転生モブがモブを助けて救う世界

 ここは王都に続く馬車道。

 現在はフクロウの目がギンギンな夜中だ。

 半日や一日掛かったりするような長い距離ではないが両脇がずっと森に囲まれている真っ暗なその土の道を、豪商の所有する一台の馬車が走っている。

 その豪商は遠路遥々出向いた商談から王都に戻る途中で、遠路というわけで念のために引き連れてきた護衛に馬車の前後を護らせてもいた。


 大きくて見た目がごてごてした馬車には持ち主の豪商その人と、庶民の赤毛の少年が乗っていて、向かい合って座っている。


 豪商の方には荷物はほとんどないが、少年の方には多少あった。


 少年が体の脇に置く布袋の微かに開いた口からは色鮮やかな多数の石が覗いていて、豪商はそれをチラリチラリと盗み見てはにんまりとするのを隠せなかった。


 宝石だ。


 しかも市場では滅多に出回らない特別な客だけが紹介されるような極上の。


 だから豪商は普段ならたとえ死にそうでも絶対に乗せたりしない庶民の子供を乗せたのだ。どこで手に入れたのかを聞き出し、あまつさえ言葉巧みに言いくるめて宝石を奪おうと考えているのだ。そうできなければ腕力で。

 外には護衛達もいるし、まだ十歳やそこらの体の細い少年相手に引けを取るはずがないと思っているのは明白だった。

 この初老の豪商の男は悪辣で、陰では相手から騙し取るなどの悪事に手を染めてもいる。


「いやー、本当に助かりました。荷は重いし時間も遅いし、このまま誰も通りかからなかったらどうしようって絶望していた所での満を持しての救世主の登場で、一瞬神様かと思いましたよ。ああいえセガールさんは商売の神か」


 豪商の黒い思惑など知らないかのように人懐こくも少年が笑顔で感謝を表すると、豪商は満更でもなさそうに自身の三重顎を擦った。詳しく言えば顎はあっても首がないふくよか過ぎる御仁だ。


「いやいや大袈裟だよ。私はただ困った者を助けよという教会の教えに従っただけさ」

「あははーさすがは大商会の社長さんですね! 社長さんのそのビールっ腹も困ったものですよね、あはははー!」

「うん? え?」

「脱帽してカツラまで一緒に取っちゃうレベルで社長さんは素晴らしい太っ腹ですよ~、百グラム五万円ああいや五万ファンタジはする肉質ですって、あははははー!」

「そ、そうか? ふむうむ、そうだな、あはははは」

「あははははははー!」

「あははははははは!」


 真っ暗な道を進む馬車の中から場違いな程のバカ笑いが上がっている。


「……やれやれ。旦那様達は一体何を話しているのやら」


 馬車を繰る御者が呆れたように呟いた、その刹那。

 暗闇から飛んできた矢が馬車を牽引していた二頭の馬に刺さった。

 悲鳴の嘶きを上げて暴れたせいで馬車が大きく揺れて傾いた。


「だだだ旦那様っ襲撃です!」


 車内から豪商の悲鳴が上がり、御者の男性も悲鳴を上げて馬車が横倒しになる前にどうにかこうにか操車席から飛び降りて地面を転がった。転がる事で身体に掛かる無駄な力を受け流し受け身にもなったのは運が良かった。

 彼が起き上がって主人を案じる暇もなく、複数の足音と共に大勢の覆面の人間が馬車を取り囲んだ。


「護衛達は何をやっているんだっ!?」

「とっくに眠ってもらったぜ」

「そんな……あ、あんたら山賊か!?」

「いいや、義賊だよ」


 御者が切羽詰まった声を上げれば、覆面の者達のうちの一人が答えた。体格と声からして男だ。


「義賊……? 義賊ううう!?」

「お宅の社長は目に余るんだよ。意味はわかるだろ?」


 仰天する相手を揶揄するように覆面男は鼻で嗤った。


「お、私達を殺すつもりなのか?」


 覆面男はまた笑声を立てる。今度はさも可笑しいかのように快活に。


「手を見てみろって。武器があるか? 大体、あんな豚の捕縛は素手で十分だろ」

「へ?」


 言われるがまま彼が覆面達を見回せば、誰一人武器を手にしていない。矢を飛ばしておいて一体全体どういう事なのかと彼は混乱したが、今しがた負傷したはずの馬達は既に大人しくなっており、馬車の綱から解放されて覆面一味の手から餌をもらってさえいる。もう矢もなく血も見えない。きっと治癒魔法だろう。


「な、何が起きて……? あんたらの目的は何なんだ?」


 馬車の中からは少なくとも生存しているらしい豪商の早く助けろという喚き声が聞こえてくる。

 覆面の男は車体を一瞥すると松明の下で見えている茶色い両目を細めた。


「御者のおっちゃん、オレ達はお宅を救いにきたんだよ」

「はい?」


 全く意図が掴めず困惑するしかない御者は、横倒しになった馬車の扉が開いたのに気付いた。最初に出てきたのは赤毛の少年で、豪商がこの道の途中で立ち往生していた彼を拾って乗り合いにしたという経緯があるのを当然御者も知っている。

 御者にも豪商の目的は高が知れていて、本当なら乗る前に逃げろと言いたかった。言うまでもなくたった今だって言えない。この状況が果たして少年に吉と出るか凶と出るかはわからないのだ。何しろ彼は宝石を持っている。強奪者が豪商から単に別の悪人へと移るだけかもしれなかった。

 せめて彼の命だけは助かってほしいと御者は願った。

 ただ、その願いも覆面男の次の言葉で疑問に変わった。


「あの坊主の頼みでな。あいつがどうしてもって頼むから武力は極力抑えたんだぜ? 護衛の一部の奴を買収もした。でなきゃお宅の胸には矢が突き立っていただろうな」

「へ、彼が私を助けろと? 何故に?」

「さあな。そこは俺も知らねえ。企業秘密らしい。あーもしやお宅の隠し子か?」

「いや、それはない」

「ふーん?」


 覆面男は事の真偽はどうでも良かったのか会話を切って少年の方を眺めた。

 御者もゆっくりと少年が出てくる様をどこか不思議な心地で眺めた。

 十歳を少し超えているだろう少年は怪我一つないようでホッとする。御者にも子供がいて少年よりは五歳やそこらは上だが、やはり子供が怪我をするのを見たくはなかったからだ。


 しかし御者は怪訝にする。続いて出てくるかと思った豪商が出てこない。


 まさか怪我をしたのかと慌てた直後、何と馬車を覗き込んで中へと手を伸ばした少年が豪商の首根っこをむんずと掴んで引っ張り上げた。


 信じられなかった。豪商は子供一人が片手で吊り上げられるような体格をしていない。

 少年から軽い積み荷でも放るように手を離されて豪商は地面に強かに尻を打ったようだった。覆面男が揶揄と称賛を込めた口笛を吹いた。


「あいたたた、何をしている早く私を助けろ!」


 状況をまだ理解していないのか煩く吠えている豪商の顔を近付いた覆面男が踏みつけにする。


「うぐ……っ」

「うるせっつの。そんじゃーこいつ回収してくから。野郎共、てっしゅ~」

「そそそその声は! 貴様よくも父親にこんな真似を……っ!」

「だからうるせえって!」

「んむぐーっ!」


 今度は猿轡を噛まされぐるぐると体を縄で巻かれた。

 手際の良い覆面男が再度撤収合図を出すと一味は風のように颯爽といなくなった。

 無論豪商を連れて。


「え? は? ちょ? 旦那様あああー!?」


 追うべきか否かあたふたする御者ははっと少年の存在を思い出す。


「ああ君大丈夫だったか?」

「はい。ご心配なく。それから、もう違法な借金でジジイの御者を続ける必要はなくなったので安心して下さい」

「借金って、どうして知って……君は何者だい?」


 少年はそれには答えず出会った時から持っていた布の袋を御者に渡してきた。


「こ、これは?」

「倅さんの学費にでもして下さい。彼はきっとナイフ系を扱わせたら一流の使い手になると思いますよ。誠実をモットーに彼の希望に沿わせてやって下さい」

「え? 息子が軍学校に入りたいのまで知っているのか君は? 本当に何者なんだい?」


 驚きと微かな畏怖を目に浮かべる御者へ少年は答えなかった。変わりのように馬の手綱を差し出してくる。


「王都まではこの馬を使って下さい。馬車の処理はさっきの彼らがやってくれると思いますし、おじさんは家に帰って大丈夫ですよ。それじゃあ道中気を付けてー」


 少年は二頭いたうちの一頭の手綱を戸惑う御者の手に押し付けるように握らせるや手元に残った方の馬に乗って去っていく。

 一人残された御者はしばらくポカンとしていたが、少年から渡された袋を手にいそいそと立ち上がると馬を繰って自宅へと帰ったのだった。





 これは端的に言って異世界転生だ。


 異世界と言っても、小説の中の世界への。


 俺がまさに自分がそれだと気付いたのはそんなに前じゃない。生まれた時からわかっているなんて小説もあるけど、俺の場合はこの世界で生まれ変わったのも何も知らずに十年程過ごした後だった。

 その時は唐突で、家でうたた寝していて頬杖がずれてガクッとなった時だった。

 前代未聞にカッコ良くない覚醒だった。

 けどそれも仕方がないって納得している。


 自分は小説の主人公……と同じ王都に暮らすモブキャラに転生したんだから。


 小説のストーリーは、大昔の人と魔物の約定を破って人間の土地を侵犯していた悪竜によって数多の都市が壊滅し王都に魔の手が迫った時、勇者の力に目覚めた主人公が土壇場で王都を救うって話だ。しかも王道にヒロインは王女様。

 しかし、その辺りはまだ物語の序盤の序盤で、王都救済の後に主人公は悪竜の巣に攻め入って人間を脅かさないように誓わせる。まあ要は舎弟にするんだけど、それで話は終わらない。

 悪竜よりも更に地位の上の魔物、魔王の軍勢が仲間をほだしやがってと逆ギレして人間のとこに攻めてくる。悪竜と主人公どっちに理があるのかなんてすぐにわかると思うけど、理不尽をやらかす辺りさすがは魔王達だよな。勿論主人公は仲間と力を合わせてこれを撃退、勝利する。

 そうして再び人間世界に平和が訪れ主人公は王女様と心を伝え合って爽やかな冒険ファンタジーの幕引きがなされるって展開だ。


 俺は小学生の頃、この小説がめちゃくちゃ好きだった。


 ファンブックの中の本文にはない設定まで何度も何度も読み返すくらいに。


 けど年齢が上がるにつれて本棚の奥に追いやられていった。捨てたり古本屋に売ったりしなかったのは、やっぱりそこは思い入れがあったからだと思う。


 異世界転生した俺だけど、前世は普通に米寿まで生きた。


 だから結構この小説の細かな部分を忘れている。でも内容の一部は子供の頃の読書の賜物か長期記憶になっていて、大筋や主人公達の名前や世界観も覚えていた。感謝だよ。


 で、俺はこの世界でのモブになった。


 名前があるモブだったのは幸いだ。この後自分の身に何が起きるのか知れたんだから。


 俺は主人公の幼馴染みで、――死ぬ。


 悪竜が王都に迫るのは主人公が十八歳になった頃だけど、もっと前から暗躍していた悪竜に殺される。


 主人公が十二歳の時だ。


 俺と主人公の歳は同じで、現在の俺は十一歳。


 小説通りに悪竜との邂逅があるのならもうすぐだ。


 俺の死後、俺のこの世界での家族も悪竜のせいで死ぬ。他にも大勢犠牲になって、主人公は友人知人をもう失いたくないって強い思いから勇者として覚醒するんだけど、ははっ冗談でしょ。


 誰がもう死ぬかってんだ。


 家族も死なせるかってんだ。


 だからもしかしたらこの先勇者は誕生しないかもしれない。まあするかもしれないけど、そこは知らない。

 元の小説の俺は死んで、でも誰も目撃者のいない森の中で襲われて、その死体は悪竜の巣に持ち帰られた。だから厳密には行方不明だったんだけど、後々死んだってわかった。

 何でって?


 俺の体には何と類い稀な魔力が眠っていて、死体は腐らず悪竜達の魔力供給源になっていたのですー。


 エグい話だけど、主人公が巣を攻めた際に発覚した。

 俺達は実は喧嘩別れしていたから、それがずっと心のしこりだった主人公は泣いた。まっ、王女様にここぞとばかりに慰められてたけどー。読者だった頃は妙にドキドキしたっけ。大人なエロい描写はなかったけど、醸す雰囲気が絶妙だったんだよな。

 主人公とは俺も仲直りのためのキノコを探して森に入っていたから互いの気持ちはもう修復されていた。まあ何でキノコだよって突っ込みはなしで。その頃の王都の少年達の間でレアキノコ収集が密かなブームだったんだから仕方がない。


 俺は死んだけど、五年も六年も悪竜に魔力供給ができるような膨大な魔力の持ち主だった。


 悪竜からするとどんなに疲れて帰っても全回復ポーションが家にあるようなものだ。

 ああ因みに魔力持ちの人間の体をバリバリ食べてもそのままの魔力は得られない。電気に適切な回路や数字に順があるように、魔力の存在が保たれているのも俺としての肉体組織が適切に並んでいて魔力の筋道があるからこそ、真価を発揮する。故に俺の死体はまんま残されていたってわけ。そのままじゃないと利用できないから。

 とにかく元の俺はそんなすげえ力があるって知らなかった。生きていたら大魔法使いも目じゃなかった。


 今の俺は全部知っている。


 幸運にも十歳で状況を把握できた。

 魔法の覚醒とか使い方を読者として既に学んでいた。


 だからこそ、今度は死なない。


 更には十歳までモブとして過ごした記憶や情も持っている。


 だからこそ、今度は辛い思いなんてさせない。怖い思いなんてさせない。

 架空の世界でも今の俺にとってはどこまでも本物で、主人公は大事な幼馴染みなんだ。家族は本当の家族なんだ。

 そんな決意をして今に至る。

 自在な魔法力はチートも然り。俺に女神様はいないけど。

 ここでも米寿まで生きてやる。

 欲張りにも大事なものを全部護りたいって思う。


 だから、行動する。


 で、覚醒してからこっち、小説のように悲惨な状況にならないようにするためにはって冷静な頭で思考したら展開が俯瞰できた。

 悪竜は一方的に不可侵の約定を反故にして王都近隣をも徹底的に破壊した。


 けどこの世界のこの王国にはそんな万一の際の魔物への防衛力があったはずだ。


 主に王国軍人からなる討伐軍が。

 ファンブックによる設定を手繰り寄せると、設定上は悪竜は元より魔王軍とさえも一時的に拮抗し得る戦力を有するとされていた。ただ本質的には無理だから勇者が必要ってわけ。


 仮に悪竜全体の戦力を一とすれば、魔王軍の戦力は百だ。


 なのに主人公が覚醒するまで防衛軍は悪竜にさえ辛酸を嘗めた。


 どうしてちゃんと機能しなかった?


 設定通りだったなら無駄に皆も死ななかったはずだ。まあ勇者の物語が始まらなくなるからって言ってしまえばそれまでだけど、俺は防衛機関に問題があったんじゃないかって考えた。


 そこで思い出したのは、確かに近隣の防衛力を下げたろう出来事だ。


 俺が殺される少し前から、王都やその近隣では連続殺人が起きていて軍人も何人か殺されていた。


 死んだ軍人達は偶然か必然か魔物からの都市防衛に関しての専門家だった。彼らが生きていたら救われた命もあったに違いない。

 人生を逆行したも同然だからその犠牲者達はまだ健在なはず。


 つまり、救える。間に合うんだ。


 この連続殺人も、本文ではちょっとだけ王都の不穏な雰囲気を伝えるために描写されていた程度だったけど、ファンブックは違う。背景まで書かれていた。勿論犯人も。

 読者としての記憶を手繰っていくと、動機には不幸な発端があったんだよな。

 商人が山賊や荒くれ者に襲われて殺されたり金品を奪われたりするって話は珍しくない。あとは商売上恨みを買って襲われるとかも。


 その際によく一緒にいた人間が命を落としたりする。


 邪魔だからとか見られたから口封じにってやつだ。


 彼らは皆、俺と同じかそれ以上に、――モブ。


 ホントにさー、とんだとばっちりで死ぬ身にもなれってんだよなあ。しかも映画やドラマだとワンカットとかピントのボケた遠い画面で死んでるのと同じ。マジでやり切れないだろ。

 彼らにとって死ぬのは現実でしかなくてモブだとかどうとか関係ない。

 そういう人達にだって家族はいて帰りを待っている。

 尊い一人の人間で、簡単にサクッと人生強制終了させられていいわけがない。


 そして、連続殺人の犯人は、そんな不幸にして命を落としたモブキャラの身内だった。


 あの御者、彼の息子だった。


 彼は豪商のジジイに借金をしていて、しかもそれは違法な金利のせいだったけどそこを突ける知識がなかったからいいようにコキ使われていた。ほぼ無報酬で御者をさせられていて、業突く張りのジジイの身辺のとばっちりで殺された。

 息子は一人親だった父親の死を酷く悲しんで嘆いて、大怪我をしたけど贅肉のおかけで生きていた豪商にせめて葬儀だけでもちゃんとしたいから葬儀代を立て替えてほしいって店まで行って訴えた。でもそこはケチな豪商だ、あっさり却下されて店の外に放り出されて豪商が差し向けた柄の悪い男達にタコ殴りされた。それだけだったなら連続殺人なんてする程に人格を崩壊させなかったんじゃないかって俺は思う。でも豪商は御者を役に立たない愚かな小者扱いして死んで当然みたいな言い方までした。怒りと絶望に精神を苛まれた息子はとうとう自暴自棄になって裏社会で荒んだ生活を送るようになる。ナイフ使いとして身を立ててもいく。

 そして、豪商に恨みを募らせた。いつか必ず殺してやるってな。


 一方、ここでやっと都市防衛との関わりが出てくる。


 何故なら豪商が取り扱っていたのが魔物撃退用のアイテムで、主な取引に関わっていたのが都市防衛に有用な一家言を持つ王国軍人達だった。


 取引先が王国軍だなんてそりゃ儲かるだろ。


 儲けはともかく、彼らも敵と見なされターゲットになった。


 だからこそ、近い将来の惨劇を防ぎ更なる悪夢を招かないためにも、俺は御者が殺される前に助ける必要があったんだ。


 馬車に乗ったのは襲撃事件の正確な時刻がわからなかったからだ。ファンブックには襲撃日と大雑把にも深夜発生としか記されていなかった。

 あと、馬車の襲撃者には御者を殺すなって釘を刺した。


 小説中で御者を害した襲撃者は何と豪商の婚外子の男なんだよな。


 馬車を取り囲んだのも彼を中心に結成されていたならず者達だ。捨て置かれてストリートで育った彼もまた実の父親の豪商に恨みを抱いていたんだよ。苦労した母親が早くに病気で他界した点も憎むには十分だった。


 だから、襲撃計画を知る俺は前以てアジトに乗り込んで話をつけた。


 豪商を捕まえて身柄をどうするかは自由だけど、どうすれば商会を乗っ取れるかって策を授けてな。御者に義賊って名乗ったのはその策の一環なんだ。

 豪商の悪事を暴いたあとあと、その名称が効いてくるだろう。

 血は水よりも濃いのか、豪商同様に大勢の仲間を率いていた彼にも商才があるようだし、心配はしていない。


 俺みたいな子供の頼みを聞いてくれたのは、俺がちょこっと魔法を見せて驚かせたからだろうな。脅かしたとも言うけど。


 あ、付け足しておけば、馬の矢傷の治癒は俺がやったし、持っていた宝石はこっそり悪竜の巣に行って頂戴してきた。本筋じゃこっちは命を取られたってのに我ながら可愛い仕返しだよ。

 少しずつ俺が討伐すれば良いような気もするけど、巣の中には外の世界を知らない個体もいるからやめておいた。そもそも俺にしたような殺人だとか決定的な悪事を働いた奴とそうでない奴の区別が現段階ではできないし、まだそいつがやってもない先々の罪を断罪するのは後味が悪い。こっちから刺激してやる事もない。

 これで魔物討伐の重要な人員は殺されず、魔物に対する都市防衛力は少なくとも悪竜なんぞには負けない水準を維持できるだろう。それで十分だよな。


 一つ原因を取り除けて王都の未来が一段明るくなった気がする。


 窓から見えるうちの小さな庭だってほら、何だか光が増した。ってああ何だ雲間から太陽が出てきたからか。


 今は一晩明けて朝御飯を食べて腹休めを終えた頃合いだ。


 家族の誰も俺の深夜の外出には気付いていない。当然だ。音もなく魔法で空間移動したんだから。

 本当は悠長に朝御飯を食べてのんびりしている気分じゃない。しかしだ、家族から不審に思われないようにするにはこんな時間も必要なんだよ。


 頭の中には他にもまだ後々の悲劇に影響するだろうって気になるモブ達の出来事がある。


 少しでも早くそこも手を打ちたい。助けないといけない。


 本文の陰で人知れず不幸になったモブキャラ達の存在を思う度、バタフライ効果って言葉をよくよく実感できるよ。


 彼らの命の羽ばたきが大きな不可避の波になった。


 うーん。次は誰の件を優先しようか……。


「ラッセルー、キノコ採りに行こうよー!」


 外から主人公の声がする。

 あいつはホントいつでも元気の塊だよな。


「あの、ラッセル君、今の声誰?」

「うん? あー俺の親友。レイって言って良い奴だよ。今度紹介するな」

「う、うん」


 部屋の中、俺の腰かけていた席の向かいに太った少女がいる。俺と違って食べるのがすごーくゆっくりだからまだ御飯中だ。


 彼女はイリーナ。


 偶然にも超絶美少女ヒロインとして知られる王女様と同じ名前だ。


 まー王女様とは全然関係ないんだろうけど。

 同様にこのぽっちゃりちゃんと俺にも関係はない。血縁でも何でもない子だけどうちにいる。何でかって?


 何かさあ、数日前に迷子になってて野犬に怯えていたのを見かねて助けたんだけど、彼女自分の名前以外は忘れたらしくて放り出せなかった。


 仕方なく連れ帰ってきたんだよなあ。


 まあでも、彼女の記憶喪失が嘘なのはわかっている。


 可哀想なくらい嘘をつくのが苦手な性格なんだろうな。記憶喪失ですって下りじゃ思い切り目が泳いでいたしそわそわしていたっけ。

 きっと余程家に帰りたくない事情があるんだろう。俺も忙しいし、今はまだ詮索しないでおくよ。これも俺なりの思いやりだ。


「ラッセルってば聞こえてるーーーー!?」

「ハイハイ今行くっつーの! それじゃーな、ゆっくり食べるんだぞイリーナ」

「あ、う、うん」


 遊ぶ約束をしておいて返事をしないでいたせいか外の声がやや苛立ったように大きくなった。同じような調子で返してやって椅子から尻を上げる。

 イリーナは俺と目が合うと慌てて顔を伏せた。ははっシャイだなシャイ。時々何か言いたい事があると、じーっと穴が開きそうなくらい遠慮なく人を見つめてくる主人公とは真逆だよ。


 さってと~、今日も一丁レアキノコで友情を育みますか~。


 それからまた、未来の王都平和のために出かけよう。

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