の顔に筋が浮いた。大方話を傍で聞いていた僕が面白可笑しくコケにしたとでも思ったんだろう。だってねえ、どう見ても僕はアラサー。お探しのミドルティーンの少年とは全く違う。

 宿の主人の証言に嘘がないのはわかったんだろう。ヘザーはまた祖父に詰め寄った。僕には苛立たしげな目を向けてきたけど、まずは任務遂行を優先したようだった。


「この場にいねえのはわかった。じゃあどこに隠した? これまでも一緒に旅してたんだろ? 別の近くの宿か?」

「あ、それ僕です」

「あ?」

「これまで一緒に旅してました。勿論これからも!!」

「てめえに訊いちゃねえよっ、いい加減にしろ!」

「ヘザー、わしらは嫌気が差して国を出て、このエルレインと出会い彼を養子としてからは、この三人でずっと旅をしてきた。お前達の言っている王子とやらはわしらとは関係ない。連れ出されたのが真実なら他の誰かがそうしたのだろうよ。見当違いの人間の周辺を捜しているとまだわからないのか? この街を隈なく探しても件の王子は出て来ないだろう。わしらの子供でもあり孫息子でもあるのはこの養子のエルレインただ一人のみだ!」

「はい! 僕も父であり祖父であるのはあなたただ一人です! それから、母であり祖母であるのもあなたただ一人です!」


 祖父母と僕は目を潤ませて手を握り合った。


「一体何の茶番だああっ!」

「まだ僕達を疑うなら前の街やその前の街の門番達にも訊いてみるといいでしょう。そこを通ったのもこの三人でですからね。僕みたいな印象強烈なのをそうそう忘れはしないでしょうし」


 印象強烈、そこは素直に同意したらしく男は歯がみする。


「あーくそっ、王子を連れ出したからこそ国を出たんだろう? そこは揺るがないんだよ! ったくマジにどこに隠したか、こうなりゃ力ずくで吐かせてやるぜ」


 彼らはきっと元々荒事専門で拷問にも手慣れているんだろうね。王宮で王族の傍にいたなら花形の騎士か何かなはずなのに、全然尊敬できそうにない。

 だけど肩書きが何であれだからどうした。もしもこいつがどこぞの皇帝だって言われても僕は怯まない。ヘザーが祖父へと伸ばす手を僕はがしりと掴んで制した。


「じいちゃんに触るな。僕達家族の団欒をこれ以上台無しにするつもりなら、こちらとしても黙ってはいませんよ。お捜しの王子は既に死んだか、生きていても自分を庶民と思ってのんびり暮らしているんじゃないですか? 今日まで出てこないのはだからでしょうね」

「おい放せ。王子はともかく、黙ってないって、俺達を打ち負かす気か? 言っておくが図体だけデカくても無駄だ。これでも俺達は腕利きなんだぜ。そこの騎士団長様でも現役時代ならともかく、今は俺達には勝てないだろうぜ」

「へー、だから?」


 ヘザーのこめかみにビキリと更に青筋が盛り上がった。乱暴に僕の手を振り払う……つもりでそうできず、三度力んで腕を振ったところでこっちから放してやった。鍛え方が足りないね。


「くそっ、木偶の坊が!」


 いつぞや会った青年ジェイよりも十倍は短気な追手ヘザーは僕の顔を目にも止まらぬ拳で予告なく殴り付けてきた。


「「エル!!」」


 祖父母が案じてくれる声が聞こえた。

 だけど僕の耳には、ボキリ、と骨が折れるような嫌な音が大きく響いた。


「ははあっ馬鹿が無謀にも――――え? ギャアアアアいでええええええ! 俺の手首があああああーーーーっ!」


 拳の当たった僕の頬は何も変わりはない。はあ、と息をついて僕は席を立ち上がった。


「デ、デカい……!?」


 ヘザーの配下達がこっちを見上げ予想よりもあったんだろう僕の身長に息を呑んで後ずさる。


「いい大人達が、見当違いにも人様に迷惑をかけたら、その時まずは何て言うべきだと思いますかね?」


 バキベキと戦闘のウォーミングアップのように手指の骨を鳴らしながら敢えてヘザーを真似て笑んでみた。一歩また一歩と近付いていく僕、エルレイン・ボールドウィン。十四歳。アラサー大マッチョにしか見えない男。


「「「ごめんなさいですうううーっ!」」」


 追手達は無様に悲鳴を上げると、負傷したリーダーを担いで泡を食ったように逃げ出していった。

 ふう、と一息ついてストンと椅子に腰を下ろした僕は、まだ殴られた僕を心配そうにしている祖父母ににっかと笑みを向けた。


「大丈夫だよ。むしろ垢擦りになったかなー。ホントは全員一発ずつぶっ飛ばしても良かったけど、まああれでも効果はあったよね。これで当分は穏やかに過ごせるんじゃない?」


 僕は彼らの探す件の王子。

 いつかはその秘密がバレる時が来るかもしれない。

 いや、必ず来る。

 呪いが解け、僕が本当の僕である事を旗頭に掲げる日がきっとくる。……まあ、呪いが解けなくてもその時はその時だ。


 だがしかーし、現状はアラサー大男!


 まだ成長途中の少年にはとてもじゃないけど、見、え、な、い!


 誰がこの僕の素性に疑いを持つって言うんだろう。


 まあでも、そこまでして僕を捜し出して消したい誰がいるなんてさ、正直予想外だった。どこかで死んでいるかもしれないのにさ。生きていると仮定して捜し続けるのは異常なまでの執念だ。

 そこまでして権力の安泰を感じたいんだろうか。


 ――僕の実の叔父は。


 時に魔物よりも余程悪辣な存在、それが人間だ。

 僕が生まれて間もなく起こった反逆のせいで王宮は戦場となり、当時王太子だった僕の父親付きの騎士団長だった祖父は僕を護るために王宮から連れ出してそのまま祖母と共に国を出た。

 後に敗れた父親はその地位を剥奪され処刑されたという。美しかったという僕の母親は行方知れず。人知れず地下牢に囚われているとか、密かに国外に逃げおおせたなんて噂はあれど、所詮は噂だ。真実は今のところわからない。


 叔父の脅威となるのは前王太子の息子。つまりは僕だ。


 生まれて間もなくても王位継承順位は叔父よりも高かった。王宮から姿を消しても、目の上のたんこぶには変わりない。


 だから王家の血筋だともろバレな銀髪に紫瞳は隠さないといけなかった。


 今は僕の実の祖父たる現国王を病気を理由に幽閉し、国王代理として権力を思いのままに振るっている王太子の叔父。


 僕は彼を断罪し、リベンジする。


 だからいつか絶対国に戻るって決めた。まさに今日ね。


 呪い時の強さで単身乗り込んで叔父を蹴り飛ばしてやるのも不可能じゃあないけど、それだと叔父に迎合して甘い汁を吸っている一部の悪徳貴族達が納得しない。反旗を翻されて内乱の危機にも繋がりかねない。


 僕が目指すのは、悪徳貴族達には灸を添えてやって、権力には権力で歯止めをかけるって展開だ。


 そのためにこれから先、国外そして国内に沢山の味方を作って、叔父には王宮を明け渡してもらおうと思っている。それまでは行方知れずの王子だとバレて連れ戻されるわけにはいかない。


 よって、追手や刺客が来たら無難に誤魔化して、時にはけしからん事すなーってゲンコツもしてやろう。ヘザーにしてやったみたいにさ。


 この夜、僕達を売った宿の主人には情けをかけてやって、二度としない旨と、そして逆にこっちに有益な情報を提供してもらうようにも話をつけた。ボコられると思って恐々としていた主人は僕を見上げながら「あなたはゴリラ神ですかっ!」て泣いて喜んだっけ。あはは殴れば良かったね。





 穏やかさの戻った後日、僕はようやく順番の回ってきたヒーラー仕事へと出向いた。

 不幸にも、僕の番まで屋敷の奥様は誰にも治せていない。少しも良くなっていないのは、些か不自然だった。

 治癒術士達も医者も首を傾げるばかりだそう。


「僕より余程ベテランのヒーラー達でもできなかった治癒ですし、正直自信はないですが、精一杯やってみます」


 執事のダンさんはにこりと微笑んで僕を奥様の寝室まで案内してくれた。そこには彼女の家族達が集っていた。

 皆心労の色が濃い。

 この奥様は家族皆から愛されている人なんだなあ、と心が温かくなった反面、目覚めなければ食事も摂れず、魔法である程度は体内機能を正常に維持できるとは言えそれだって永久じゃない。体力は落ちていくばかり。日に日に弱っていく様を見ている彼らを思うと心が痛くなった。


 同情、共感、そこら辺の何かだろうけど明確に何かとは判別できない感情が胸を占めている。ただ強く、彼女が一日も早く目覚め、弱った体が良くなるようにと願った。


 家族からはまた使えない者が来た……ではなくて、部屋に入った当初はこの見た目にギョッとはされたけど、総じて今度こそ頼みますとの純粋で真摯な期待の眼差しを送られた。


 普通なら五十八人目になんて疲弊して負の感情だって湧くだろうに、その家族はただひたすらに美しく願う人達だった。稀有という言葉が脳裏を過ぎった。僕の祖国にこういう人達が多かったなら、反逆なんて起こらなかったかもしれない。


 奥様のベッドのすぐ傍まで寄った僕は息を吸い込んで吐き出した。


 僕の目には、奥様の周りにだけ黒いもやが見える。


 ダンさんも、他の誰もそれには言及していない。見えているのが当たり前で最早いちいち説明するまでもないと思っているとか? とは言え、ここまできてつべこべ考えているよりは動くべきだと気を取り直した。


「――【治癒ヒール】」


 僕は僕の中の全力で治癒魔法を発動した。余力を残して後悔はしたくなかった。

 光が奥様の体と僕の体を取り巻いた。


 この時になって初めて僕は祖父母にしつこく言われていたフードを目深に被るってのを失念していたのに気付いた。


 しかしまあ今更だし、自己責任でもうそのままにして奥様に全集中。

 すると、彼女の周囲の黒いもやが変化して突然鎖の形を取った。


「何これ!?」


 そう叫んだのは家族の誰かだろう。僕も全く同じ言葉を内心で叫んでいたけどね。

 今度は僕だけじゃなく皆の目にも見えているらしい。しかし鎖に実体はなさそうだった。しかも頑丈そうな錠前まで絡まっていて、僕の治癒の光は鍵の形を取ると見事に解錠した。

 刹那、鎖が弾け飛んで消えた。

 あたかも繋がれていた囚人が解放されたように。


「これは、まさか、奥様の昏睡はご病気ではなく、何らかの呪いだったのではないでしょうか?」


 ダンさんの言葉に家族は戸惑いを隠せない。彼女に呪われる理由が見当たらないかららしい。


 でも、呪い?


「じゃあ、あの黒い靄は呪いだった……?」

「何ですって? 黒い靄と言いましたかボールドウィン君!?」

「え? あ、はい。奥様を覆っていました。今はもう見えないですけども」

「何と……!」


 ダンさんは大いに驚いて僕を見つめてくる。


「ボールドウィン君、君は……」

「あのー、あの靄は皆さんにも見えていたんですよね?」


 ダンさんはふるふると首を横に振った。


「通常、呪いは靄などの形を取り、それも解呪術者にしか見えないとされています。解呪の際にだけは他の者にも見える形になるそうですが、その通りでしたね」

「え、じゃあ」

「おそらく、いえ、確実に奥様には呪いが掛けられていたのだと思います。ボールドウィン君、念のため確認しますが、もう靄も何も見えないのですよね?」

「はい」

「ではもう奥様の呪いは解けたと思われます」


 なら、僕の魔法が解いた?


 もしも真実呪いなら、僕は解呪の魔法を使った事になる。


 僕は治癒だけじゃなくて、解呪もできる?


 解呪魔法。


 治癒魔法も重宝される才能だけど、もっと輪をかけて才能に左右される能力、それが解呪魔法だ。


 僕自身もまだ実感が湧かずやや呆然としていると、奥様のまつげの先が微かに動いた。


 奥様、お母様、ハニーと集った家族や使用人達が口々に叫んだ。

 疑問はあるけど、とにかく、ようやく目覚めた奥様に寝室内は歓喜に沸いたよね。


 後で落ち着いてから奥様に話を聞いたところによると、彼女は古い魔法の書物だろう物を開いてしまったらしい。


 家族が執事であり魔法使いでもあるダンさんに言って慎重にその本を調べさせたところ、運悪くそれは呪いの本だったと判明した。


 魔法に耐性のない人間が触れてはならない系列の本だったようで、屋敷の書庫奥にずっと仕舞われて忘れられていたものをたまたま読書好きの奥様が見つけて開いてしまったという次第だったそうだ。ダンさんからそう教えてもらった。


 そんな、実は魔法使いだったんですねーなダンさんによれば、何と僕は本当にレアな解呪魔法使い、解呪術士でもあったらしい。


 解呪はいつでも必要な能力じゃないけど、呪いはどこかに必ず存在し、解けるのを待ちわびる誰かがいる。


 解呪能力者は絶対数が少ないのもあって引く手数多と言われる。


 そうか、治癒魔法使用時に元の姿に戻るのはその影響か。治癒魔法と同時に無意識に解呪魔法も使っていて、だけど対象が僕自身にじゃないから一時的に呪いが解けるだけだった。


 わかってみれば簡単な種明かし。


 いつでも僕は自らの意思でこのマッチョの呪いを解けるんだってわかった。


 祖父母にもそれを報告したよ。三人で話し合って、なら、まだ解かないでおこう、と決まった。

 この姿はこの先の道筋に必要だからと。


 無難にかの王国の王都まで辿り着くためにもね。


 祖父母も僕の決心には賛成だ。

 むしろ僕を連れての旅の間、二人は僕の将来のためにと味方となる人脈作りをしてきたんだって。

 うああ二人には一生頭が上がらない。


 余談だけど、奥様のご家族、この地域一帯を治める大貴族ダルメイン家からは多大な感謝と、そして何事かあればその時は必ず力になってくれるとの確約を得た。


 これが僕の第一歩。


 そことは別に、そこの家の子供達、七歳と九歳の息子と娘の二人とも仲良くなって「僕エルお兄ちゃんの舎弟になるよ! だってエルお兄ちゃんは大きくても小さくてもめっちゃクールだから舎弟になるの自慢になるもん!」なんて弟君の方からは言われた。妹ちゃんの方からは「わたくしエルお兄さまのお嫁さんになります!」と言われた。


 いやいやいや舎弟とかお嫁さんってご両親に聞かれたら怖いから止めてねそれはね。折角の味方が敵になりかねないよ。


 旅の足しにと報酬も上乗せでたっぷりもらいもしたよ。

 改めて祖父母と共に屋敷へは出立の挨拶をしに行って、僕はダンさんにも丁寧に頭を下げた。


「ほっほっ、将来は私がボールドウィン君にこうべを垂れなければならないでしょうに。ご丁寧にどうもありがとう」

「ええと、あはは……」


 ダンさんは僕の秘密の決意を察していて、しかも僕の目的が成功するのを信じてくれている。

 うん、力を付けてそれが実現する日を共に見届けてもらいたい。

 祖父母には一番にそれを見せたい。

 でも、だからこそ、悠長にはしていられない。時は限られている。

 十五年、いや十年以内にはやり遂げたい。


「皆さん、それじゃあいつかまた、必ず!」


 来る日にはその力が僕の復讐の土台の一部となるだろう。

 見送ってくれる屋敷の一同へと僕達三人で何度も何度も手を振り返した。

 さあ、次の行き先でも打算と偶然をこの手に、良き出会いを見つけよう。


 狡猾にも故国の高みで踏ん反り返る実の叔父。


 さあ、腐った王宮で弛んだその首を、精々綺麗に洗って待ってなよ? アラサーマッチョな僕が甥を名乗ったら果たしてどんな顔をするのか見物だね。


 国を救いたいと願うのは継ぐはずだった国だからってわけじゃない。祖父母が僕のために人生を懸けてくれたから、僕も二人が尽くしてくれた祖国のため、できる限りの事をしたい。それが私的なリベンジだと言われるのなら別にそれでも構わない。僕だって人の子として全くそのつもりがないなんて偽善を言うつもりはないからね。


 さてさて、とにかくまあ、ここからが僕のスタートだ。 

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