ねえお兄ちゃん、ちょっと異世界まで行って来て?4

 数日後。

 状況は俺の予想を超えた。


「リディアさん、あなたを聖女候補として王都にお迎えしたい」


 来なくて良かったのに戻って来た神官長は恭しくそう言った。


 またもや彼らの前には出なかった俺は壁に耳を当てた典型的盗み聞き姿勢で絶句する。


 はっ!? 何だって!?


 ――せい……じょ……聖女!?


「申し訳ないのですが、本日私どもと王都にご同行いただきたい」

「え……今日の今日に、ですか?」

「はい。王宮で決まったことでもあります。出来るだけ早急にあなたの同席で行いたい儀式があるのです。残念ながら魔王軍は一日だって手を緩めてはくれないので」

「儀式? それは一体……?」


 さすがに戸惑う義妹いもうとに神官長は真面目腐った声で唸るように告げた。小さな壁の穴からわざわざ見なくても、きっと神官長は重厚さと厳しさを煮詰めて固めたような面の皮を義妹に向け、要請を受け入れるよう諭そうとしているんだってわかる。礼拝でも始めそうな彼の穏やかな口調からもそれは明らかだ。


「召喚の儀、ですよ」

「召喚の儀……召喚魔法ということですね」

「ええ」


 一瞬義妹は警戒するように口を閉じた。


「一つお訊きします。何者を召喚するおつもりですか?」


 げっまさか大魔法使いとか言わないよな?

 そんなことになったら俺召喚されちゃうかもだろ?

 回避のためにもこの世界に他にもいてくれ古の大魔法使いマローンレベルの魔法使い!


 ま~召喚魔方陣が俺のとこ来たら、ソッコーでぶっ壊すし足付かないようにするけど。


 神官長は一つ呼吸の後に告げた。


「――勇者です」


 と。


 案の定おおお……って、ああ何だ勇者かよかったよかった。

 ん? でも勇者の立ち位置は昔と今じゃ大きく異なるよな。

 使えねえ~ってはずだったと思うけど。


 義妹もそこは疑問に感じたらしく小首を傾げた。


「勇者ですか? けれど役に立つのでしょうか?」

「直接的な戦闘の役には立ちません」


 神官長バッサリだなおいッ。

 わかってても突っ込んじゃったよ!

 魔王討伐とかやる気出してる勇者がこの場に居なくてホント良かった。

 戦意喪失かつ心に甚大なダメージを受けちゃうところだったよ。


「ですが、使い道があるのですよ」


 え、あのー、ちょっと神官長さん? ふっと人の好い笑みを浮かべて勇者の使い道とか言って欲しくないよ。

 悪役かッ。


「もはや大魔法使いそのものを闇雲に探すより、異世界から勇者を召喚し勇者に大魔法使いを探してもらった方が早いと、神殿会議で満場一致で結論が出たのです。その結果を王宮に持っていきそこでも異議は出ませんでした」


 歴史を紐解いてみると、勇者の元には何故か必要人員が集う。

 その中には必ず大魔法使いがいた。


「勇者が育つのを悠長に待っている余裕はないのです」


 しつこく何度も復活を遂げる魔王を打ち倒すのは勇者と相場が決まっていたけど、時間的に今回は大魔法使いの超絶凄い魔法でさっさと仕留めてくれと言うわけだ。


「そうですか。でもどうして私が同席する必要が?」

「あなたには異世界を引き寄せる何かがおありです。今までここまで異世界の気配の濃い者はおりませんでしたので、失敗続きだった召喚魔法が成功すると踏んだのです」

「私が異世界とのリンクを促すとお考えなのですね」

「その通りです。あなたは美しいだけではなく聡明でもあるのですね」


 ピーンと感じるものがあって壁の穴から覗き見れば、流し目を送る神官長の姿はまるでオジ様が若い娘を口説いているようにしか見えない。

 ……中々やるなあのおっさん。

 今回も傍で話を聞いていた両親は、触発されたのか互いに見つめ合い盛り上がって顔を近付け……おいっ場の空気を考えてくれ!!


 一方、歳の差ラブ勃発かと何故か焦る俺の視線の先では、


「ふふっ、嬉しいお言葉ありがとうございます」


 チヤホヤに慣れている義妹がそつなく対応していた。

 神官長の方も口説くつもりなんてなかったようで「このお茶菓子美味しいですね。どこのです?」と話題をさっさと変えていた。

 あの人無自覚たらしか?


 ってそれよりもちょっと待て、確実性のない召喚魔法に義妹を巻き込むつもりなのか!?


 召喚魔法には負の側面がある。

 失敗したらどこともわからない場所に飛ばされる。それが召喚魔法の負の代償だ。

 大体、今までも成功していなかったなら相応の術者がいないって事だろ。

 次も失敗するのは目に見えている。

 義妹は魔法使いでも武芸者でもない。

 もしも見知らぬ土地に飛ばされたら命の保証はない。

 冗談じゃない。

 そんなのは駄目だ。


「わかりました。その儀式に同席致します」


 なっ……!

 抗議しようと部屋を飛び出そうとした俺の耳に、義妹の凛とした声が届いた。


「ただ、条件があります。結果がどうなるにせよ、ここに来るのはこれっきりにして頂けませんか? この村は長閑な場所です。前回もですがこの度の大人数での訪問に村一同が驚き戸惑っています。村の皆には心穏やかに過ごして欲しいのです」


 神官長が窓の外に心配そうな顔で様子見に来ている村人たちを見つけ頷いた。


「確かにお騒がせしていますね。わかりましたお約束しましょう。こちらとしても無駄に人心を乱すのは本意ではありませんので」

「ありがとうございます」


 義妹は深々と頭を下げた。

 これできっともう神殿関係者は来ない。

 いつも通りの静かな村に戻る。


 義妹の気遣いに俺は言葉を失った。


 村人のためだけじゃない。

 今もこうして隠れている卑小な俺が神殿の誰かの目に留まる危険性をも排したんだ。


「では、今は昼時なので、陽が傾くまでにはご支度をお願いできますか?」

「わかりました」


 義妹は話を聞くうちにある程度の心を決めたんだろう、実にあっさりとした返答だった。

 ホント可憐な見た目に似合わず度胸がある。


 感心だ。

 けれど、歓迎はできない。


「そういうわけだからお父さんお母さん、私ちょっと王都まで行ってくるね」

「あなたが決めたことなら反対はしないけれど……」

「リディアちゃんは本当にそれでいいのかい?」

「うん、いいの」


 いきなりの上京話に動揺する両親へと義妹はにこやかに頷いた。

 心配顔ではあるけれど、もう覚悟を決めた娘の決断を両親は尊重するようだった。


 支度の時間、神官たちは家の外に出て行った。家族と過ごす時間への配慮だ。


「リディア!」


 ノックもせず義妹の部屋に入った俺は、衣類を鞄に詰める義妹の姿に入り口のところで立ち竦んだ。


「も~、レディの部屋にノックもなしで。お兄ちゃんどうしたの?」


 当然気付いた義妹が少し呆れたような表情を浮かべた。

 俺は口を開いては閉じ二、三度言い淀んでから、無駄に力んで言葉を絞り出す。


「リディア、逃げよう」


「え?」

「そうだよ、どうせなら二人で異世界に逃げよう!」


 唐突過ぎる提案に義妹は動きをピタリと止めて俺を凝視する。


「二人で、異世界に?」

「そうだ。そこなら魔物との戦いとは無縁だし。親父と母さんには俺が事情を話すから。だから俺と二人で異世界で暮らそう? リディアが戻りたい時は自由にここに戻れるようにするよ」


 義妹は驚いたように目を瞠っている。

 戸惑っているのは理解できる。

 答えを待つ俺の眼差しに義妹の瞳が揺れる。


「それは、ずっと、兄妹として?」

「もちろんだ」


 安心させたいと力強く頷いた俺の言葉に、彼女は困ったように……いやむしろ、どこか落胆して笑った。


「……だったらどっちにいても同じだよ」


 同じ?

 どう言う意味だろう。


「私はお兄ちゃんが好きよ」

「はははブランコだな!」

「ブラコンでしょ」

「ああそうそれ」


 俺の言い間違いに、どこか張っていた空気が弛んだ。


「えーあはは大好きなんてその顔で言われたら思わず赤面しちゃうだろ~」

「今のお兄ちゃんって、三歳の愛娘から結婚しようって言われた時の隣のおじさんみたい」


 義妹は今度は笑みの中に諦めのようなものを浮かべた。


「はあ、何かもう私別に聖女になってもいいかも」

「え!?」


 義妹は拗ねたような顔を作っている。


「冗談でもそんなこと言うなって! 聖女なんてハードワークこの村にほとんど帰れないかもしれないんだぞ? 会いたい相手に自由に会えなくなるかもなんだぞ? 下手すれば出家同然なんだぞ!?」

「そうよね。でも、ううん、その方がいいいのかも」

「は!? 何で!」

「吹っ切れるかもだから」


 吹っ切れる?


 それはつまり……。


「なななリディアには好きな奴がいるのか!?」


 初耳だ。


「いるよ。けどどうせ脈なしだし」

「脈なし!? ふざけるな誰だそいつは! お前をどこの誰が好きにならないって言うんだよ!」

「お兄ちゃん」

「ん? 何だ? お兄ちゃんはお前のこと大好きだぞ!」

「…………お兄ちゃんの、バカ」

「何で!?」


 義妹は一時、酷く見放したような目で俺を見た。

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