オッドアイの偏執2(恋愛 ヤンデレ?)

 村の皆からすれば、父親が誰かもわからない子供を産んだ私は、余計に敬遠されるようになった。

 祖父母の二人がいなかったらきっと私は路頭に迷って子供共々死んでいたかもしれない。

 まあでも実際は私に好意的な極々少数の奇特な村人もいて、彼らは孕ませて逃げるなんて無責任だと彼を悪し様に言った。

 けれど、私は詰る気持ちは湧かなかった。


 ただ、きっと彼は旅の人で、二度と会えないのだろうと思えば、寂しくて悲しくて胸が痛かった。


 人は私をお人好しの愚か者と言うけれど、それでも二人を授かってとても良かったとしか思えなかった。


 祖父が実はへそくりがあったんだって悪戯っぽく言って、ひ孫たちのために色々と買ってきたり、祖母はひ孫たちだけじゃなく私の健康のためにって、わざわざ森の奥まで行って採ってきた木の実やキノコで栄養満点の料理を作ってくれた。

 三人から五人家族になって、これまでよりも生活は苦しかったけれど、貧しくても賑やかで温かだった。


 だけど、それをよく思わない人もいたみたい。


 私を蔑んでいたくせに、傲慢に言い寄って来ていた村の男がそうだった。


 こぶ付きじゃ嫁の貰い手がいないだろうから側妾そばめにしてやるって言うのよ。とんだ失礼な男よね。


 年は私の二つ上で、村では一番裕福な家の息子の彼は昔から私を目の仇にして苛めてくる嫌な奴だった。

 大嫌いだったから相手にしなかったら、それが気に食わないのかより絡まれて面倒臭い奴だった。

 誰がそんな奴の所に嫁になんて行くかって思ったわ。


 でも、日々突っ撥ねていられたのも、子供たちが五歳を過ぎたそんなある日までのことだった。


 偶然、祖父がいつも読んでいる新聞のとある記事を見かけたの。


 その誌面一面には白黒の写真が印刷されていた。

 そこに大きく写っている人物に、私は見覚えがあった。

 だって忘れるわけないわ。


 二人の父親……昔はちょっと本気で妖精だと思っていた時期もあったあの銀の髪の青年だったんだもの。


「え……ジェイル、王太子?」


 どうやら彼は何とこの国の王族だったみたいね。


 名前も同じジェイルだから間違いないわ。


 白黒写真でも左右の目の色の差異は濃淡として表れていて、彼が間違いなくオッドアイなんだってわかる。


 食卓の脇にボーっと突っ立って呆然とする私の呟きに「お母さん?」「マミー?」と息子と娘がそれぞれ不思議そうな顔をした。


「え? あ、ううん何でもない」


 新聞が白黒で良かったって思った。

 だって写真がカラーだったら、彼のオッドアイと、二人の子供たちのオッドアイとを結び付ける人が出てくるかもしれなかったから。

 それにこんな田舎の村でもなければ、政情に詳しい誰かにジェイル王子の瞳の色と同じだって気付かれていたかもしれない。

 記事によれば、彼はここ何年と王都と戦地を忙しく行き来して、先日ようやく長年に及んでいた国境の戦況を安定させて王都に凱旋したのと合わせて、王太子に立てられたという。

 今まで何度も命を狙われたものの、その都度上手く回避していたなんてことも書かれていて、きっとあの晩の怪我はそういうことなのだろうと推測できた。

 でもきちんと怪我も治してちゃんと王子様をやっていたんだってわかったら、良かったって安堵が込み上げた。


「お母さん? どうしたの?」「マミー? どこか痛いの?」

「ううん、何でもない」


 滲んだ涙を手で擦って、私はこの記事の中の彼に、心で決別を告げた。


 もう二度と会えないと思っていたけれど、もう二度と、会わない。


 だって彼は凱旋の後に、婚約者を迎えに行くと記事には書かれていた。


 彼は王族だし私より五歳上だから、年齢的にも婚約者が居ても不思議じゃない。結婚していたっておかしくなかった。

 今まで王宮では王位を巡っての騒動が絶えなかったって、噂だけどそう聞いていた。

 きっと苦労して今の地位をもぎ取ったんだろう彼の足を、隠し子なんて言うゴシップネタで引っ張りたくなかった。

 そもそも身分が違う。

 私は何も持っていないし、彼が有利になることなんて何も出来ないもの。

 ただ一つ出来るのは、この子たちを立派に育て上げることだわ。


 だから、私はその日、まだ嫁に来いって粘ってくれていた村の青年――カイに結婚の承諾を伝えた。

 子供のためでもいいのかって訊いたら、最初の理由は別に何でもいいんだって不貞腐れてはいたけれど、頬を赤くしてそう言ってくれた。


 この時になって私は初めて、この人を一人の人間としてきちんと見たんだわ。


 わかってみれば、何のことはない。


 本当は私のことをずっと好きでいてくれたんだって、ようやく気付いた。


 トキめいたりはしなかったけれど、ちょっと意外過ぎて、くすくすと笑ってしまった。

 まだ、好きにはなっていないけれど、彼への気持ちもきっと時間が育んでくれるんだろうなって思った。

 結構本気でよ。


 だけど、変化はいつも突然訪れる。


 私は失念していた。


 ジェイル様はこっちの方面に来るという記事内容を。


 そのことを念頭に置いていればきっと、万一を考えて色々と準備だって出来たのにって思う。


 想定外にも、彼はこの村にまでやって来たのだから。


 そして折悪しくも、その日は私とカイの結婚式でもあった。





 村の小さな教会に人が集まっている。

 私の小さな介添人たちは花束をそれぞれ小さな手に持って、花嫁用の控室で椅子に腰かけて式の開始を待ち遠しいような面持ちでにこにこしている。

 ずっと預かっているジェイル様の指輪は、今日ばかりは息子に預けた。


 いい加減未練がましくジェイル様を想うのは今日で止めようって自分に言い聞かせた。


 そうでなければ私に誠実に向き合ってくれるカイに申し訳ないもの。


 カイが説得したのか、私たちの結婚に彼の家から大きな反対はなかった。

 むしろ彼の両親は会う度に私の双子たちをとても可愛がってくれている。きっと子供好きなのね。それに二人は祖父母とも親交があって、昔から数少ない私の味方でもあった。

 カイはカイで私への照れ隠しの態度と違って、子供たちにはとても優しくて、本当に彼の子供みたいに接してくれる。

 カイって実は私以外には素直に感情を表現するんだって、もうとっくにわかっていた。

 子供たちも彼に懐いていて、純粋な好意には好意で応えていた。


 式が始まってまもなく、教会の外から慌てたように村のおじさんが駆けこんで来て「王太子殿下がこの村にご来臨された」って喜色を浮かべて叫んだ。


 そんな、何てこと!


 ここの近くの大きな町までは来るって決まっていたらしいけれど、まさかこんな田舎にまで足を運ぶとは思わず驚いたって話していた。


 結婚式があるのを聞いて、今日ここを訪れたのも何かの縁だからと祝福してくれるために今こっちに向かっているとも。


 寝耳に水。

 言うまでもなく、私は愕然となった。

 今この場には子供たちもいる。

 オッドアイを間近で見たら、きっと村の誰かも相似に気付く。

 向こうが私を覚えているかどうかはこの際関係ない。

 まあきっと覚えてなんていないだろうけれど。


 だって一度だって音沙汰はなかった。


 内心動転して手が震えた。

 或いはご落胤らくいんだってバレて、子供たちだけ連れていかれたらどうしよう、とも思った。


「どうした?」

「カイ……」


 ここは思い切って打ち明けるしかないのかもしれない。

 結婚式を中止して歓待の席に変えてもらうことができればそれが一番無難だわ。


「実は……――」


 耳元で彼にだけ真実を告げた。

 大いに驚いて、カイは不安に揺れる私の瞳をベール越しに見つめる。

 結婚しないなんて言われちゃうかもしれない。

 それはそれで仕方がないけれど、もしそうなら今この場で決めて私と子供たちを隠れさせてほしいとも思った。我ながら薄情だとは思うけれど。


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