ねえお兄ちゃん、ちょっと異世界まで行って来て?10おまけ

 お兄様と暮らし始めて早十年。

 わたし魔王こと魔王まおは依然としてお兄様と一つ屋根の下ですわ。


「今更だなーとは思うけど、魔王まおってずっと姿が変わらないよな。魔物というか魔王って生まれて死ぬまでずっと同じ姿のままなのか?」


 出掛ける支度をして玄関を出たら、ちょうど門近くの低木の剪定をしていたお兄様が悩んだように訊ねて来るんですもの、わたしはちょっと苦笑してから思い切って妙齢の女性の姿になりました。


「えっ魔王まおなのか!? うわ~めちゃくちゃ美人だなあ!」

「きゃっお兄様に褒められてしまいました! これでもわたし百年は生きてますもの、姿くらい自由に変えられます。老婆にだってなれますわ」

「は!? 百年……百年んんん!? 嘘だろ、歳上……。てっきり初めて会った時が十歳くらいで、今は二十歳くらいかと思ってた」


 大層驚かれたお兄様でしたけれど、次にどこか不安そうな面持ちになりました。

 既にリディアと結婚しているお兄様はもうすぐ三人目の子供の父様です。


魔王まお、一つ訊くけど、子供ってどこから来るのか知ってるか?」

「ンもう、お兄様ったら失礼ですわね。それくらい知っていますわ」


 本当に頭に来ますっ。

 白昼堂々そんな質問をしてくるなんて。

 そんなの赤子だって知っているでしょうに。

 私を誰だと思っているのでしょう、百年は生きている魔王ですのよ?


「――男の子はキャベツから生まれて、女の子はバラの花から生まれるんですわ!」


 その時のお兄様のお顔と来たら今まで見た中で一番面白かったですわ。しかも絶句の上に、石にもなってましたわね。あごは……外れていたかしら?

 しばらく待っても硬直を解かないのでさすがのわたしもどこか体が悪いのかと案じて呼び掛けていたら、お腹を大きくしたリディアが異変を察知して駆け付けて来たのでお兄様の事はお任せしました。

 そしてわたしは村のお菓子屋さんへ。

 異世界スイーツは美味ですけれど、この村のお菓子屋さんも中々どうして腕の良い作り手なのでお気に入りのお店なのです。


 わたしはお兄様の唯一の妹として大事にされていますし、文句なんてないのですけれど、リディアはわたしとはまた違った愛情でお兄様の唯一に収まってしまって、正直ちょっと悔しいこともなくはないですわね。

 けれど、リディアだからお兄様をお任せできるかと、今では心から思いますわ。


「まお、まーお、ねえまおってばー」


 ああ……また付いてきましたわね。

 わたしが一人で出かけようとすると必ず後を追いかけて来るのですから、参ったものですわ。


「ちょっと無視しないでよー、まお」

「……」


 いつも駆け足で追い付いて来てやや後ろに付けるその子は、お兄様とリディアの弟。

 見た目はわたしと同じ年頃。確か今年で十歳だとか。


「待ってよまお」


 弟は全く応じないわたしの態度に業を煮やしたのか肩をポンと叩いて来やがりました。

 レディの体に許可なく触ってくるなんて、無礼にも程がありますわよね。

 大好きなお兄様の弟でなければ選りすぐりの魔物たちをけしかけているところですわ。

 気に食わないので何度肩を叩かれてもとことん無視。無視無視無視。

 ですがそうしていたら何と何と何と体が急に宙に浮かんで、わたしは不意打ちにびっくりして「きゃッ」と悲鳴を上げてしまいました。

 ……まあ犯人はわかっているのですけれど。

 その声に相手の方が驚いたのか「あっごめん!」と潔く謝罪の言葉が飛んできて、怒ろうとしていたわたしはかえって調子が狂ってしまいました。

 すとんと、丁寧に地面に下ろされてホッとしていると、犯人――弟は反省したように俯いて黙り込んだので、間が持たなくて思わずわたしの方から言葉を掛けていましたわ。


「往来で魔法を使うのは感心しませんわよ」

「ごめんなさい」

「弟――あなたも魔法を嫌がっていますのに、どうして不用意な行動を取ったのかしら? 神殿から目を付けられてもいいの?」


 彼は何と古の大魔法使いマローンの生まれ変わりで前世の記憶もあるらしいのです。

 さすがはお兄様の弟なだけありますわね。兄弟揃って大魔法使いとは。

 でも、魔王としてはそんな秘密はどうでもいいのですけれど。


「だって、まおが止まってくれないから」


 意気消沈した弟はぼそぼそと言います。

 ふっ前世の記憶とか魔法の知識があっても、やはり子供は子供ですわ。

 こういう所は普通に子供っぽいので微笑ましいと感じます。


「弟の呼びかけでわざわざ止まりませんわよ」

「えっ、どうして?」


 わたしは両方の眉を上げてみせました。


「あらだって弟が肩を叩く時は、叩いた後その場でしゃがんで隠れるか、そのまま指でぷにっと頬を突くかのどちらかじゃない。そんな子供騙しに引っ掛かるのはもう御免ですわ」

「……子供じゃない」

「そう言う所が子供ですわね」

「……」


 答えがないので嘆息して再び歩き出す背中に弟が叫びました。


「もうしない。それはもうやらないから、もう一回だけこっち向いて、まお!」


 一生懸命な、必死な声にわたしはついつい仕方がないなと呆れて振り返ってしまいました。

 きっとそれがいけなかったんですわ。


 ちゅっと頬に柔らかく温かいものが押し付けられて、わたしは両目をぱちくりさせてしまいましたわ。

 い、今何が起きたんですの……?


「もうそれしかしないから、だからまお、僕を無視しないでよ。それから僕はまおの弟じゃないから弟って呼ばないで、ちゃんと名前で呼んでよ」


 口を離した弟は、わたしをじっと見つめてそんな台詞を吐きました。

 ななな何なんですのこのマセガキは!?


「でも名前でって何でですの?」

「僕がまおを好きだから」

「はあ!?」

「マローン抜きで僕を見てくれるのも、まおだけだから」

「よくわかりませんけれど、あなたはあなたですわよ。あなた以外の何だと思って見るって言うんです?」

「…………へへっやっぱりまおだなあ」

「全く、一体何ですのこの子は……」


 わたしは魔王教育として様々な魔物を見て来ましたけれど、彼ほど不可解な生き物を見るのは多分初めてじゃないかしら。

 弟は、もじもじとしながらもわたしの方へまた近付くと、耳元に顔を寄せました。


「あと僕、赤ちゃんがどこから来るのか、本当の答えを知ってるから、いつかまおに教えてあげるね」


 なんてこっそり内緒話。

 まあ何て子かしら!

 失礼にも答えを知っているわたしに偉そうに講釈を垂れようだなんて!!


 きっと自分の方が物知りだからと優位に立ちたいんですわね。

 けれど驕っている相手にこちらもふふんと言い返すのは大人げないですわよね。

 ですからわたしは言ってやりました。


「あらそうですの。ここで臆するのは魔王の名折れというものですし、楽しみにしていますわ」


 弟はそれを聞いて何故か至極わくわくしたように瞳を輝かせたのですけれど、全く本当に何故なのかしらね?

 後にそのワケを知って、わたしはわたしの勘違いを知って卒倒するのですけれど、今はまだまだお兄様が買ってきて下さるシフォンケーキみたいな日常を過ごしているわたしは、そんなことは夢にも思っていませんでしたわね。悔しくも。

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