オッドアイの偏執5(恋愛 ヤンデレ?)
「どどっどうしてそんな酷いことを言うんですか?」
「酷い?」
「だって!」
思わず声が咽につっかえるように乱れ荒くなった。
「ジェイル様には婚約者がいるでしょう! あなたもカイみたいに私を側妾にするなんて言い出すんですか?」
「何だって? 彼は君を側妾にすると? そう言ったのか?」
「ずっと前にですけれど」
ジェイル様はどこか微妙な顔をした。ここには居ない誰かに仄かな同情を感じているようでもあった。
「きっとその男は……っていやいや何故俺がそいつの弁護なんぞを……」
「ジェイル様?」
「ああいや、ともかく、ハッキリと言っておくが俺は二人と妻は要らない。たった一人、ミモザだけでいい。婚約者とは君のことだ」
「はいい!?」
信じられない思いで何度もパチパチと瞬けば、身を起こした彼から手を貸されて起き上がった。彼は私の首に掛かる金の指輪を指先で掬った。
「この指輪がその証だと手紙に書いたのだが、まあそもそも読んでいないのなら誤解するのも仕方がないな」
「え、え? それじゃあこれって婚約指輪?」
「そうだ。俺も両親からこれを受け継いだ。妻になる人へ渡すようにってな。俺の方にもそれと揃いの指輪がある。これは代々王家に伝わる物で、貴金属的な価値は高が知れているが、婚約期間中は二人でこれを身につけるのがしきたりだそうだ。だから君も俺と結婚したらこれは外して保管して、その後しかるべき時期が来たら俺たちの子に渡してほしい」
そんな未来が本当に来るの?
子供たちとのそんな光景を想像したら、涙が溢れるくらいに幸せを感じた。
「どうして泣くんだ」
「それはだって……」
嬉しくて、と言おうとした矢先、
「お母さんどこ~? 寝る部屋~?」
「マミー、遅いからカイ君と迎えに来たよ~!」
「ミモザ~? いつまでも何やってるんだよ?」
小さな靴音たちが部屋に駆け込んできた。大人の足音も。
見ればそこには子供たちとカイの姿があった。
「あ! お母さんを苛めるなー!」
「ああ! マミーを泣かせた悪い人は今すぐ出ていくのー!」
「おいお前誰だよ! 泥棒か!?」
彼らはよりにもよってベッドの上で泣いている私を見て、ジェイル様へと射殺しそうな目を向けた。
「まさか双子……? ああ、だから二人って……。片方はてっきり何かの縁での養子なのかと……」
驚き過ぎて上手く声が出てこなかったのか、やや掠れた声のジェイル様は一度の逢瀬で子供が二人っていう私の言葉をこれで納得したようだった。
「誰かと思えば、王太子殿下でしたか。……俺の妻を放して下さい」
声を低めたカイの言葉にジェイル様は瞬き一つで冷笑を浮かべた。
「フッ誰が誰の妻だって? 君らは結局のところ結婚していないだろう。それにミモザは俺の婚約者だ。君はそうと知っているんじゃないのか?」
「……何の事です?」
子供たちはカイから庇われるようにしていて、幸いジェイル様に飛び掛かってくる様子はない。良かったわ。悪い人だって怒っていたけれど、ジェイル様の容姿を見て二人で顔を見合わせて首を傾げて困惑している。
でもホッとは出来ないわ。何せ男同士で一色即発って感じなんだもの。
「俺から彼女への手紙を意図的に破棄したんだろう?」
「……さあどうでしょうね。郵便事故なんて珍しくもない。単に届かなかっただけでは?」
今、確かにカイの視線が動揺に揺れた。
後ろめたいことを見抜かれて、それを必死で隠し通そうとする時みたいに。
長年接してきた私には、彼の態度からそれが事実なんだってわかった。
「カイ……あなた……」
私の顔付きから全部悟ったと向こうも察したのね。
直前までの敵意は鳴りを潜めてバツが悪そうに表情を沈ませた。
「ミモザが高貴な誰かに弄ばれていると思ったからだよ。まさかあの手紙のジェイルって男がそこのジェイル殿下だとは思いもしなかったけどな。けど王太子殿下なら尚更だ。遊ばれて捨てられる前に俺の所に来いよ」
「あなたねえ……」
こうも潔く認められちゃったら、怒る気も失せちゃったわ。
だけど、遊ばれる……か。傍から見たら、カイじゃなくてもそう見るわよね。
恋人でもなかった十五の私を孕ませて、その後一度も会いに来ない男なんて、世間はそう取る。私の方も淑女の貞節の観点からは決して褒められなかったけれど、それでも後悔はしていない。
だって、愛しい人と同じ目をした小さな二人に出会えたんだもの。
私がカイに怒りそうな気配でも感じたのか、カイ大好きっ子たちはやや不安そうにして見てもいた。
しょうがないなあ……。
でもこれっきりよ。
「わかったわ。もう過ぎたことだし、その件でカイを責めたりしない。私を心配してくれたんでしょ。だからその気持ちに免じて追及しないわ」
カイは驚いてその次にちょっと期待を目に浮かべた。
「だけど、カイとは結婚できない。ごめんなさい」
がっくりと肩を落とした。
「……殿下に嫁ぐって言うのか?」
「どうするにせよあなたには嫁がないわ。だけど子供たちごと私を受け入れてくれるって言ってくれたことはとても有難かった。あなたの思いやりに救われた部分があったのは本当よ」
「わかってるのか? 前は単なる一王子だったけど彼は今や王太子なんだ。嫁に行ったって王宮みたいな恐ろしい所じゃミモザが苦労するのは目に見えてる」
「勝手に決めつけないでもらおうか。俺の手紙がきちんと届いていれば彼女だってここまで大変な思いはしなかった。送った手紙の中には、彼女への金銭的な援助に関してのことなんかも含まれていたんだ」
さすがにこの言いようは気が障ったのか、ジェイル様が不機嫌な声で言ったけれど、この証言にカイは目を瞠ってどこか気まずそうにした。
「さては中身を読みもせずに破棄したな?」
村での私の生活状況をずっと見てきたが故に、私のためと心配しての行動が裏目に出ていたと悟ったに違いなかった。
「……ミモザ、ごめん」
悔いたような声音で俯いて、カイはじっと堪えるようにしたかと思えば、しゃがみ込んで子供たちの背に手を添えて、前に押し出した。
「よーく聞けよ。あの方がお前たちの本当の父親だよ」
「「え!?」」
自分たちの特徴と酷似している相手なんだもの、小さいながらも気になって仕方がなかったのね。
それにジェイル様の方も、子供たちを見て頬を緩めた。
だって本当に誰の子かは一目瞭然だものね。
喜んでくれているのが素直に嬉しい。
「今日の所は引き下がってやるよ。でも諦めたわけじゃないからな!」
きっと彼なりに反省して譲歩してくれたのね、カイは強がりの捨て台詞を口に部屋に背を向けた。
何となくだけれど、彼は私との結婚を取り下げるんだろうって思った。
「お母さん、本当にこの人がお父さんなの?」
「マミー? そうなの? お目目が一緒だからお父さんなの?」
もしも否定したってきっと信じないわよね。
だけど、さっきまで私が泣いていた姿を見ている二人は、ジェイル様への警戒と言うか疑いがまだ滲んでいる。
その眼差しにちょっとどこか拗ねたようにしているジェイル様の姿が、どことなく子供みたいに可愛く見えて、ついついくすりとしちゃったわ。
「お母さんは意地悪されていたわけじゃないから、大丈夫よ。カイの言っていた通り、そうよ、この方があなたたちのお父さんなの」
そう言ったら、安堵と好奇心を閃かせて子供たちはベッドに飛び乗ってきて、しかも二人から思い切り遊具か何かのようによじ上られて、ジェイル様ってば子供の元気の良さに呆気に取られていたわね。
「大きなサプライズを一度に二つももらえて、最高にとても幸せな気分だ」
そんな風に言って破顔したジェイル様としばらく遊んだ後、子供たちはやっぱりお腹が空いたって言ってカイの家に行くと言い出した。
実はジェイル様の宿泊先は村で一番大きなカイの家の、賓客用の離れを貸切ってでもあったから、どちらにしろ戻らないといけなかったみたいで「護衛たちも心配しているだろうし、皆で行こう」って彼はしれっとして言った。
ああこれはカイに見せ付ける気満々よね。
まあごめんねカイって思いつつも、彼のしたことを思えばお相子よって思いもあって、私も「子供たちのためだしね」と行くことにした。
ご馳走だーって大喜びで玄関へ向かう二人を目で追って、ジェイル様は一時的に二人きりになった寝室で私の前に跪いた。
「え? ジェイル様?」
「ミモザ、俺と結婚してくれますか? ……ってきちんとプロポーズしとこうと思って」
不意打ちの真摯さに、その乙女の憧れの場面に、頬が熱くなる。
「ミモザ、返事は?」
一呼吸ののち、私は大きく頷いた。
「はい、喜んで」
はにかみを浮かべて差し出されたその手を握り締めれば、飛び上がりそうなくらいの喜色を浮かべたジェイル様からタコの吸盤みたいな長い頬ちゅーをもらった。
え、答えなんてわかり切ってたんじゃないの?
喜び過ぎじゃない?
戸惑いを正直に口に出せば、ジェイル様は意外にも真剣な顔で横に首を振った。
「さっき彼にはどうするかを明確に答えず敢えて濁していたようだから、もしかして振られるかもしれないと思っていたんだ」
「あ、ええと、不安にさせてごめんなさい」
「何故謝る? もしも今駄目でも、俺は何度だって君に愛を囁き、君の愛を乞うつもりだった。……それこそやっと手に入れたこの地位で出来得るどんな手を用いても」
「……ええと?」
彼の声と眼差しに、どうしてか一瞬ぞくりとして、頭の先から手足の先まで、目に見えない鎖に絡め取られた気分になった。
鎖で繋ぐだなんて、この人がそんな危ないことをするわけがないのに、私ってばおかしなの。
それに、そんな鎖はきっと苦い反面甘過ぎて、絡まったら最後だわって感じた。
ジェイル様には危うい暗がりは似合わない。
光の中で笑っていてほしい。
もちろん私の隣で。
「ジェイル様、その……心配なさらなくても、私はあなたが大好きですよ?」
好きという言葉に自分でも照れながら告げれば、思いもかけず頬を染めた彼から堪え切れなくなったように怒涛のキスを見舞われて、その糖分過多な愛情に、今から出掛けるって言うのに歩けなくなりそうだった。
その後、王太子一家の肖像画には双子の長男長女を筆頭に、王国史でも稀に見る子沢山家族の様子が輝く笑みと共に描かれていたと言う。
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