ループ二度目のシンデレラは人生最後までハッピーでいたい5
さて私も寝ようかとベッドから腰を上げ、自分用に追加した簡素なベッドに向かおうと踵を返した。
「おやまあ、久しぶりだねえシンデレラ」
突如の声にびくっと肩を揺らして硬直した私の顔のすぐ前には、一人の女性の笑んだ顔がある。老いているのか若いのかよくわからない顔が。
「きゃーっ……って何だ魔女さんか。驚かさないで下さいよもうっ!」
トンガリ帽子なのにお洒落なドレスを着ているこの年齢不詳の彼女こそ、シンデレラたる私をドレスアップさせてくれて、かぼちゃの馬車で王宮の舞踏会まで送ってくれた張本人だ。
「お久しぶりですね。その節はお世話になりました」
おかげでこんな状況になっているんですけどね……とは言わない。
私がもっと早くに二度目のシンデレラだって思い出していればこの魔女にドレスを着せてもらうこともなかったろう。もしもを考えても詮無いが。
ところで、日本人の人生を挟んでこの魔女を凄く久しぶりに見たよねー。ああ何とか顔を覚えていて良かった。上司の鬼お局様と顔のパーツがよく似ていてぶっちゃけ今は一度目のシンデレラだった頃みたいに「わあ~っ」って純真に尊敬とか畏敬の念を抱けない。
もう出てこないと思っていただけに内心ちょっと緊張した。今更魔法の代金を請求されたらどうしよう。
「私にまた何か用ですか?」
「何だい素っ気ないねえ、あんたが無意識にもあたしを呼び寄せたんじゃないか」
「えっそうなんですか? 私が?」
思わず自分を指差ししてしまえば、魔女はうんうんと頷いた。
「強く強く何より強~く願っただろう? あの時みたいに」
あの時。
この言い様だとあの時は舞踏会に行きたいって今みたいに願ったからこの魔女が来てくれたってことか。偶然とか気まぐれだと思ってた。あと尤もな理由としては童話だからとかね。いやいや只今も一応は童話の中だからこうして来てくれたのかも。シンデレラ特権で。
「あんたの願いはこの王子の幸福だね」
「ええとまあそうですけど、怪我を治してくれたりします?」
「……それだと彼を置いてあんたはまたどこかに身を隠すだろう?」
「鋭いですね」
確かにその通り。
彼が完全復活して私が舞踏会の娘だって知ったら前以上に追いかけて来そうだからその前に姿を消すのは当然だ。私は結局のところ前科のある彼を信用し切れないんだろう。
童話の純愛が聞いて呆れる。
まっ、人間保身に生きて何が悪いのさ?
「非難したいならどうぞ。置かれた立場や状況によっちゃ時に人生綺麗事だけで生きられないんですよ」
魔女は腰に手を当て「おやまあ~、シンデレラ」と呆れたかと思いきや、何とグッジョブと親指を立てた。
「まさにその通りだよ! 偉い偉いあんたよくまあ達観したねえ!」
「…………」
お褒めに
「ほんじゃあそういうわけであんたの願いを叶えてあげようね」
「へ?」
まさか王子を治癒しちゃうの?
「えっとちょっと待って下さい! 猶予を下さい! 仕度してこの家から出て行きますから!」
「あっはっは大丈夫、その必要はないよ」
「無責任なこと言わないで下さいよ! 治ったら執着確実ですもん!」
「執着~? あんたの方だって相当だろうに」
「……ッ、それは……でも……」
図星を指されたように口ごもる私の横をするりと抜けて魔女は王子の枕もとに立った。
「本気でやめっ」
「ホホホイのホイ!」
魔女がいつの間にか手にしていた魔法学校映画にありそうな魔法の杖の先が光って、王子の体を包み込む。目元に巻いていた包帯がスルスルスルと解けてその下の瞼が露わになった。
見れば傷がすっかり消えていた。
魔女はあたかも医者が患者の瞳孔を確かめるように寝ている彼の瞼を少し持ち上げて得意気に頷いた。
「よしよしきちんと眼球は形が修復されているね。これで彼がこの国の王子だって知り合いが見れば一目瞭然だよ」
そんな……終わった……。
私はこの先どうなるんだろう。
狂気王子に戻って両足を切られるとか?
「それじゃあね。願いは叶えたよシンデレラ。あとは人生強く生きて行きなね」
「うそ……」
魔女の朗らかな笑声が消えた頃、ベッドの脇に呆然と座り込んでしまった私に気付いたように彼がゆっくりと目を開ける。
魔法で聴覚が回復したせいかもしれない。
「あ……、瞼が……ちゃんと動く……?」
瞼にもあった傷のせいで動かすと引き攣れていたのが普通に瞬きができると悟ってか、驚き声で瞼を押さえて小さく独り言ちた彼だったけど、
「なっ、眼球までちゃんと形がある!?」
驚愕の余りか、ガバッと上半身を起こした。
え、普通は瞼や眼球の存在如何よりもまずは目が見えるって驚かない? これって天然なの?
そんな彼は視線を移動させて私の方を見た。
「あ……れ?」
目の焦点の合った彼とバッチリ視線が絡み合う。
「君は、誰? これは、夢?」
それ以降二の句が継げないでいる彼へと私は引き攣った笑みを貼り付ける。
「み、見えるようになったんだ?」
「え? 今、声まで聞こえた?」
「たぶん耳も聞こえるようになったんだと思うよ」
「耳も……? うーん、自分の声も他の音も聞こえないけど……」
「え? 何を言ってるの? 私の声が聞こえるんだよね」
「ああ、うん、聞こえる。とても好きな声だ」
「……。だったら自分の声だって聞こえているはずでしょう?」
「いや、本当に君の喋る声だけが不思議と聞こえていて、自分の声もその他の音も一切聞こえないままだよ。だから自分の言葉がきちんと発音できているのか未だにわからない」
「言葉は全然大丈夫だけど……はは、変なの、私の声だけしか聞こえないなんて、ははは」
まさかちょっと魔女さん~~~~?
中途半端過ぎでしょ!
ハッとした。
もしかして、じゃあ視力も?
「ね、ねえオスカー、あなた私の姿が見えてるんでしょ?」
彼は首肯する。そしてポンと手槌を打った。
「ああそうか、君はシンデレラだね!」
「そうだけど今はそこはいいから、で、他のものは見えてるの?」
「見えない」
「え」
「暗闇の中に君の姿だけがきらきらと輝いて見えている感じだよ。とっても綺麗にね」
魔女おおお~~~~っっ!
頭を抱えたくなった。
どうしてこんなふざけた真似をしてくれてるの~~~~っっ!
「ホントごめんね、これ魔女のせい、ううんきちんと定義しなかった私の責任!」
「魔女? ……どういうこと?」
顔見知りの魔女出現と彼がこうなるまでの経緯を私は簡潔に説明した。
「そんなことがあったんだ。顔を上げてよシンデレラ。何か一つでも見えるようになっただけでも有難いよ。自分を責めないで」
彼は私の姿を頼りにベッドから降りて私の前に膝を突いて宥めてくれる。肩を押されて顔を上げさせられた。
でもさあ、そうは言われても思った以上に何かショックなんだよね。
魔女に治癒してもらえた絶好の機会だったのに、私は大馬鹿にもその機を棒に振ったんだもの。
本当なら彼は全てが治っていたかもしれないのに……。
くう~、そう思ったら何だか泣けてくるー。
「えっとシンデレラ、本当に気にしなくていいから、泣かないで?」
……泣かないで?
自分の頬に手をやったら濡れた。本当に泣けていたらしい。
泣いているのにも気付かないくらいに精神的に落ち込んでいたみたい。
でもどうしてここまで?
……なんて言うのは愚かの極みだ。
自分でもさっきまでは魔女には表面的な言葉を言ったつもりだったけど、本当はそうじゃなかった。
私は心の底からこの人に完治して欲しかったんだ。
最近はもう辛そうな顔を見せないけど、きっと私の気配のない場所では自分の身を悔しく思っているんじゃないの? 自業自得って反省はしていても、暴虐と襲撃に因果はあっても、彼の怪我とは別物だ。
彼がもしも民衆に吊るし上げられるのなら法律の下でそうされるべきであって、目には目をじゃない。
顔を上げた私は涙を拭きもせず彼を見据えたまま、思ったままの言葉を口にする。
「ごめんね。ごめん……」
「いやだからそれは……」
彼は近くで私の顔を見て何か重大な真実を悟ったようにハッとした。私はまだ自分のやっと形になった感情に忙しくて細かい変化までは気にしていなかったけど。
「私はあなたに治ってほしかったよ。だから真面目にごめんなさい」
「シンデレラ……」
私は、王子が好きなんだ。
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