ループ二度目のシンデレラは人生最後までハッピーでいたい8

「それはまた大いに結構だな。……このまま暴君に仕えるとしたら面倒だと思っていたからなあ」

「へ? 仕える……って?」


 後半部分をこそこそと言ったおじさんは、ザザッと音を立てて王子の前に跪いた。


「王子殿下、ご無事で何よりです」


 え……?

 王子は聞こえていないから目立った反応は見せないけど、足元の方に誰かがしゃがんだか何かしたのは察したみたい。


「シンデレラ、今一体何が起きているの?」

「樵のおじさんがあなたの前にこうべを垂れてる」

「樵……ああ、それはきっと森の管理を密かに任せている王宮の騎士だろうね。樵に扮して危険な輩をチェックするように命じてあったから」

「え、潜入捜査ってこと?」

「そこまで厳格じゃあないけれど、大雑把に纏めればその括りに入るかな」

「へえ、そうなんだ。騎士……。ええと、おじさんってそうなの?」


 おじさんは王子の様子に何か不可解なものを感じつつも私に頷いてくれた。


「シンデレラがどこの馬の骨とも知れない男を拾ったのはわかっていたが、それがまさか王子殿下だったとはなあ……早くに気付かなくて申し訳ございません!」

「ええとあのね、落ち着いて聞いてねおじさん。実は彼は襲撃の後遺症で目と耳が駄目になったって言うか……」

「目と耳が? しかしシンデレラと普通に会話していたように見えたが?」

「魔女が特別にかけてくれた魔法で私の声と姿だけは感知できるみたいなんだ。あとは、潰れていた目も外見上は元通りに癒してくれたしね。これでも対価もなしには破格なんだよ」


 そう、普通魔法には対価が要る。

 実はカボチャの馬車もネズミの御者も私のドレスにも、その魔法の一連には魔女が満足するロマンチックな光景――王子とのダンスが対価になっていた。

 魔女は惨めな人間が下剋上して意地悪な人たちをぎゃふんと言わせて栄光やラブを掴むような展開がどうやら好きみたい。魔女にとったらドラマや演劇を観る感覚なんだろう。


「魔女……魔法……なるほどな。確かにそれだけでも僥倖だよ」


 おじさんも魔女や魔法の稀有さを熟知しているみたいだ。理解が早くて良かった。


「では改めて、王宮騎士としてシンデレラには心から感謝する。殿下を救ってくれて本当にどうもありがとう。……たとえどんな人間だろうと、王子殿下は我ら騎士にとっては仕えるべき大事な御方なんだ」


 おじさんはまた台詞の一部をこそこそと言った。オスカーは聞こえていないんだから別にそのままでもいいのに……。


「一度は裏を掻かれてお護り出来なかった分、二度同じ過ちは犯さないと肝に銘じる所存だ」


 彼の言葉に嘘は無いようだった。……無論失礼千万な物言いの方にも。

 ああ、これできっとオスカーは王宮に戻る。

 彼は目と耳が不自由な状態だし、その方がここに居るよりも断然安全だと私は安堵を覚えた。同時に落胆と寂しさも。


 何故ならこれからは簡単に会えなくなる。


「良かったね。王宮から迎えが来るって」


 彼にも今後の流れがわかるように簡潔に状況を伝えると、特に喜ぶ素振りも見せず私を見つめて瞬きを繰り返した。


 すると、突如その目からポロリと涙が転がり出る。


「なな何で泣くの!? やっぱりまだどこか痛いの!?」

「殿下!? 平気ですか!?」

「うん、とても痛いんだ」


 彼は手で胸を押さえた。


「――心が」


 あ、あー……恋愛劇には定番の文言って感じだけど、そっか切実なんだよね!


「シンデレラと離れたくない。君って光のない場所は、僕にとってはもう真の闇なんだよ。君はそれでも王宮で護られて暮らした方が僕には幸せだと思う? そんな風なら死んだ方がマシだよ。僕は君を失いたくない」


 どうかどうか僕を捨てないでって聞こえた。

 どうしてそう思うのよ。


「あなたって相当に馬鹿だよね」

「おっおいおい殿下に馬鹿って!?」

「私はこれからはどうやってあなたに会いに行こうかって算段を付け始めたってのにね」

「……僕に会いに?」

「私が酔狂で告白を受け入れたと思うの?」

「思わない」


 私は即答に満足げな笑みを浮かべた。


「毎晩バルコニーの下に立って、おお、王子よ、どうしてあなたは王子なのって愛を囁こうか? それとも夜空を見上げて月が綺麗ですねって?」

「月……? それは何かのおまじない?」


 ふはっと私はついつい噴き出してしまった。端から通じるとは思ってなかったからいいけどね。


「私はね、何かの折にはあなたとほのぼのとしてどこかのベンチで寄り添って転寝するのが理想なの」


 今度こそはどちらかの人生の最後まで。


「もうね、自分の決め事を色々と妥協しちゃったりねじ伏せちゃうくらいにはあなたを譲れないんだから」


 彼には私の言っていること全部がピンとくるわけではないだろう。

 替えの利かない大きなハートだけはしっかり受け取ったとは思う。


「シンデレラありがとう!」


 少し照れていたら思い余ったオスカーからいきなり抱き締められた。

 ぎゅうっと両腕を背に回されてまた泣かれた。

 彼がもう二度と恋煩いで自棄を起こしたりしないように、ずっとずっと出来る限りで傍に居ようって心から思って私も両腕を回した。


「ほえ? ぼええ~?」


 樵改め騎士のおじさんは、突然のラブシーンに斧を取り落として口をポカンと開けたまましばらく唖然としていたっけ。

 だけど最後には「ハッハッハッハッ」って額を押さえてびっくりするくらいの声量で大笑いすると、魔女がやったみたいにグッジョブって親指を立てて寄越した。


「二人のこと、誠心誠意応援するぜ!」





 即日、オスカーは王宮に戻った。

 私と共に。

 おじさんが呼んだ迎えの騎士たちに、一緒に連れて行くと頑とした態度を貫いてくれたのだ。

 生きていた王子が国民たちから白い目を向けられたのは致し方ないだろう。

 それでもこの国に王子は彼一人しかいなくて、王宮では見えず聞こえずでも彼を支援した。国王夫妻は私の予想通り軟禁されていたらしいけど、とっくに玉座に戻っていて無茶の数々をやらかした息子たるオスカーをしばらく謹慎させた。囚人の鎖に繋がなかったのは、オスカーの後遺症と命までは取ろうとしなかった息子への情けかもしれない。しかも国王は王子が非道を働いた者たちにも既に補償を始めていた。


 その上、何と不思議なことに、ある日気付けば怪我を負った娘たちの足はすっかり元に戻っていたという。


 きっと魔女だ。


 だから彼女は善き魔女って呼ばれているのかもしれない。


 そんな経緯もあって次第に非難の声は薄れて行った。


 一方、王子の命を救った功績もあって私は当面の間は客人として過ごすことになった。

 まあ表向きは賓客扱いだけど、実質は王子の恋人として。

 私は一度目と同じように皆の前で硝子の靴を履いてみせた。

 言うまでもなくピッタリと合ったよ。そうしなくてももうとっくに彼は私を舞踏会の時の娘だと知っていたけど、周囲に認めさせる意味合いもあってそうしたのだ。

 妃教育も受けさせられた。ふっ、むしろその妃を経験していたから楽勝だった。教師たちは皆驚いていたっけね。そもそも私は貴族の令嬢の生まれだもの、ある程度の教養は身に付いていたんだよね。

 そう言えば、実家の財産をごっそり持ち逃げして数年ぶりに王宮に姿を現した私に、継母たちは大層お怒りだったけど、まあ知ったこっちゃない。

 一度実家に戻ったら早速と玄関先で継母と義理の姉二人の三人から寄ってたかられて責められて、


『ごちゃごちゃ五月蠅いよ……足どころか首を落とされたいの?』


 メンチを切った私の剣幕か、それとも私の後ろに見える王宮権力にか、以後は難癖を付けて来なくなった。脅しは本気じゃなかったんだけど、まあ万歳。


 オスカーは王宮で私を妻に望むと公言した。


 童話のように理想の相思相愛かって訊かれると純粋にはそうじゃない。以前の屈託は消えない。

 でも愛情も消えていなかった。だから彼と一緒に居ると決めたんだよね。


 ただ、まだすべき事があって私は結婚を保留したままにした。


 私は何をしたかって?

 一度目の時に経験した国の危機を回避する準備よ。

 かつてのシンデレラ人生の流れと日本での仕事経験やラノベ知識なんかが役に立って、王国の大凶作に対処するために備蓄を大幅に増やすよう提言したんだ。

 未来の結果を言えば、王国は飢饉に陥ったりはしなかった。

 天候は人の力じゃどうにもできないけどまさに備えあれば憂いなしよ。

 あと、それより前から始まる王国経済の悪化は外国との貿易に関係していたから、そこを見直すようにさりげなく助言しておいた。だからこの先莫大な貿易赤字を計上するなんて羽目にもならず、本来起きるはずだった財政難にも陥らないだろう。

 こっちも未来の結果から言えば、功を奏した。

 ふふん、全ては私の手腕ね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る