ループ二度目のシンデレラは人生最後までハッピーでいたい3

「まあそんな狂気と暴力性のせいで王子は随分と恨みを買っているようだ」


 それは当然でしょ!


「一部じゃ暗殺計画が今日明日にも実行されるとか何とか物騒な話だってある」

「えっ暗殺!? そうですか、怖いですね」


 うんまあ、それも十分にあり得るか。

 仕事に向かう樵のおじさんを見送って、これからは余計に森からは出ないようにしないと駄目だと思った。

 買い出し先で未婚の若い娘と知られればきっと強制的にガラスの靴を試される。そうなればお終いだ。王子の花嫁として王宮と言う牢獄に囚われる。

 彼を愛していた時は良かったが、諦観と憎しみを抱くようになってからは苦痛の日々だった王宮になど行きたくはない。

 大事な両足だって切断の憂き目に遭うに違いなかった。

 それだけではない。

 もしも王子がまた継母たちの所にやってきて、今度こそは突き付けられた恐怖に負けてうっかり私の存在を話してしまったら終わりだ。逃げたのだと知られて森の中にまで捜索隊を差し向けられるに決まっている。これまではまさか仮にも貴族の若い娘がこんな森奥で暮らせるわけがないと誰も捜しに来なかっただけだ。

 日本での考え方やキャンプなんかの知識が大いに役に立っていたけど、そろそろ外国に逃げ込む手筈を考えるべきかもしれなかった。


 そんなわけでの翌日、善は急げと私は森の小屋を後にする決意を固めて準備を始めた。


 日持ちする携帯食料などの他にも、森の中の木の実をジャムにして持って行こうと採集しに出掛けた先だった。

 この森には川が流れていて、森の密かな住人たちはそこを水源にしている。ついでに汲んでいくかって思い立って私は川べりに出た。木の実の収量は上々で上機嫌に水筒を川の水に沈めていると、やや離れた水辺の岩に誰かが伏しているのを見つけた。


「う……上流から流れてきたどざえもんかも」


 気分が駄々下がって水筒の水を全部戻した。この川は時々そういう漂着物があるので水を汲む際はよくよく注意しないといけないのだ。

 まあほとんどの場合飲み水にする時は濾過して煮沸するから大丈夫なんだけどね。

 死体をこのままにしておくのは衛生的に宜しくないので仕方がなしに近寄っていく。どこの誰かは知らないが、岸に上げて埋葬してやらないといけない。身元がわかれば樵のおじさんにでも後日遺品を頼めばいいだろう。

 体格からして死体は男性で、苦労して岸に上げてやった。

 今じゃ猪だって捌ける私だし、この川辺で人間の死体を見るのは何度とあったし三分前でも三十秒前でも何でも、前以てそれとわかっていれば平気になっていた。

 彼から滴る水が赤かったから大きな怪我をしていたのだろう。可哀想に……。

 せめてもの弔いとして身綺麗にしてやろうと仰向けにして、心底びっくりした。


 両目が潰されていた。


 鮮血に染まる顔面は他にも殴られた痕で彩られ、そして何と生きていた。


 微かに呻いたからそうとわかった。


「……この人、どこかで見たことがある気が……」


 身なりは良い。私は彼を入念に観察するうちに次第に顔色を悪くしていった。

 髪の毛はあの大嫌いな男と同じ色だし、背格好も酷似している。顔面や目元が酷い状態なので人相がわからないまでも、私の中では薄らと彼の正体に見当が付いていた。

 タイムリーにも昨日聞かされた王子の話を思い出す。

 彼は沢山の人から恨まれているという。


 暗殺計画もあるという。


 この場に放置すべきだと叫ぶ無情な意見と、最早きっと目の見えないだろう怪我人を放置すれば森の野生動物に喰い殺されてしまうから、少なくとも安全な場所まで連れて行けという良心がせめぎ合った。


 果たして、私は後者を取った。


 彼が推測通りの人物なら彼を私の小屋に置いて後で樵のおじさんに話をつけておけばいい。王宮に話が向かう間に私はさっさと外国にトンズラする、これで決まりだ。

 意識が朦朧としている男を担いでというよりは引き摺って、私は小屋に戻った。


「とりあえずは目の傷の止血とか応急処置しないと駄目だよね」


 消毒はするが炎症は起こすだろう。そこはいつから居たのか知らないが川べりに居たのだから仕方がないとして本人の免疫力や体力に頼るしかない。この世界には現代日本のように「抗生物質」と言うような明確な薬はなく、庶民の間には薬と言っても経験則からくる薬草の消炎効果や殺菌作用なんかを利用した民間療法的な類の物がほとんどだ。


「王宮には専門の薬師がいるけどお~、行くわけないよね、うん」


 治癒の魔法もあるが魔法使いになんて滅多にお目にかかれない。

 気まぐれな彼らの意に添わなければいくら莫大な金銭を対価にと言っても、棒きれ一本すら浮かせてはくれないだろう。


 現に私も舞踏会の夜以降魔女には会っていないもの。


 消毒が済むと目元にも腕にも足にも包帯を巻いてやった。

 予想通り男は意識を取り戻さないままに高熱を出したよね。怪我人を床に寝かせるわけにもいかず、彼は譲った私のベッドで力なく横たわっている。濡れた服を脱がせてやって清潔な布で包んでやったし、一先ず様子見だ。因みに男物の服なんてあるわけもなかったからシーツで代用したらアポロンって感じになってちょっとウケた。

 そんな私の性格の歪みはともかく、小屋の中には彼が時折り上げる苦悶の呻き声が響いた。


「やめ、ろ……やめ、てくれ……っ……やめ……っ、て……くれ」


 こんな怪我はどう見ても誰かに襲われてできたものだ。

 樵のおじさんの言っていたように暗殺計画が実行に移されたのかもしれない。

 単に王子と背格好が似ているだけの青年なのかもしれないとは思わなかった。


 手当てや着替えで触れてみて、私は彼が他でもない王子本人だと確信している。


「はあ、何て悪縁なのよ」


 この日はもう採集には行かず、耳に煩わしい怪我人の声を聞きながら、乾草や布を重ねて作った即席ベッドで溜息共々瞼を下ろした。

 証拠の裏付けのように、数日後仕事でやってきた樵のおじさんから王子が襲撃されて崖から川に落ちて行方不明という情報を教えてもらった。

 数日経っても傷が化膿したせいでまだ熱が下がらず、彼の意識は途切れ途切れにしか戻らない。その時に口元に水を持って行けば自分で飲んでくれたのは幸いだった~。よくある口移しで飲ませるなんて展開は真っ平御免って思っていたから。

 痛みと目が見えない恐怖に叫んで弱った体で彼は度々ベッドから落ちたりもした。


 いちいちベッドに戻してやる際に気付いたんだけど、どうやら私の声が聞こえていないみたいだった。


 急に見えない聞こえないってなればそりゃ不安で怖いわな。

 加えて誰かに襲われた直後なんだから傍の気配が自分の敵と思ってもおかしくない。


 だから連れてきた当初は熱があるくせに身を護ろうと散々暴れたんだよねー。


 まあ弱っていたとはいえ男の力だし、初めて暴れられた時はビックリ仰天して小屋から逃げたわよ。全く腹が立つ。物音がしなくなってからそろりと戻ってみれば床の上で呻いていたっけ。

 ふん、馬鹿な男って見下した。家の中はまあちょっと……ううんかなり結構散らかされていてグーパンで殴ったろかって拳を握り締めたよねー。全く以て腹が立つ。放置したかったけどそんなわけにもいかなくて恐る恐る近付いて肩を持ち上げて支えたわ。微かに抵抗は見せたけど、私が女性だってのと疲労困憊と攻撃されているわけじゃないってのはわかったのかもう暴れなかった。抵抗された時ちょっと手が胸に当たったから性別が知れたんだろうけど、これは不可抗力として特別に怒らないであげたよねー。

 で、ベッドに戻せば彼はすぐに眠りに落ちた。


 だけど目が覚めるとまるで悪夢の続きでも見ているようにまた暴れた。


 記憶も感情もまだ整理できていなかったんだと思う。

 私は彼が恐慌を来して腕を振り回す時には近寄らず、体力が尽きて床の上で動かなくなるまで待ってからベッドに戻してやるってのを繰り返した。

 意識を長く保てるようになってからは、彼も誰かに介抱されているとだけはわかったみたいで、手当てって言っても消毒して新しい包帯を巻いてやるくらいしかできなかったけどその間はじっとして大人しくしていた。


 聞き分けの良い子供みたいでちょっと新鮮だった。


 そうやって面倒を見ていくうちに、暴れる回数も次第に減っていき、熱も下がって傷口から血が滲む様子もすっかりなくなった。

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