オッドアイの偏執3(恋愛 ヤンデレ?)
今にもこの小さな教会の扉を開けて王太子一行が現れるのではと追い詰められた心境でいると、カイが私の手を掴んで、子供たちにも一緒に来るように言って奥へと早足で歩き出した。
「今日の式は後日改めて行う! 今は王太子殿下の歓迎に村を挙げて集中してくれ!」
カイは会場の皆に聞こえる声量でそう言い置いて、私の手を引いて行く。
祖父母を初め、招待された村の人たちは目を白黒させていたけれど、私たちが奥の部屋に入った直後、本殿の方が騒がしくなった。
きっとジェイル様が訪れたのね。
会いたいような会いたくないような複雑な気持ちのまま、私たち四人はこっそり教会を後にした。
即座に着替えたカイだけが戻って皆に再度説明し、王太子一行の歓待の指揮をとってくれたらしい。
私は子供たちと一度家に帰ってドレスを平服に着替えて、ジェイル様たちが去るのを待った。
式のために準備した食事の一部は王太子一行へ饗され、その歓待は夜まで続いた。
カイの所からの使いがやって来て、その顔なじみのおばさんは、王太子一行は今夜はこの村に泊まると教えてくれた。
私は正直自分がどうしたいのかわからなかった。
最後に物陰から一目姿を見ておくべきなのか、それとももう忘れるって決めたからこの我慢の気持ちを鍛えるためにも、ここでまんじりともせずにいた方が良いのか。
使いのおばさんからは他に、歓待しても尚料理は残ったらしく、こっちで消費しないと勿体ないからと、夕食はカイの家でと言われた。祖父母も既に先に向こうに行っているとも。確かにそうよね、折角の料理だものね。
豪華料理を味わえるとはしゃいだ無邪気な子供たちを前に、それならばと先に二人を連れて行ってもらった。灯りを手にスキップする姿を玄関先で見送って、私も外出準備に取り掛かる。
「あ……」
着替えて再び私の首に戻った金の指輪の存在を思い出した。
「そうだわ返さないと」
ジェイル様の存在ばかりに気を取られ、大事な物をすっかり忘れる所だった。
婚約者を迎えに行くと言うジェイル様。
「この指輪を失くしたって思っているのかもしれないわ。本当はここにあるのに」
私が持っていて良いものじゃない。
金の指輪をぎゅっと握り締め、ズキリと痛む胸を我慢した。
コンコンと玄関をノックする音が聞こえた。
忘れ物でもして子供たちがおばさんと共に引き返して来たのかもしれない。
「どうしたの忘れ物?」
外に居るのは子供たちだって疑いもせず、私は急いで扉を開けた。
胸が高鳴って、時が止まったかと思った。
「あ……え……? ジェイル様?」
「久しぶりだな、ミモザ」
そこに佇んでいたのはまごうことなき、ジェイル王太子殿下その人だった。
「ど、どうして、ここに……?」
ポカンとして最高潮に戸惑って、私はただただ目の前の殿方を見つめた。
王子様の上等なコートなんて着てはいなくて、普通のどこにでもいるような簡素な長袖シャツにパンツにブーツといった若者の出で立ちだった。
帽子まで被っていてまるで目立つ銀髪を隠しているようだわ。
村人が遠目に見ても彼だってわからないようにしてきたみたい。
少し体をズラして後ろを見たけれど、供を引き連れているわけでもなさそうで、案の定彼一人でここまで来たんだってわかった。
それにしてもまだこの家の場所を覚えてくれていたのね。
「ここで立ち話をさせる気か?」
「あっ、す、すみません、とりあえず、中へどうぞ」
「ああ。しばし邪魔をする」
うっかり嬉しいなんて思ってしまった私は、わたわたと慌ててテーブルの上を片付けて、招き入れた。
子供たちがちょうど入れ違うように出て行っていて良かった。
ところで、ジェイル様はどことなく声からすると機嫌が悪いんじゃないかしら。
「あの、村の者に何か手落ちでもありました? その者に代わってお詫び致します」
「いや、特には。中々の持て成しだった…………裏を知らなければ、な」
「それはどういう……」
彼は中に入ると帽子を外し私の促しに従って椅子に腰かけたけれど、その目はじっと私に注がれている。
「今日は君の結婚式だったと聞いた。料理はそのためのものだったとも」
あ……。
「それはまことに失礼致しました。ですが料理に罪はありません。どうかお怒りを鎮めて下さい」
「そうだな、料理は美味しかったし、こちらもここまでは公表していなかったから、村からすれば突然の訪問という形になってしまって、かえって悪かったとは思っている。そんな中でも皆の歓迎は本物だった。そこは素直に感謝しているよ」
「ええと、では何にお怒りなのですか?」
丁寧に訊ねれば、彼は私に初めて向ける胡乱な目をして頬杖を突いた。
「言葉遣いも随分他人行儀になったものだな」
全く予期せぬ台詞に反応が遅れた。
「……ええと、それはあなたが王太子殿下だから当然だと思いますけれど」
「前は違っただろう」
前、とは出会った夜のことしかない。
けれどそんな昔のことを持ち出されても戸惑うばかりだった。
彼は親しい友人として付き合いたいって言っているの?
それはでも、いいのかしら……。
本格的に悩んだようにすれば、遠回しな拒絶とでも捉えたのか、ジェイル様は少し眼差しを険しくした。
壁に掛けたままクローゼットにまだ仕舞っていなかった純白のドレスを見つけると、綺麗な双眸をもっと鋭くした。
「君には子もいると聞いたぞ」
「へっ? あ、ええと、はい……二人ほど」
「会わない間に、二人も……」
「え、ええ。大変は大変ですけれど、賑やかでいいですよ」
率直な思いを述べれば、彼は「へえ、それは良かった」と翳ったような薄い笑みを浮かべた。全然良いって言っているようには見えないわ……。
「ええと、紅茶をどうぞ。高い茶葉ってわけではないので、お口に合うかどうかわかりませんけれど」
家で一番高い茶器セットを出して、ちょっと気後れするみたいに給仕をした。
テーブルに置いた茶器から手を離した刹那、その手を掴まれた。
「……ジェイル様?」
「ふっ、あの男とも毎晩こういうことをやっているのだろう?」
何を、と問う暇もなくジェイル様から掴まれた手を強く引かれ、彼の上に倒れ込むかと目を瞑ったら、思いのほか痛くなくて、その代わりに何か温かくて柔らかな感触が唇を覆うのを感じた。
えっ何……?
そろりと目を開けたら、ジェイル様ととても近い位置で目が合って、ドキリとした。
彼は私が状況を悟るのを待っていたかのように、激しく唇を重ねてきた。
「――っ、……っふ……うっ……ッ」
強引に吐息さえ奪われて、あの出会った優しい一夜がまるで嘘みたいな、執拗に追い求めるような口付けを繰り返された。
酒泥棒の共犯だとニヤリと微笑んだオッドアイが幻だったかのように薄れていく。
私に腹を立てているのは明白で、それをぶつけてくるようなキスに体が竦んで心が痛んだ。
私の強張る体を弄ぶように彼の手が服の上からだったけれど、腰や背中や胸にまで触れて来て、ついには胸元のリボンを解き出した。
「やっ……!」
抵抗すれば今度は予告なく抱きかかえられて寝室のベッドに下ろされ押し倒された。
こんな時だって言うのに思考の片隅では危機感とは別に、部屋の間取りもまだ覚えていたんだなんて意外にも思った。
「ジ、ジェイル殿下止めて下さい! あの日の私たちのことは口外なんて致しませんから! ですから……やめて…下さい……っ」
肌蹴た胸元や剥き出しになった肩が居た堪れない。
でも、私の震える声での懇願なんて彼にはきっと届かない。
そう思うのに、彼は一度手を止めた。
「ミモザ、君は……俺が君との関係を口止めするためにここまで来たと、そう思っているのか?」
「ち、違うのですか?」
だってそれ以外に思い当たらない。
ここに来て、彼は何かに気付いたようにそれに目を止めた。
「この指輪を身につけてくれていたのか?」
「あ、はい。やはりジェイル様のだったのですね。良かった。いつかお返ししなければと思っていたので」
「返すだって?」
「え? ええ、はい」
そう言ったらすごく睨まれた。
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