ループ二度目のシンデレラは人生最後までハッピーでいたい9
話を戻すと、記憶を頼りにこの先の王国に必要な法律の草案などを整え終え、一応は一段落ついたある日、オスカーと手を繋ぐと言うよりは手を引いて導いて王宮のバルコニーに出ていた。青天にそよ風なんていうベストなコンディションの下、並んで立つ。手はそのままに。
「シンデレラ、僕を選んでくれて、逃げても良い時に逃げないでくれて、どうもありがとう」
「あなたのためだけじゃないよ。私自身のためでもあるの」
「ははっ、そうなんだ?」
向こうから握る手に少しだけ力を込めた。それが愛情表現の一つとでも言うように。彼は童話の中の王子様そのものの一途で優しい男に戻って私をずっと愛してくれる。
その眼差しをピタリと正確に私だけに向けてくる。
「ところで君は今日も美しいね」
「あなたのために日々磨いてますから」
魔女の計らいで私の姿だけは見えているし声も聞こえているって不思議な視力と聴力のおかげで、今や彼の世界には事実私しか映らない。
だからこそ、女のプライドに懸けて手を抜けない。
彼は微笑む私へとゆっくりと歩み寄ってきて、蕩けるような表情で見つめてきた。
キスでもせがまれるのかと思っていたら、徐に跪く。
顎を上げて真っ直ぐに私を見上げた。
「シンデレラ、僕の至高の宝石。こんな僕だけど生涯を君に捧げさせてくれ。どこかに連れて行ったりとか思うようにはできないけれど、僕の出来る限りで君の人生を楽しませたい。僕と居て君に幸せだって思ってもらえるように努力させてほしい。シンデレラ、僕の女神の君、――僕と結婚して下さい」
「……ええと正直、宝石とか女神とかそういう臭い台詞は要らないんだけど。シンプルに結婚してくれでいいじゃない。いつもいちいち恥ずかしい台詞は止めてって言ってるでしょ」
「え……ここぞって場面でも駄目だったの? 本当にシンデレラは変わっているよね」
「アハハ」
私が本気で嫌そうにしたのが見えている彼は不満そうにした。
彼は腐っても童話の王子様で、私と違ってずっと王子様でしかなかった人生だろうし、平気で歯の浮くような台詞を口にして恋人を究極に甘やかす。そこには全く羞恥も違和感もないんだろう。
参った……。
酸いも甘いも苦いも絶望も経験してきた私からするとちょっと寒いし痒いし、甘ったるくて鬱陶しい。
「はあ、そんな顔しないでよ。出血大サービスで今だけは好きなだけ甘い言葉を囁いてどうぞ。私の答えなんてもうわかり切ってるでしょ?」
いい雰囲気も甘さもへったくれもない調子の私が促せば、彼はより表情を明るくした。
「そう? ふふっ、じゃあお言葉に甘えて――……」
オスカーはきっと私が照れて天の邪鬼をしていたってわかってたんだよねー。
耳まで砂糖になりそうになりながら乙女心を擽る愛の言葉を散々囁かれた後は、囀る小鳥たちの祝福の中、童話よりも少しだけ歳を取った私――シンデレラと王子の口付けがこの物語の締め括り。
……なーんてのは嘘。
このループシンデレラでだって人生は続いて行くのだ。
時が過ぎ、先代の国王が引退すると正式な書類上は彼が国王になったけど、ふっふっふ実権は私が握ったわ。ああ誤解しないでほしいのは、何かを施策するにも彼の意見や意向は十分考慮に入れたから、皇太后の親政よろしく独裁的に牛耳っていたわけじゃない。
さて一度目で死んだ時より先のこの王国がどうなるのか、そんなのはもう神のみぞ知る、よね。
まあ、ある意味楽しみじゃないの。
だって普通はそうやって人生が続いて行くんだもの。
そうしてまた時が過ぎて、今わの際で私は瞼を下ろした。
ああ、今回は善き人生だった。ただ一つ、結局はオスカーの後遺症は治してあげられなかった。彼が恨みなんて買う前にもっと私が注意して首のネクタイを引っ張ってあげてれば、いやいやこれは手綱を締める的なたとえよたとえ、そう言うプレイとかじゃない。
とにかく端から逃げないで道を誤らないように強く繋ぎとめていれば良かったわ、はふう。まあもう今じゃ本当の本当に後の祭りだけどね。
へへっ、グッバイシンデレラ人生……………………――――ゴーン、ゴーン、と鐘の音が聞こえる。
これは教会の葬祭の鐘じゃない。
あれ、この鐘の音って……?
ハッと目を開けると、煌びやかな舞踏会の光が私の目に飛び込んだ。
眩しさに目を細める私の視界をくるりくるりとダンスをする紳士淑女たちが過ぎて行く中、正面にはよく知る青年がいて……。
え、えっ、えっ!?
ちょっと待って待って、嘘でしょ?
「さあレディ、本番はこれからだよ。――共に最後まで楽しもう」
どうぞ心残りを叶えてってわけじゃないと思うけど、王子は蕩けるような笑みを浮かべた。
ここは一度目のシンデレラ。
「――今、何と言った?」
彼の前に跪き、沈痛な面持ちで深く頭を垂れている白髪の混じったベテラン騎士は主君の求めに応じ、もう一度同じ言葉を繰り返した。かつては森で樵に扮していた経歴の持ち主だ。
「王妃様が刺客に襲われて、お亡くなりに……」
「――ッ、な、何故だ? 馬車は確かに取り換えたはずではないか! それに暗殺計画は実行されなかったのではないのか? 現に取り換えた私の馬車に刺客は来なかっただろう!?」
ガタガタと、体が震える。
騎士が言いにくそうに口を開いた。
「それが……山中に潜んでいた者たちを捕まえ尋問したのですが、偶然にも計画は二つ存在していたようなのです」
「二つ、だと?」
「はい。それぞれ別の集団によるもので、我々の掴んだ王妃様を狙った計画と、そして知りえなかった陛下が標的のものとで」
彼は言葉が出なかった。
自分たちを狙った攻撃はこれまでもあって、その都度駆逐してきた。
今回は王妃の暗殺計画があると知り、それが二人で公務に出掛ける日に実行されるとの情報も掴んでいた。
刺客をおびき寄せて一網打尽にする好機だと、だから直前で密かに馬車を取り換えさせたのだ。王妃の馬車に乗った自分と選りすぐった配下とで刺客を迎え撃つつもりで。
だというのに……全てが裏目に出てしまった。
真実の欠片も知らず、彼は先に王家の別邸のある安全な場所まで辿り着いてしまった。
しかも予定をだいぶ過ぎても王妃の乗った馬車が到着しないのを不審に思い始めていた矢先のこの報せだった。ひたひたと足元から何か得体の知れないものが這い上がって来るようだ。
「……王妃の死は、本当に正確な情報なのか?」
低く、是、と答えが返る。
崖下から引き揚げられ、もうすぐこの場所に無言の到着をするだろうとのことだった。
ここ五年十年と王妃には冷たく当たってきた。全てが上手くいかず鬱憤や屈託を抑えられなかったからだ。王妃を何度も裏切り他の女を抱いた。しかし顔も名前も誰一人覚えてはいない。
彼は震える両手で顔を覆った。
はらはらと涙が零れた。
「王妃よ……シンデレラよ…………許してくれ、愛しい我が妻よ」
自分でも煩わしく思っていると思い込んでいた。
しかしずっとずっと愛していたのだ。その気持ちは自棄の陰に隠れていただけで変わらずあったのだ。
失ってやっと気付いた。
「願わくは、もしも次があるのなら……今度はきっと――」
それを自分は覚えていなくとも、人生の最後まで彼女と共に笑顔でありたい。
絶望の淵で力なく玉座から崩れ落ちる彼の悲しみと涙は、決して誰も知ることのない童話の光の裏にひっそりと溶けて行った。
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