ねえお兄ちゃんちょっと異世界まで行って来て?7
何故か勇者は異世界から来た者でなければならないとか言う下らない決まり事のおかげで、
「本来リディアは全く関係ないのになあ……」
俺のせいだ。
義妹を見守る合間に申し訳なく呟きつつ召喚魔法のタイミングを探る。
神殿最奥の広間では神官長指示の下、召喚魔法の準備が進められていた。
義妹は他の魔法使いたち同様に発動の際には魔法陣の外縁に立たされるはずだ。
集められた魔法使いたちは異世界召喚術の使い手としては未熟。
何度も言うけどこのままじゃ勇者召喚は百パー失敗する。
俺はふうと一つ息を吐き出した。
「さてと、行くかな」
魔法陣の中心点に魔法状態察知のリンクを張ると、
――オン!
神殿近くの木陰から異世界に飛んだ。
義妹のお使いのおかげですっかり慣れた異世界都会の雑踏を、住人のふりをして彼らに紛れて歩く。
「来てみたはいいけど、勇者ってどういう基準で選べばいいんだよ」
困ったように小さく呟く俺は、頭を抱えたい衝動を堪えた。
ここにも老若男女が暮らし、幸か不幸か異世界転生や異世界転移という考え方が定着している。勇者や魔王と言う存在もファンタジーとして周知されている。
募ればヒットする人間には出会えるだろう。
でも、ここは魔物がいない。
平和とは言わないが、少なくとも人の倍以上はあるような魔物と日常的に戦闘が起きたりはしない。
剣や魔法の世界で実際に勇者ができるのか、ある種憧れが先行しているこの世界の人間に、その面での強靭な精神力の期待も確信も持てない。
だからか、召喚の儀の話を聞いた昨日からこっちに来て適任者を探している俺は、未だに候補の一人も見つけられないでいた。
「ああでも形だけだしそこまで真剣に考えなくてもいいのかも。いやでも危険はないからって遊んで暮らされても勇者の品格が問われるだろうし、人選ミスったらそれこそリディアに矛先が……。ああくそもっと時間が欲しかった」
この件は俺の独断で、義妹には相談もしていない。
話せば関係ない人を巻き込むなと反対されるだろうし、余計な気がかりを作りたくなかった。
だから義妹は魔法が失敗すると思っている。
「ホント真面目にどうしよ……」
往来で立ち止まり、悩んだように首を振ったところでリンク先の変化を察知した。
「げ、もう始めたのか!? まだ誰にも接触してないってのに」
召喚魔法は発動された。
このままそれを放置はできない。
成功するように手を加えないといけないからだ。
だからもう誰かを選んでいる余裕はなかった。
「ええい仕方がない、予定とは大きく違うけど」
時には妥協も必要だ。
俺はそう思い魔法を操作。
空間遮断の魔法で周囲から悟られないようにすると「ままよ!」と往来から一瞬で姿を掻き消した。
その頃神殿最奥では今度こそ成功を、と勇者召喚が行われていた。
術者や聖女が魔法陣をぐるりと取り囲むように等間隔に並んでいる。
呪文の詠唱が終わり床に刻印されていた大きな魔法陣が輝き出す。
いつにない強い輝きを発する魔法に、神官長は眩しさに目を細めるどころか目を見開いた。
「これは、もしや……!? 私は見極めが甘く、評価を違えていた。リディアさんの聖女能力は確かだったようです!!」
彼の言葉に、集められたその場の誰しもが期待の色を濃くした。
ただ、
「え、お兄ちゃん……? 何か、した?」
誰にも聞こえない小さな困惑の呟きが少女の唇から零れた。
もう慣れた異世界間の転移の感覚の中、俺はその出口にしっかりと立った。
その場に満ちていた光の奔流が治まる頃を見計らって盛んに辺りをキョロキョロと見回す。
元の世界の神殿そっくりな……というかその物ずばりな石材と建築様式。
透視魔法で覗き見ていた神殿最奥の内装が俺の周囲には広がっていた。
「やっやはり召喚者が現れました神官長!」
「ついにっついに勇者召喚に成功したのですね神官長!」
俺へと様々な色の瞳を向け魔法使いたちが歓声を沸かせた。
「え、あの、ここは……?」
わざと戸惑った声を上げてみせる俺の方へ、早速と神殿関係者や携わった魔法使いたちが近付いてくる。
その中でも一際輝くような白い長衣を纏った品の良さそうな中年男性――神官長が一歩進み出た。
そういえば実質神官長とは初対面だよな。
魔力を気取られないように細心の注意を払いつつ俺は彼へと向き直る。
「お初にお目に掛かります。私はこの神殿の神官長でございます」
恭しくお辞儀をされ内心で白けたものを感じながらも、俺は何も知らないふりをして会釈を返す。
俺は義妹を消費する道具として利用している神殿が大嫌いだ。
世界を救うためと言えば聞こえはいい。けど了見の狭い俺からすれば世界の変容なんてどうでも良かった。
村が平穏で義妹が笑っていられるならそれで良かったんだ。
穿った意見かもしれないけど。
「……どうも。ところでここは? 神殿って?」
「ええ、単刀直入に申しますと、ここはあなた様からすれば異世界です。必要があって召喚致しました」
たじろぎ、目に見えて困惑を浮かべる俺。
この演技が不自然に見えてないといい。
「突然異世界に招かれて困惑しているかとは思いますが、どうかこの国、いえこの世界を救うためにその力をお貸し下さい――勇者様!!」
「勇者あああ!?」
一度向こうに飛んで向こうの服装と空気感を纏っているからか、神官長は完全に俺を異世界の人間だと信じ込んでいる。
ふう、これで俺が大魔法使いとしてこき使われる可能性はなくなった。
まあ自分が勇者って呼ばれるなんてのも想定外だったけど。
俺は召喚魔法の失敗を回避するために、自らを差し出した。
異世界の勇者として。
あ、偽物だから偽勇者か?
まあどっちでもいいか。
とにかくこれで義妹が責められる心配はなくなった。
さっきから義妹は俺を見つめたまま固まっている。
予想外過ぎる出来事が起きてしまった人間の表情だ。
これは珍しい顔が見れたもんだ。まあ無理もないか。
「勇者様、一からご説明致しますので、落ち着いてお聞きになって下さいね?」
「え、ええと……? 勇者って魔王を討伐するあの勇者ですよね……俺には何の力もないんですけど?」
不安そうにして見せると、神官長が俺を安心させようとしてかにこやかな笑みを浮かべた。ここでスイーツを出したらどんな顔をするか試してみたいと悪戯心が騒いだものの、敏感に義妹からの怒りの波動を感じ取った俺は自重した。
わあー、説明しろって目が言ってるよー。
「御心配には及びません。勇者様の前には伝承通り自ずと優れた仲間が集まりましょう。なのでこの先必ずやあなた様の前には素晴らしい大魔法使いや大魔法使い、そして大魔法使いが現れることでしょう。ですから冒険も世界も安泰です」
仲間、大魔法使いしかいないじゃん。
しかも何人いんだ!
「はは、そうなんですか。――じゃあ精一杯頑張らせて頂きます!」
じゃあって何だよじゃあって……と内心で自分に突っ込んだ俺がとんでもなく物わかりの良い爽やかな決意表明をすると、神官たちは安堵した。
そうそう、心から安心するといい。
その代わりに義妹は返してもらう。
「俺、決めました。冒険の始まりに相応しい展開として、まずはその子を一人目の仲間にします!」
俺は俺を囲む輪から外れた位置に立つ義妹へと舞台俳優のように腕を伸ばし、若者らしい主張を展開した。
皆はギョッとしたような顔をして俺を凝視する。
そりゃそうだろう。
勇者とは言え異世界のどこの馬の骨とも知れない男がこの国の聖女を欲しているんだし。
「冒険には妹的な可愛い女子が付きものじゃないですか! 少なくとも俺の世界ではそうなんです。でないとやる気がなくなりますねー……あー帰りたいなあー」
俺は密かに床の召喚陣を起動させて薄らと光らせる。
神官長をはじめとした神官一同が目を剥き仰天した。
「な、何故発動を!?」
「あ~帰りたいな~」
光は一層強くなる。
「まさか勇者様の御意思が関係している……?」
神官の誰かがそう口にした。
「この子いないならホント今すぐ帰りたいなああ~」
パアアアッと神殿広間内が白い魔法の光に包まれた。
直前の台詞もあって、まるで勇者の帰還の意思に反応したように見えた事だろう。
――このままでは勇者に帰られてしまう。
焦燥にも似た危機感が神官たちの胸中を席巻したに違いない。
「――よ、よろしいでしょう!!」
神官長が声高に叫んだ。
場がしんとなり、光が弱くなる。
「やった、ホントですか~!」
勇者に帰られるよりは、と譲歩したのか神官長は眉間に深いしわを寄せて義妹を見やった。そんな顔でも絵になるなこの人。
「彼女――リディアさんが良ければですが……」
「おおっ、リディアさんと言うんですか!」
皆の視線が集中した義妹は、俺の意図を酌み大きく頷く。
「私は構いません、神官長」
っしゃあああ!
話は決まった。
かくして義妹は勇者一行の一員となって行動の自由を得た。
これで村にだって連れて帰れる。
「あ、因みに俺はどう魔王と戦えば? 軍の先鋒とか務めるんですか?」
「いえ、とにかく大魔法使いを見つけて下さい。あとはその者が全てやってくれるでしょう」
いやそこは嘘でも「魔王を倒すのはあなただ!」とかカッコよく勇者の使命感を刺激しようよ神官長……。
と言うかまあ、大魔法使い本人はここにいて勇者やってるから無理だけど。ねえ?
俺は密かな溜息をつく。
どこまで行ってもここの連中は大魔法使いが重要か……。
「わかりました。魔王の被害がなくなればいいんですね?」
「え、いえ無理を言うつもりは」
「無理いッ!? 勇者に向かって無理って何ですかああっ!?」
「あ、いえ」
「魔王討伐ならふつー大魔法使いより勇者の俺でしょ!?」
俺はこれを好機と質の悪い酔っ払いっぽく神官長にえっちらおっちら歩み寄って「あ゛あ゛ん?」とメンチを切った。今まで感じていた鬱憤や文句を込めてやる。
「――落ち着いて下さい勇者様?」
義妹が「何下らないことやってるのお兄ちゃん?」と言わんばかりに俺の袖を引っ張った。
その顔面に貼り付けた笑みが俺には笑みに見えない。
「まっまあいいか。さあ、早速ここを出て冒険に行こう、リディアさん!」
軽く引き攣った俺は威勢の良さで誤魔化して義妹の手を引いた。
広間を出て神殿をも後にする。
ポカンとしていた神殿の面々はこの世界への新参者がまさか要領よく動けるとは思っていないのか、はたまた思考が追い付かないのか、いや両方か、まだ追って来ない。
ざまあみろ、だ。
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