ループ二度目のシンデレラは人生最後までハッピーでいたい7
私も急いで着替えると、玄関先で待っていてくれた彼の手を引いて歩き出した。
「……私が見えるからって、着替え、覗いてないよね?」
冗談で
「そっそんな不埒な真似できるわけないだろう!」
私は「ある程度歳を重ねたら平気で私の着替え中にも入って来るようになるよ」なんては言わない。
しかもその時は別の女に私の部屋を与えるから部屋を移れって言われたんだった。この目の前のピュアピュア青年があんなのになるなんて信じたくない。
彼は今回もそんな風な男になるんだろうか。
冷たい眼差しを思い出してズキリと胸が痛んだ。
だけど、まだ起きてもいない「過去」に囚われていても時間の無駄だ。
彼の変貌を阻止するために、私は迷わない。
最低な男になんかさせない。
そのためには、私は……。
シンデレラ、とオスカーが呼んだ。
「朝陽が昇ったみたいだね。体がぽかぽかする」
日光の熱は当然感じる彼は両腕を広げて大きく息を吸う。その表情はとても心地良さそうだ。私は彼の姿を見てくすりとした。
「あ、今笑ったね。どうして笑うのさ?」
「あら失礼」
彼は私の声だけ聞こえるみたいだし不用意な発言はしないようにしないと。
「オスカーが日の光の中でキラキラしていてとても綺麗で、チャーミングだったから、ついね?」
「それはシンデレラだよ。君の姿が見えるようになってから僕の目には君が一等星みたいに輝いて見えているからね。女神様ってきっと君のような姿をしているんじゃないかってさえ思う」
「ああまた出た。女神にたとえるとかそういう臭いこと言うのやめてほしいんだけど」
「臭い? そう?」
彼はトボけているわけではなく本気で不思議に感じて首を傾げている。全くもうこれだから天然ものの王子様はいけない。でも以前の私だったら「まあ!」ってトキめいて顔を赤くしていただろうけどね。ああ、一度全く別世界の人生を挟んでいて良かった。
「僕は自分の気持ちを隠しておくことはしたくないよ。その時その時の気持ちをストレートに伝えておきたい。いつまた君が消えてしまうとも知れないから」
オスカーはちょっとだけ悲しそうに口元を笑みに緩めた複雑な表情を作っている。
しかし一度瞬いた次にはもう柔らかな笑みを広げた。
「シンデレラ、僕は君が好きだよ」
木漏れ日の降る中、彼は大真面目な声で宣言すると、次にはカッコを付けたのを照れるようにはにかんだ。
目を奪われた。
ああ、以前の彼だ。
正真正銘の私の王子様。
変わっていない所は全く変わっていないんだって実感した。
大嫌いなのに大好きで、関わりたくないし関わってほしくないのに今はとても目が離せない。
気付けば手を伸ばして頬に触れていた。
「見た目は元通りだけど、本当にもう痛まない?」
「大丈夫」
私の手に安心したように彼が目を閉じる。掌に頬を擦り寄せてきて薄くその目を開いて私を見る。触れているのは私からなのに何だか壁ドンと顎クイされている気分なんですけどー。
しかもやや流し目なのが憎いよね。
童話の王子様特権なのか超絶ハンサムなのも狡い。
「舞踏会の時みたいに着飾っても、今のそのままの君でも、シンデレラはとても美しいね」
ああ、シンデレラ特権で私も普通に考えたら可愛いのか。ずっと自分の顔面偏差値は失念していた。だから樵のおじさんは他の若い樵たちに神経を尖らせていたのかも。
娘と同じ年頃の子が血気盛んな若い衆に手籠にされるのは許せないと男気を出してくれたに違いない。
「時々来てくれていたっていう樵の男性が牽制してくれていたおかげで、今まで大事がなかったって僕は思う。君のような綺麗な若い娘がたったの一人で森の奥に住むなんて、結構無謀だってわかってる? 彼がとても良い人で幸運だったよね」
そこは同感だったから何も言えない。
でも、こうして何事もなく過ごせてしかも神懸かった縁で王子とも暮らして心を動かされたのは、やっぱり童話パワーよね。
見えない引力に引かれ合う私たちがシンデレラと王子だったからこそ他には目が向かなくて、結局は彼に惹かれている。
でもこれは自分の意思なんだって言い切れる。
彼を助けたのも距離を置こうとしていたのに今は触れているのも全部自分の選択の結果だ。最終的にそうなるからこそ私はシンデレラで彼は王子でここがシンデレラの童話の中なのかもしれないけれど……。
何だかちょっと気苦労だけさせられたようで損な気分。
くすくすと小さく笑声を漏らしていると、彼が少し責めるような目になった。
「……どうして笑うの? 僕は真剣に心配して…」
「大丈夫。きっとどんな風な道を辿っても、私があなたの運命なのは覆らないと思う。私は他の誰ともそうならないよ」
「どういう意味?」
「どこまで行ってもあなたは私の男って意味。これからも一緒に暮らそう?」
思わずと言ったように私の手から頬を離して、オスカーは目を丸くした。
私しか実質見えていないその双眸を。
「シンデレラ……」
「うん、昨日の返事。だから私もあなたが――」
私は今度は両手で彼の頬に触れてやってしっかり私だけを見とけって意を込めてやや挑戦的に笑んでやる。
どちらともなく顔を近付けた。
唇が触れそうになった時、
「――シンデレラ?」
どこか呆気に取られた知り合いの声がして、びっくりして振り返ると樵のおじさんが立っている。
「あ、おじさん」
ああ間が悪い、と王子と離れて咳払いしてから改めて挨拶をしようとしたけど、予想に反しておじさんはじっと王子の姿を見つめていた。
もう彼は見た目には包帯を巻いてない。
魔女の魔法で潰された目は元通りに戻っている。健常者としての視力はないけど。
聴覚も戻っていないけど私の声だけは聞こえるから、オスカーも誰か他者がここに現れたのは察したみたい。体を強張らせた。
「その男、いやその方はもしや……?」
今、その方って言い直したよね?
以前におじさんは王子の姿を見た経験があるのかもしれなかった。だから早々に気付いた。
「シンデレラ、どういうことか説明してくれないか?」
樵らしく仕事道具の斧を肩に担いでいるおじさんは、厳しい声と顔付きで私たちの方に近付いてくる。
どうしてそんなに焦ったような憤ったような顔をしているんだろう。
まさか、おじさんは王子を憎んでいて実は暗殺しようとしていた一味の一員だったりする?
話によく出て来ていた彼の娘が本当はこの王子によって手酷い怪我を負わされた娘の一人だったとしたら?
嫌な憶測と考えが思考をぐるぐると回る。
万一そうなら、おじさんはここで彼を殺そうとするのかもしれない。我知らず咽が鳴った。
私の緊張を見て取ったオスカーが庭の向こうに居る誰かが敵かもしれないと察して私の視線の前に出た。
「ちょっとオスカー!」
見えていないのに、最初は恐怖と絶望で消沈して泣いていた男が蛮勇にも程がある。もし武器を振られても避けられないくせにどうして私を護ろうと身を挺するの。
「シンデレラ、やはりその方は王子殿下だな」
神妙な面持ちのおじさんは既にもう斧で彼の頭をカチ割れる間合いにまで詰めている。
「待っておじさん早まらないでっ。彼はもう反省してるの!」
「反省だって?」
ピタ、とおじさんの足が止まった。
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