オッドアイの偏執4(恋愛 ヤンデレ?)
え、え、どうして睨まれるの?
持っていたならもっと早く返せこの女って思ったの?
でも、あなたの正体を知ったのはつい最近だったんだもの。連絡の取りようもなかった。
ちょっと困ったようにすれば、ジェイル様は何だか無念そうに溜息をついた。
「確かに、足場固めに忙しくて一度も直接来なかった俺も良くなかったが、待っていてくれと言ったのに。手紙だって出したんだぞ」
「え?」
……手紙?
「知らないです。私にお手紙をくれていたのですか? いつ?」
「毎月ずっと。住所は書かなかったが、名前だけでわかるだろうと思っていたが、俺からだとわからなかったようだな」
「本当に、出したのですか?」
「嘘を言ってどうする」
「ですけれど、私の手元には一通たりとも本当に届いていません。いくら私でも届いていればわかりました」
「何だって?」
ジェイル様はしばし言葉を切った。
「何者かに妨害されたのか?」
「妨害、ですか? ……そんなことをして何になるのかしら」
心底不可解そうに独り言を呟けば、ジェイル様は再びやや怒ったような面持ちになった。
「君は自分がわかってないんだな。その赤い瞳で疎んじられたと言っていたが、子供の頃は皆が無知なだけだ。今の君を見て瞳が赤いからと煙たがる男はほとんどいないだろうな」
「ええと、どうしてですか?」
「君が美しいからだよ。俺が二度目惚れしたくらいには」
「……え?」
「また君に惚れたと言った」
とぼけているわけじゃなく、私は本当に彼の言葉の理解に苦しんだ。
「ご冗談が上手いですね」
「君はもしかして相当……」
鈍いとか小さく聞こえた気がした。
彼はどこか愕然としたようにしていたけれど、また思案してはたと何かに思い至ったかのように改めて私を見下ろして不可解そうに眉をひそめた。
「一つ訊くが、結婚するはずの男と肌を重ねた直近の日からどれくらい経つんだ?」
「な!? ななな……ッ、カッカイとはまだそういうんじゃありません……っ! もちろん他の誰とも!!」
目一杯叫べば、彼は思いもかけなかった幸運でも掴んだように呆けた。
「は? え? 何だ、そうなのか? そう、だったのか……だからこんなにも――……」
綺麗なのか、なんておよそ想像もしていなかった言葉が聞こえた。
何が綺麗なの?
よくわからないけれど安堵の声と共にじっとはだけた素肌を眺め下ろされて、とうとう羞恥に限界が来て涙が滲んだ。
どうしてこの人はこんな真似をするの?
黙って姿を消して以来ずっと会いに来なかったのは、きっと私のことなんてどうでもよくて忘れていたんだって思っていたけれど、本当は違うみたい。
でもこんな仕打ちをされるいわれなんてない。
「……悪かった」
「え……?」
「だから泣くな。泣かないでくれ。俺はどうやら頭に血が上っていたらしい」
私を無理やり剥いたくせに、彼自ら前を合わせてくれてリボンまできちんと結んでくれた。
何がしたいのかさっぱりわからない。
「しかし、そうすると君に二人も子がいると言う話と矛盾する」
「……」
二人のことはこれ以上知られたくない。
ここに実の父親がいるなんて教えたくない。
だってきっとこの人は帰ってしまうだろうから無駄に期待を持たせたくなかった。
カイが慈しんでくれるなら、それで十分だって思うもの。
「何歳で、どこの誰の子だ?」
「で、殿下には関係な…」
「嘘は言わないでくれ」
きつく抱きしめられた。
こんな風にされたら嫌でも心臓のドキドキが伝わっていると思う。でも無体を働かれて怖くて動揺しているからだって言えば通じるかもしれないけれど。
人間の大きな掌に握り込まれた小鳥みたいだって、どこか自嘲的な滑稽さに自分への失笑が漏れた。
だけど小鳥だって、大好きなご主人の手になら握り込まれても安心するかもしれない。
こんなにも愚かな私みたいに。
「放して下さい。本当にあなたとは関係ないんです。あなたに不利になるような証言は致しません。ですからどうか安心してお帰り下さい」
私の静かな言葉に、肩を掴んで私を離したジェイル様は、苦痛を我慢するような表情を浮かべている。
「あの夜君の心は確かに俺にあった。今はもうないのか?」
それは意地悪な質問だわ。
私がまだお慕いしていますって言っても、きっと忘れろって言うのよね。
「ジェイル様こそ婚約者を迎えに行くのだと、新聞で読みました。ここへはその途中に立ち寄っただけなのでしょう? 私のことはどうかお気になさらず、その婚約者の元へお行き下さい」
ギュッと拳を握り締め努めて落ち着いた声を出せば、彼は再会して初めてどこか力を抜いたように苦笑した。
ようやく知っている彼に会えたみたいで胸が詰まった。
「ミモザ……そんなべそを掻きそうな顔で言われたら、もうどこにも行けそうにない」
えっ!
そんな顔してた!?
「べ、べそなんて掻いていません!」
「そうだな。掻きそうな、と言ったんだ」
どこか
「そうか、君はそう言う顔で怒るのか。知らなかった」
ついさっきまで怒っていたくせに満足そうなのはどうして?
「もう一度訊く。子供は誰の子だ?」
「…………あなた以外の人のです!」
「そうか」
急に顔を近付けられてまたもや強引にキスされそうになって、焦って避けたらベッドに倒れ込んでしまった。
「君はやっぱり昔から、ちょっと警戒心が足りないんじゃないか? まあ俺へそうな分には全然構わないが」
逃げられないように顔の両脇に手を突かれて見下ろされる。
ああ私の間抜け~……。
「ど、退いて下さい」
「断る」
「私はカイと結婚するんです。指輪は返しますから退いて下さい!」
「駄目だ」
「お願いですから退いて下さい……ッ」
必死の懇願に、ジェイル様はフッと得意そうに口元を和らげた。
「どこの馬の骨とも知れない男の子を産んだというなら、今度は俺の子を産んでくれてもいいだろう? 俺には、君が俺の子を身ごもるまで君を誰にも会わせないことだってできる」
「――っ」
凄く酷いことを言われているのはわかった。
けれど私を傷付けようって意思を感じられなかった。
彼は私の必死の嘘も見破っているんだと思う。
それに私も私よ。
どうかしているわ。
だって、さっきも必死で駄目だって思って抵抗したけれど、心の奥底ではジェイル様が恋しくて愛しくて、またあの夜みたいに触れてほしいなんて思っていたんだもの。
今だってこうやって組み敷かれて嬉しがるなんて馬鹿だと思う。
彼には婚約者がいるのに。
カイとだって結婚の約束をしているのに、本当に最低だと思う。
でも好きって気持ちはまだ全然消せない。
こんな時に現れるなんて卑怯よ。
彼にそんなつもりはなくても掻き乱されてどうしようもない。
「俺を横恋慕している男だと思っているのか?」
「そ、そういうわけでは……ってええ!? 横恋慕!? え、ええと誰にですか!?」
「……」
ジェイル様は一瞬物凄~くダメ出ししたそうな目で私を見つめたけれど、何事もなかったかのように話を続けた。
「言っておくが、――横槍を入れてきたのはそのカイという男の方だ。調べればすぐにわかるだろうが、おそらく君への手紙が届かなかったのも、誰かが……おそらくその男が故意にそうしたんだろうな。歓待されたが、奴は村の有力者の息子らしいし、そんな小細工なんて造作もないだろう」
「まさかそんなことまでは……」
「俺が同じ立場だったなら、やる」
「えっ」
一瞬耳を疑った。
「ご冗談ですよね?」
「さっきから君はホント何なんだ……。冗談に聞こえるのか? 俺はそれくらい君に執着がある。二人でいる時間がまだまだ全然少ないのにここまで心に住み付く君が、実はちょっと恨めしいくらいには大好きだ」
「だい!? ……え? 好き!?」
「あの晩も慣れているはずの酒くらいで自制が利かなくなるとは、自分でも思わなかったんだよ。今ここで手に入れないと後悔するってそう思ったし、それくらいに君が…………はあ」
ジェイル様は悩まし気な溜息を吐き出した。
一体どうしたって言うの?
まだ悪い冗談を続ける気なの?
しゅんとなった私が全く微塵も彼の気持ちを理解していないとでも思ったのか、彼は「何だか不公平だな」なんて口にして、何を思ったか耳元に唇を寄せてきた。
「君を迎えるために奔走していた会えない間、夢で何度も何度も君の幻を抱いた」
「――は!?」
「……と言ったら、俺の気持ちが伝わるか?」
またぞろ
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