ループ二度目のシンデレラは人生最後までハッピーでいたい6
まだ実は好きだったって言えばいいのか、それとも一度猛烈に冷めたけど傍に居たらまた好きになってしまったって言えばいいのか境目は自分でもよくわからない。
でもずっと彼を気にして行動を決めてしまうくらいには心を占めていた。
手酷い仕打ちをされても乙女の理想の王子様じゃなくても、愛してるって思う。不自由な彼の世話を焼いているこの森での生活だって私には何のメリットもない。なのに続けていて嫌にならない。
まあ、彼自身ができることは自分でやるから介護よりは断然楽なんだって面もあるけど、しみじみとした幸福感に満たされていて、もうこれは惚れた弱みって言っていい。
指先で涙を拭われた。
「シンデレラ、君は…………」
「はい?」
「君は、その…………」
彼の様子がおかしくて私は首を傾げるも、彼はそれでもまだ信じられないように口ごもる。彼の縋るような眼差しには私しか見えていないからか微塵のズレもない。
「ええと、どうしたの?」
「シンデレラ、君は……君が僕の…………――ダンスの相手だよね」
私は最後の囁かれた台詞に息を呑んで慄いたように目を瞠った。
すっかり完全に忘れていた。
そうだよ、さっきは姿を見られたら気付かれるかもしれないから逃げようとしていたのに、迂闊だった。
ガラスの靴だ何だと言っても、実際に好意を持って接した相手の顔を全く覚えていないわけがないのだ。
ガラスの靴が合う娘と募って、全然特徴の違う娘たちが我こそはって
浅ましい娘たちだと呆れ幻滅したのかもしれない。それが後々の暴挙への躊躇を薄れさせたのかもしれない。彼を擁護したい私の勝手な憶測だけど……。
いくら着飾ったって元の顔の特徴は中々に隠しようもない。
舞踏会には誰かにそっくりメイクとか特殊メイクを施して参加したわけじゃないんだもの。メイクだって薄い方だったしね。
要は、見る人が見ればわかる。
でも、ああ、そっか。この人は気付いたんだ。
……こんなあっさり気付いてくれたんだ。
もう私は誤魔化したりして逃げなかった。私って証拠が居るんだし、そもそもこの童話の王子様は絶対的にシンデレラを間違えないってそう思う。
童話パワーってやつで。
今なら私に彼を拾って助けるように導いたのもその童話パワーなんじゃないのって思う。一言で言えば運命だ。
彼がそうしてくれるように、私も真っ直ぐに彼を見つめた。
「うん、そうだよ。私が硝子の靴から……あなたから逃げていた娘」
彼はまだ自分の素性を明かしていない。
でも私はハッキリと「逃げていた」と口にした。つまりはずっとお互いの関係性をわかっていたって教えたも同然だった。彼がそこに気付かないわけがない。
こっちを見つめる瞳が切なげに揺れた。
「そうか……。僕は、ついに会えたんだね」
王子は心底嬉しそうにしながらも、泣きそうに笑った。
「シンデレラ、君で良かった」
舞踏会で出会ったのが、森で見つけてくれたのが、こうして弱い所まで曝け出せた相手が。そんな風な意味が今の言葉の中に全部あったように思う。
「何それ…………何それ何それ何それ何それ、何よっ、それ!」
責められると思った。詰られると思った。罵倒も罵詈雑言も侮蔑も軽蔑も覚悟したのに何一つなかった。
胸が詰まって苦しいじゃない。
この人は本当にあの人と同じ人なの?
でも私だってかつてのシンデレラとは明らかに違うんだ。
「シンデレラ、泣かないで」
「だって、すっごい殺し文句……」
鼻を啜って非難の色を乗せて訴えれば、王子はキョトンとした。
「…………殺し文句? ええと、どこら辺が?」
「マジかよ!」
ああもう私は生粋のシンデレラだけど、もう純粋培養の童話のヒロインじゃない。
漫画アニメひゃっほ~うな時期が魂にたっぷりと染み込んでいる。自身の推しにはとことん課金するような邪なシンデレラになってしまった。
だからなの? 私はさっきの言葉を殺し文句って思ったけど童話の世界じゃ違うの? 世界間ギャップなの?
そうでなければ彼には全くそういう……口説こうって意図がなかったってわけか。そしてたぶん後者。
ハー……何だか勝手にドキドキしちゃってこっ恥ずかしいわな!
この人と居たらこれからもこんな羞恥心を味わう羽目になるんだと断言できる。
ろくでなしも嫌だけど、私はこっちの方でも耐えられる?
うーん、当初の計画通りさっさと王子には王宮にお帰り願って私は灰かぶりらしく強く逞しく地べたで目立たないように我が道を生きていくかー。
王子なんてもう無視だ無――
「シンデレラ?」
困惑と案じるの両方を滲ませて王子が顔を覗き込んできた。必然上目遣いをされる。
――視ゅううぅ~っ、くっそーっ、このっ、好・み・ど・真・ん・中・フェ・イ・ス・がッッ!!
反則だよ反則。これはあれだ、日本人時代にゲームとかアニメとかの各種コンテンツのイケメンたちグッズを安易に多量に買い込んで天国だってウハウハしていた私がいけない。
イケメンには甘くなる自分がいけない。
無視なんてできないーーーーっ。
深呼吸を数十回繰り返してのち、私はようやく王子を落ち着いた曇りなき眼で見ることが出来た……六割方。それまで待っていてくれた王子はホント良い子ちゃんだよ。
「私は殿下から逃げていたのを謝る気は無いし、これまでの行動を後悔してもいない。こっちにはこっちの切迫した事情があったから」
「それはどんな?」
転生したり人生をループしていまーす、しかも童話の中で~……なんて言っても異世界転移転生ファンタジーの下地のない彼には何のこっちゃって感じだろう。
「それは、いつか話すかもしれないし、一生誰にも言わないかもしれない秘密」
勿体ぶったようで気を悪くするかなって思ったけど彼は食い下がってこなかった。私が微苦笑を浮かべたせいかもしれない。
しつこく詮索されても困ったから、私はどこかホッとして気を取り直した。
「いやー起こしてごめんね。もう寝よう、王子殿下」
「いやええと王子殿下はやめて」
「じゃあ名前で?」
すると彼はちょっと思案した。
「うーん……名前は名前でも、これまで通りオスカーで」
「ああ、オスカーってあなたの内緒のミドルネームだもんね。ご先祖様と同じって言ってたっけ」
「うんそう。覚えていてくれたんだ」
「それは、まあ……」
だって一度は結婚までした仲だもの。
オスカーの名前は、舞踏会の時にこっそり実はねって教えてくれたのよね。公には伏せている王家の人間だけが知る内緒の名前。そんな大切な秘密を教えてくれた時から彼は私を妻にって望んでくれていたんだと思う。
「ありがとう光栄だよ。ねえシンデレラ、寝る前の話を蒸し返すけど、いっその事僕の貯金を担保にして、このままただのオスカーとして君と生きて行きたいって言ったらどう?」
「…………保留にします」
暫しの沈黙が流れて、彼が苦笑した。
「だよね。しつこかったよね。ごめん。ゆっくりでいいから考えてみてほしい」
ああああもう信じらんない。
私をお金で釣るなんて……って危うく即答で釣られそうになったけども。
彼の気負いがなくなるならそれを担保にするのもありだと思う。
でも、そんなものがなくたって私はもう……。
ただ、本当にこのまま森で暮らしていっていいんだろうかって思う。
「それじゃあ改めてお休み、シンデレラ」
「お休み、オスカー」
そこの答えが出ないまま、この夜私は眠りに就いた。
朝起きたら、私のベッドに腰かけて私を見下ろしていたオスカーと目が合った。
「なっ、いつから居たの!?」
「ついさっき。君の姿を頼りにしてね」
「大丈夫? 転ばなかった?」
彼はふわりと微笑んだ。
「普通はレディのベッドに乗るなって怒らない? 真っ先に僕の心配してくれる所がシンデレラだよね」
素直に嬉しがられてちょっと照れた。私と彼のベッドは部屋で区切られていない。一室の中間辺りと壁際にあるって感じの位置関係になっている。狭い小屋だし寝室もリビングも一緒くただ。
それでも足元には雑多に物が置かれているから盲目のオスカーにとっては慎重に移動しなければ怪我をする部屋だ。まあここで暮らして大体の障害物の位置は把握して結構慣れはしたみたいだけど。
「ああ言い忘れてた。お早う、シンデレラ」
「あ、うん、お早う」
ただの朝の挨拶なのに今日はやけに新鮮に感じる。
「何か新鮮だよね」
「え、あなたもそう思うの?」
「うん。だって初めて僕からお早うって言ったでしょ」
「あ、あー!」
そう言われてみればそうだ。いつも私が起こしに行って彼の手に挨拶の言葉を書いて、それに彼が応えるって順番だったもの。で、それから朝食にしていたのだ。
「まだごはん作ってないから、もう少し寝てたら? 時間も幾分早いし」
オスカーは首を振った。
「朝食はまだいいよ。そこまで腹ペコじゃないしさ。ん~どうせ時間があるなら散歩でもどう?」
「いいよ」
彼はとっくに毎晩枕元に置いてあげている着替えを身に付け終えている。準備は万端か。
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