ねえお兄ちゃん、ちょっと異世界まで行って来て?2
「ええと、頼まれたスイーツの店はどこにあるんだ?」
四角く広い屋上の縁に沿うようにゆっくり闊歩しながら、道具袋から表紙のカラフルなスイーツ雑誌を取り出した俺は、折り目の付いているページを開いた。
「あ、読めない……。そうだ文字翻訳しないと駄目だった……」
立ち止まって魔法発動。
ふむふむ○○区○○町2丁目1ー2ー3?
「ってどこだよ」
思わず脱力。
地名や番地なんてさっぱり覚えてないし、土地勘が全くないから苦労するんだよな。
「またタクシーとやらを捕まえて行くしかないか」
いつだったかはタクシーで4時間かかった。
こっちの通貨での金額も結構高かったっぽい。魔法で飛べばタダだし楽かもしれないが、如何せん道を知らないのでそれも却下。
転送魔法も転送先の座標がまったく想定も理解もできていないので不可。
俺の魔法能力がここまで役に立たない世界には、辟易を通り越して感動すらした。だってここでは俺は普通人同然なんだよ。
「今日の場所はこの出口から近いといいなー」
毎回異世界転移して出た場所から近いとは限らない。
とりあえず俺は周囲の高層ビルを目で一巡すると、他者からの視線が向けられていないのを確認し手摺りを飛び越えビルの縁から身を躍らせる。
地上までの高低差を一瞬にして移動した。
勿論落下じゃなく瞬間移動という魔法で。
魔法というものには世界の垣根は関係ないのか、こっちでも難なく使える。
突然歩道脇の植え込みから出てきた俺を見て通行人が何人か驚いていたけれど、俺は好奇の視線を気にせず辺りを見回し、
「あ、忘れてた」
植え込みに逆戻りした。
元の世界の村人服のままだった。
道理で注目を浴びるわけだ。
こっちだと中世という時代の服装に酷似しているから変な目で見られるようだ。
そこらの通行人の男を参考に服装チェーンジ。
※残念っ、俺の華麗な変身シーンはございませんッ。
俺はチェックのシャツにジーパンという出で立ちになった。
そこに背負い鞄と眼鏡も装着している。
周囲はそんな人間が多く歩いていたから、問題はないだろう。髪型もキノコみたいにした。
事今回に関して、買い物は順調だった。
転移した場所からその店が近かったのも幸いだった。
タクシーで10分で着いて、早速お買い物完遂。
今度は相場を勉強していた俺は、適度な量のプリンを入手。
これでミッション完了だ。
あとは戻るだけなんだが、荷物も軽めなのでこの際観光でもしようかと、最初に立ち寄った界隈に戻って色々と見て回った。
で、思った。
すげえよ、ここは!!
OTAKUだかの街だった。
俺が最もはまったのは妹モノ。
見た目も中身も可愛い妹に癒される。
家にいるのは時々怖いから、完全なる可愛い妹は俺の心をどうしようもなく打った。
「妹萌えか。わかる……! 日本の文化は神だな。自分で買って来たお菓子を半分こしてくれる兄想いの妹ッ……――いい! 帰宅時間が一秒でも遅い日は涙目で出迎えてくれる素直で心配性で泣き虫な妹、これも――最高だ! 何で今まで表面の可愛さだけでよしとしていたんだ俺は……!!」
俺は貪るように色々な本を手に取り封がしてあろうと透視と速読魔法で読破。
「ん? こっちは義妹と……? ――なっ、いいのかこんなこと!?」
鼻血を堪え、そうして数々のグッときたグッズを購入した。
妹にグッとくる商品が複数形で妹グッズ。
俺は勝手にそう解釈した。
すっかり満足行くまで堪能して元の世界に帰ると、
「やっと帰ってきたあ! もうっ遅いよお兄ちゃん!」
義妹の部屋で、義妹がプンスカ怒っていた。
さすがに涙目じゃないが、どこかホッとしたようでもある。
あれ?
この展開はまさか今日読んだ完璧萌え妹の……?
「にやにやして不気味だよお兄ちゃん。向こうで笑いダケでも食べた? ……それとも向こうに可愛い子でもいた?」
やや笑みながら木の椅子の座ってこっちを見上げているのに、何故だか見下ろされている気分になった。
危ない危ない早合点だった。
でもこの子は怒った顔でも超絶可愛いな。
……時々恐いけれど。
義妹を語るとき「時々怖い」は俺の中での定型句や枕詞のようなものになっている。
だから会話の中で俺の口からその言葉が出てきたら、十中八九義妹を指していると思っていい。
ああ、両親再婚前の顔合わせ時のしおらしさは一体何処に行ったのか。銀河の向こうかなー。
けれどまあこの素の義妹の方が気楽でいい。
「ねえってばお兄ちゃん?」
ああ怖い怖い。
そのアルカイックスマイルやめてくれ。
「いやその、思ったよりスムーズに買えたから良かったなと。あと向こうの文化調べるのに熱中して時間忘れてたのは反省してます」
「何だそうなんだ。でも本当だよ。お父さんたちに不在を誤魔化すの大変だったんだからね?」
異世界に行ったら向こうで過ごした時間と同じ時間こっちでも経過する。
何度も行き来するうちにそんな法則を発見していた。
窓の外を見るともう夕暮れ。
「――女の子たちのいるお店に行ったから遅くなるかもって誤魔化しておいたからいいけど」
よくないだろそれは!
何それ! 何その誤魔化し!? 不在理由として一番駄目なやつの典型だろう!
「君さ」
「リディア」
「え?」
「君ってなんか他人行儀! 家族なんだからいい加減もうリディアってちゃんと名前で呼んでほしいんですけど?」
上目遣いで俺を恨めしそうに見て来る義妹。
何か、ヤバいな。
そうされるとソフトライトとキラキラ効果と今日漫画とやらで見た背景に咲く花の効果で目を開けていられないじゃないか。
つまり、女神級に眩しい。
「遅くなって悪かったよ。ほらこれ頼まれてたやつ」
機嫌取りではないけれど、スイーツ店の紙袋を差し出す。
またスイーツとは、女子はどの世界でも甘い物がお好きらしい。
今日行った店にもたくさんの女性客がいた。
俺はかなり浮いてたと思う。じろじろ見られたのが良い証拠だ。終いには数人が何かこっちに近付いてきたから素知らぬふりをしてトンズラこいたよ。
「あ! そうだった。ありがとうお兄ちゃん! さすがお兄ちゃん魔法でまだ冷えてる」
「そりゃあな。そのまんまだと傷むし」
ご機嫌になった義妹はいそいそとテーブルの上で袋を開けた。
「ねえ、食べていい?」
「リディアのなんだし、自由にしていいよ」
「やったあ」
感情のままの素直な笑みを浮かべて袋から箱を取り出し、6個1セットで箱詰めされたプリン本体を取り出すと、義妹は早速一緒に入れてあった透明素材のスプーンで食べ始めた。確かプラスチックとか言う物質だ。
「うーんとろける~。お兄ちゃん」
「ん?」
木のテーブルの向かいに腰をおろしてぼんやり眺めていた俺に、義妹がプリンを掬ったスプーンを差し出してきた。
「はいあーん」
…………何だ、これは?
今日見て来たばかりの神妹シチュか!?
「は? いやいいよ俺は」
「皆さーんお兄ちゃんって魔法使いなん…」
「わーッ! 頂きます頂きますいっただっきまあああ~すううう!」
どう言う風の吹き回しか、今まで一度だって分けてくれた試しのなかった義妹が俺にスイーツを分けてくれている。
焦って急いでパク付いた俺は至高の甘味が口の中に広がる至福の時を味わった。
叫ばれるのを止めようと必死過ぎて義妹と間接キスだと考える暇もなかった。
目を見開き急に大人しくなった義妹に胸を撫で下ろしつつ、俺はこの世界仕様に戻した道具袋(向こうではリュック)から雑誌を取り出す。
そういやこれも俺が以前に頼まれて買った物だったな。
「これ返しとくよ」
「つ、次も宜しくね」
「はいはい」
まるで噛みしめるように残りを口に運んだ義妹が、二つ目のプリンを開けて食べ始める。
「リディア夕食前だろ。お腹一杯で夕食食べられなくなるよ?」
「あ、甘い物は別腹なのです~。ところで、そんなに異世界文化は楽しかったの?」
「まあな。目から鱗だったよ。こっちにはない常識や素晴らしいアイテムが盛りだくさんだった」
「たとえば?」
俺はテーブルに肘をついて指を組んだ。
「そうだな。異世界日本では義理の兄妹って結婚できるらしい。こっちでは義理でも駄目だけど。――なあ、リディアは俺のことをどう思ってる?」
間。
義妹の表情はそのままフリーズ。
「あ……いや……ごめん、冗談なんだけど」
「……――ふふっ、お兄ちゃん寝言は人生百年もう覚めない眠りに就いてから言って?」
「す、すみません」
こ、声に抑揚が全くなかっ……っ。
ほ、微笑んでるのに目に殺気があっ……っ。
そそ、そうか、死ぬまでその件に触れるなって意味か。
……つまり俺は君に惑わされる心配はないんだな。
「お兄ちゃんはすぐにそういう無駄な物に流されるんだから。妹としてはちゃんと自分の意見を持ってほしいなあ」
「何だよ。無駄じゃないって。今まで考えもしなかった新たな境地に出会ったんだし」
「へえ……考えもしなかったんだ? お兄ちゃんらしい」
声の調子はいつも通りに戻ったものの、何故に笑みの圧力が増しているのか……。
美少女から凄まれるってたじろぐよな。
身内でもさ。
義妹は俺の方に身を乗り出すとプリンをまたあーんしてきた。
「は? 何? まだ食べろって?」
無言の首肯。
何何何何?
見てない隙に毒物でも入れた?
「お兄ちゃんは好きな人作らないの?」
逆らわずにむぐむぐごっくんした俺は瞳に疑問符を浮かべる。
「何を唐突に。そりゃまあ綺麗な子は好きだけもぐもががが」
「この面食い~」
無理無理スプーンを口に突っ込んで来て楽しげにする義妹。
痛いっ、痛いって。
それでも傍から見たら聖女が餓えた弱者に奉仕しているような絵になってるに違いない。
「うふふっ美味しいよねもっと食べて~」
何度も容れものと口とを往復するその給仕の手は神の手もかくやだった。
ちょっ高速過ぎて離脱できないんだけど!?
「あ……もう空……。美味しかったお兄ちゃん?」
た、助かった……。
プリンで窒息死は免れたみたいだ。
コクコクと首肯し声なき感想を返す。
「そ? だってお兄ちゃん好きそうだと思ったんだ~、これ」
俺の口の周りに付いたカラメルソースをほっそりした白い指先で掬い取り、ぺろりと嘗める。
満足気な口元の艶っぽさが半端ない義妹を何とも言えない気分で見据える俺は、意味がわからないまま困惑顔。
正直、色々と心臓に悪かった。
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