ねえお兄ちゃん、ちょっと異世界まで行って来て?6
「ショートケーキのホールが食べたいな」
魔法――オン!
「おおっ今日のは真っ白な生クリームとやらの上に特大のイチゴちゃんですか! 先日はカラフルなマカロンという物でしたし、その前は芋ようかんなる素朴な甘味。リディアさんのおかげですよ。こうして美味なるスイーツを口にできるのは」
「いいえ、神官長の魔法指導のおかげです。コツを教えて頂けたからこそ私の召喚魔法の才も開花したのですし」
「そう言ってもらえるとお教えした甲斐があります。ですがこれはリディアさんの潜在能力があったからこそですよ。貴女の意思によって現れる異世界産物。これは神の祝福を受けし聖女の奇跡。それ以外の何物でもありません!」
異世界スイーツのカスを口回りにくっ付けた神官長が興奮して頬を紅潮させている。こんな姿は下位神官には到底見せられない。
今まで築き上げて来た神官長の権威が一瞬にして地に落ち、果ては塵芥だ。
本人もそれは自覚しているらしく、
その配下たちはいつも見る度きつく目を瞑ったり俯いたりしている。
耐えてるなあこれ……。
たった今も中央神殿の奥の奥、召喚の儀を行う予定の四角い広間にてスイーツパラダイス……。
ゆる~い。
密かに透視魔法で神殿内部の様子を窺う俺は遠い目をした。
義妹の前には彼女が望む通りに何度も異世界スイーツが召喚されている。
けど義妹は魔法を使えない。それはもう何がどう転がっても覆らない。
じゃあどうやって?
事前にスイーツを用意しておき、義妹からの合図に合わせてそれを送っている。
――俺が。
それが神官長をはじめとする神殿連中の目には義妹の
魔法が使えずとも頭は使える義妹は着々と聖女への道を進んでいた。
そして、召喚の儀においては少し延期されている。
発露した義妹の才能を目の当たりにし、召喚魔法失敗という万一を考えて貴重な人材を温存しとこうってとこだろう。
そう遠くないうちに義妹は聖女認定されるだろう。
けれどここで忘れないように言っておけば、俺は義妹の聖女就任に反対だ。
候補でいるのでさえ頭が痛い問題なのに、本物になんて冗談じゃない。
じゃあ何故こんな茶番に手を貸しているのか?
――それは、遡る事十日。
魔法の才を明かすつもりの俺は、家を長期留守にする覚悟で身の回りの整理をし、身支度を整えるや王都入りした。
中央神殿内部を探り、何と一日目にしてもう個室を与えられていた義妹の部屋を突き止めた。
義妹の部屋は敷地内に林立する高い塔の一つ、そこの最上階にあった。
入口の護りは厳重だし、見回りの兵士も塔周辺をちらほら歩いていて隙がない。
不埒な侵入者に襲われる危険性はなさそうで安心だけど、逃走を許さないという神殿側の強い意志が感じられた。
「実質軟禁じゃないか。リディアは危険分子でも反逆者でもないってのに」
そう腹を立てつつも、こっそり会いに行ったんだ。
空間転移で。
「リディア! 話があっ……る……」
「――きゃあっ……てお兄ちゃん!?」
俺は無言で回れ右。
鼻と口を手で覆った。
義妹は何とフリフリの就寝着にお着替え中だった。
細い両腕に通してまさに頭から被ろうとしていて、白い下着と色白の柔肌が目の毒……いやめっちゃ高栄養!
薄くてほっそりとした胴の中心には形の良いおへそが見え隠れ!
胸は、標準よりはー……あり!
谷間なんて普通はどこも暗いものだけど、聖域もかくやな輝きだ……!
異世界の女性下着の形状の良さを知って義妹が自分で仕立てたパンティーから伸びる長いおみ足も、しなやかで滑らかで一度触れば手に吸い付きそうだ。
ああ……
すまない義妹よ、本当にすまない……。
不埒な侵入者は俺じゃないか!
鼻の奥から紅く、情熱のように熱いものが滴る。
「はい、お兄ちゃん、ハンカチ」
……もう背中の存在感ったらない。
ときどき怖い義妹は現在進行形で最も怖い義妹に進化しようとしていた。
「…………ご、ごめんなさい。スイーツいつもの百倍買ってきます」
「あははそんなに食べられないよ~。おかしなお兄ちゃん! いいからハンカチ受け取って?」
「は、はい」
背を向けたままご命令に従って後ろに手だけを伸ばす。
ひっ、その妙に優しい手つきが恐ろしいよおッ。
ほとんど硬直したままでいると、義妹は俺の正面に回ってきた。
「――ッ」
「安心してもう着替えたから」
急いで両腕で視界を隠した俺の耳朶に義妹の笑いを噛み殺したような声が響いた。
そろりと腕をどけると言葉通りふりふりの寝間着姿の義妹が佇んでいる。
ホッとしたような残念なような。
ゆでだこみたいな俺を見て、義妹は機嫌の良い時の笑みを浮かべた。
「……ふふっ全く対象外ってわけじゃないんだ」
「ええと怒る所じゃ……? 俺が言うのもあれだけど……」
「そうだね。うん、そうなんだけど……――まあお兄ちゃんだから、許す」
「ほえ」
その台詞で誤解する全国のお兄ちゃん諸君!
ぜぜぜ絶対にこのシチュ真似したら駄目だから!
普通だったら兄妹仲終わるから!
って言うかこの義妹は聖女を突き抜けて最早女神か? そうなのか!?
「落ち着いてお兄ちゃん、今の全部口から駄々漏れてるよ。それで、どうしたの? 私に用があるんでしょ?」
両目を極限まで見開きホラーと言えなくもない顔をした俺へと、義妹は苦笑を向けて来る。
「あ、ああそうなんだよ」
というわけで綺麗に煩悩の赤き滴を拭き取った俺は、気を取り直した。
汚したハンカチは別の物を買って返そう。
呼吸を整え義妹を見据える。
「やっぱりさ、こんなやり方は駄目だ。リディア、村に帰ろう」
「お兄ちゃん、その話は家で済んだはずでしょ」
「納得できるわけない。リディアは気に病まなくていいんだ。君が咎められず村に帰れるようにするから。俺さ、君のおかげで目が覚めた。やっと勇気が出たんだよ」
「まさかお兄ちゃん……」
「ああ。俺は異世界転移もできる魔法使いだって名乗り出る」
義妹は、瞳の光を消した。
「――何お兄ちゃん? もう一回言って?」
な、何でだろう、一瞬で肝まで冷えたよ?
気のせいかな?
「いや、そのだから俺が
「え? 何お兄ちゃん?」
「俺が大魔法使…「何言ってるのお兄ちゃん?」
「だ「何かなお
…………。
俺は気弱にヘラリと笑った。
義妹は口元だけでにっこり。
怖い怖い怖い小岩井~ッ!
ど、どうしよう。非常事態だ。小岩井って誰だ!?
決意を言わせてもらえない。
俺の慄きと辟易を感じ取っているだろう義妹は、
「お兄ちゃん私ね、絶対絶~ッ対聖女になりたいの。大魔法使いだって公にするのはだからやめて?」
「な……!?」
絶対聖女になりたい?
どう言う風の吹き回しだよ?
「とにかく、駄目だからね?」
義妹は俺の決心を思い止まるように催促してきたけど、でもさ、もう俺は隠れてるつもりはないんだ。
「リディア、もう俺のために無理しなくていいんだって」
「違うよ。私はお兄ちゃんのためじゃなく自分のためになりたいの」
「自分の?」
「そう。よくよく話を聞いてみて思ったの。だからお願いお兄ちゃん、私の一世一代の芝居に加担して?」
協力じゃなく加担と来た。
でも皆を騙すやり方はもしかしたらいつか義妹自身の首を絞めるかもしれない。
よし、ここは兄としての窘め所だ……けど、
「ねえお兄ちゃんお願い!」
くっその可愛い上目遣いやめてくれ。
「そ、そんなのは駄目だ。俺が名乗り出たらすぐにでも候補を辞退して村に帰るんだ」
「いや」
「リディア!」
「やるだけやってみたいの! 後悔したくないもん!」
俺の知らない間に神官たちから何を聞いたのか、義妹は
「――もし勝手に名乗り出たら、お兄ちゃんと一生口利いてあげないから」
選 択 の 余 地 は な か っ た 。
この威力ときたら……!!
受けると仮定した魔王のジャブなんぞ蟻ん子蟻ん子。
王宮でも中央神殿でもどこへでも行って自分の能力を証明するつもりだった俺の心は、見事ポッキリ折れた。
そうして仕方がなく協力し続けた結果、義妹は問題なく聖女になった。
今や国中の人々は希望に湧き熱狂的感動と歓迎が巻き起こっている。
これで魔王軍の勢いを散らせる。
誰もがそんな期待を抱いた。
実際、聖女の誕生で人間サイドの戦況は好転。
そしてその勢いと高揚が冷めやらないうちにと、ついに勇者召喚の儀が行われる運びとなった。
「って今日の明日!? いきなりだな」
「ごめんお兄ちゃん、急に決まって~」
魔法と言っても何故かスイーツ召喚しかできない聖女は戦場には向かない。
人間側の武力それ自体は変わらないので、このまま聖女効果で魔王軍を押さえ込めるわけがないと、少なくとも王宮上層部や神殿内部の人間は悟っていた。
だから彼らにとって召喚の儀は聖女の最後の有用な使い道だ。
これで人の大事な義妹を攫うも同然に連れて行った連中と縁が切れるのは幸いだ。
どうせ魔法は失敗に終わる。
……ん?
でも待てよ?
失敗したら義妹に非難の矛先が向くんじゃ?
俺が助けて無事に戻れば尚更に。
広く顔が知られた以上何食わぬ顔で故郷に戻るのもできない。
遅かれ早かれ周囲が気付いて騒ぎ立てるに決まっている。
じゃあどうする?
異世界に暮らすのは、嫌がるだろうしなあ。
沈思黙考。
……俺が向こうで適当に誰かを勇者として選んでくるとか?
いやいやそんなの異世界転移の説明とか面倒だし、命の責任なんて取れない。
だけど、方法はそれしかないような気がする。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます