魔王は少女 勇者は全裸1(ラブコメ)

 床には毛足の長い高級絨毯。

 窓際にはたっぷりとしたドレープのカーテンが下がる豪華で大きな室内。

 その窓際に置かれた高級木材の深い色合いを有した重厚な執務机。

 その上に頬杖を突きながら、長い黒髪をさらりと揺らし、とある乙女が呟きました。


「はあ……、恋がしたい……」


 程なく、その願いは最悪の……いえ、予期せぬ形で叶う事になります。





 世界(の経済)は魔王(が経営する魔王カンパニー)に牛耳られ、人々は「ああ、世界一番の富豪が魔王なだけだよ。実はうちの息子も魔王カンパニーの社員なの」と苦労していたようなそうでもないような、そんな時勢でもあるご時世。


「何!? 魔王……だと!? 今まで俺は人里離れたド田舎に住んでいたから、世界の現状など何も知らなかった。くっこの世界はそんな奴に踏みにじられていたのか……ッ」

「ああいや、福利厚生はしっかりしているし全然踏み躙られてもいな…」

「いかーーーーん!! 字面だけだろうとそんな悪は許せんっ! 俺が――倒す……!!」

「え、いやお客さん?」

「止めてくれるなあああーーーーッッ!!」


 田舎から出て来たばかりの短絡的な一人の青年――後の勇者が、本当に偶然に「奇遇ですな」「いやそちらも奇遇ですね」な会話を交わす御隠居よろしくたまたま来ていた酒場の椅子を蹴立てて、雄々しく立ち上がりました。


「あっこら店の椅子壊すんじゃねえっ!」

「スッスマン!」


 結果、青年は備品を破壊したカドで店から叩き出されました。


「ふう、酷い目に遭った……。だがしかし俺は魔王を倒しに魔王城にゆくぞ!!」


 蹴られた腰を摩りつつの宣言でしたが、堂々の冒険譚の始まりです。

 ただ……いくではなく、ゆくと発音する所がちょっとウザいような気もします。





 一方、そこから遠く離れた地では、真っ黒い曇天の下でゴロゴロピカッと雷光が断続していました。

 決して、ぎざぎざ尻尾の黄色いポケットなモンスターが必殺技をかましているわけではありません。

 腹の底に響くような低く恐ろしげな雷鳴を轟かせ、稲光は高い崖の上にそびえる魔王城(←カンパニー本社)を何度も刹那に照らします。

 立地場所は最早お約束ですが、そこを突っ込んではいけません。

 加えて言えば、魔王城と言っても大層立派な高層建築物です。ビルです。


「――何ですって? 女神の加護を受けた勇者が猛烈にこちらに進行中ですって?」


 その最上階。

 見晴らしのいい全面ガラス張りの魔王の居室社長室

 部下から報告を受け、一人の赤眼の少女が長い黒髪をパッと肩から背に払い「威勢のいいことね」と嘲りを浮かべました。

 隠者のような黒いローブを身に纏う彼女は――魔王です。もしくは社長とも言います。


「そのようです。おそらくその進行速度からして、近日中にはこの地まで辿り着くかと」

「そうなの。報告ご苦労様。本日はすこぶる雷発電ができる宜しくないお日柄だってのに、気分が悪くなったわ。まあだけど、所詮どんな勇者おとこが来ようとも私は負けないわ」


 魔王の玉座社長椅子に優雅に腰かけ、鼻でわらいます。

 その悪の笑みを照らすように暗天がピカッと光り、どこかに落雷した物凄い音がこだましました。

 余談ですが、結構眩しいのでよくカーテンを閉めます。


「ふん、見てなさい」


 今まで最高級スーツに身を包んでいようがどんな交渉相手にも妥協しなかった魔王。

 その厳しくも巧みな経営努力と手腕があってここまで会社を大きくできたのです。

 あと、荒くれ者を従える強大な魔力も、時々役には立ちました。

 並みの男には負けない自信があります。

 何度も修羅場を経験してきたその自負があります。


「お待ちください。魔王様のお手を煩わせるまでもありません。このわたくしめがあなた様をお護り致しますゆえ、ゴフッ……!」


 報告に来ていた眼鏡でスーツの美人秘書が劇的に喀血かっけつしました。心労の余り密かに肺を患っていたのでしょうか?

 魔王はそんな部下に護る言われても……などとは思わず、咳き込む何故か今だけ病弱な秘書の顎をくいっと上げ、血に濡れた唇を指先で拭うと微笑みます。


「いいえ、下がってなさい。大事な部下に無理はさせられないわ。勇者ごときに私は負けないから安心して?」

「ま、魔王様……!!」


 頬を染め目を潤ませる秘書の胸にはきっと真っ白な百合の花が咲き乱れている事でしょう。


 部下を下がらせ、そうしてしばらく魔王は玉座で待ちます。

 律儀に待って、三日が経ち、十日が経ち、一月が経ちました。


「遅いっ!!」


 一月も待てる辺り、尋常じゃなく忍耐のある魔王がとうとうブチ切れ、ああいえ業を煮やした時でした。


 ――きゃあああっ! こんなの魔王様にはまだ刺激が……ッ!

 ――くっ何だ貴様はッ! 魔王様にちょん切られる覚悟はあるのか!?


 その時です。

 都合よく城内から何故か女性配下たちのちょっと嬉しいような、逆に汚物でも見たような、そんな悲鳴が上がりました。

 不思議に思いつつ、やっと勇者が来たのかと悟った魔王です。

 ですがアリの吐息さえ聞き取る聴力で聞いていた部下たちの叫びが何となく気になって、机の抽斗ひきだし奥から取り出した魔法の水晶玉でその男の顔を確認します。

 勇者はテンプレ通り、金髪に碧眼の凛々しい貴公子と言える若者でした。


「えっ! 超絶イケメンじゃない!! ど、どうしよう~好みドストライク……っ」


 水晶玉が映し出したのは顔だけでしたが、魔王はじっとその顔を見つめドキドキと胸を高鳴らせ目を潤ませました。

 今まで誰にもした事のない表情でした。

 この勇者になら負けてもいいかもしれないなどと思い始めていた魔王です。

 何故なら、勇者は百年に一人の美形だったのです。

 魔王の一目惚れでした。


「はあああ~ん早く来ないかしら」


 髪を撫でつけたり黒ローブの綻びをチェックしたりと落ち着きなく身だしなみを整え、いざ勇者を待ち受けます。

 そしてついに、その時が来ました。

 部下たちの制止を振り切って近付いてきた荒々しい足音が止んだ直後、


「覚悟しろ! 字面だけはアクドイ、魔王とやら!!」


 重厚な扉をバーンと蹴破って麗しの勇者が登場します。



 ――――全裸で。



「いやああああああああああああーーーーーーーーッッ!!!!」


 大事な所は辛うじて何かの葉っぱがくっ付いていましたが、魔王にはそんな細かな点に頓着している心の余裕はありません。

 勇者は侵入者であり乱入者でありちん入者――ちん入者であり……!!

 魔王城に少女魔王の絶望の絶叫が上がりました。


 百年の恋も一瞬で冷めました。





「何で全身肌色なのよ! 生まれたままなのよ! 配慮して腰みのとか銀のお盆くらい持って来なさいよ!! さてはあなた勇者をかたった変態ね!!」

「いや勇者だ!」

「嘘おっしゃい! 勇者って言うのはもっとこう鎧とか聖剣とか持ってかっこいいものでしょ! 高貴な男でしょ!!」


「シャラアアアアァーップ! フツーじゃつまらんだろうが!」


「正義はないの!? 乙女に何晒してんのよ!」

「の割にしっかり興味津々に見てるな少女魔王よ。葉が落ちるのを今か今かと待っているのだろう? さては処じょ……」


「 帰 れ っ ! ! 」





 物理的暴力なき一戦を交えて精神的打撃を受けた涙目の少女魔王は、怒った猫の子のようにフーフー言っています。


 対峙しているのは、――――全裸っっ!!


 ああいえ、勇者です勇者。


「いやそのマジでスマン。泣くなって、な? ま、まさか魔王に泣かれるとは……。これには深い事情があるのだ。だから頼むから泣くな、な?」


 相手が世界の敵たる(勇者が勝手に思い込んでいるだけ)魔王とは言え、初対面の女子を泣かせさすがにバツの悪そうな全裸男ゆうしゃは、右から左から全力で宥めに掛かっていましたが効果は皆無、いえむしろ逆効果でした。


「いやあああ近寄らないでよーーーーッッ、うええええーーーーん」

「あああ、ええと、その、ま、魔王を打ち倒さんと決意し夜、夢の中で降臨した女神から授かったチート能力あって一日で勇者になれてからと言うもの、俺の肉体に合う服がないのだ」

「だから来ないでってばーっ! 大体それって好みの服がないから服着ないってことでしょ!? 最っっっ低! あなたの方がよっぽど破廉恥大魔王じゃない!! 女の敵じゃないのよ! うええええーーーーん!!」


 デスク上の筆記具を投げ付ける魔王です。

 ぶんちんやら卓上ライトやら書棚の辞書、果ては椅子やデスクそのものという古典的ギャグな投擲物が全裸勇者へと飛来しまくります。


「いやっちょっ待っあっ……!」


 三人掛けソファが当たり、勇者は憐れ、アニメだったら画面の外、漫画だったらコマの外に押しやられました。


「まっ待て勝手に決め付けるな。そうではなく勇者だから肉体が極限まで強化されていてどんな服を着ても、服が耐えきれず全てが全て破れてしまうのだ。頼む信じてくれ。俺だって好き好んでこんなカッコなわけじゃない! 非常に不本意なのだ!!」


 その強化力で無傷で戻って来た勇者ですが、依然顔を真っ赤にしている魔王を宥めるように腰を低くしています。

 最早力関係は歴然。

 魔王討伐は失敗に終わりそうでした。

 涙目を瞬かせた魔王が睨むようにして問いかけます。


「耐久性不足ですって……?」

「そうだ。普通衣服と言うのはどんな酷い攻撃を受けても最後まで絶対に大事な部分は破れないのが定石だろう!? なのに俺のは、俺のだけは木っ端微塵なのだ。困ったものだ……!」


 頭を抱え悩む勇者の顔は大真面目です。でも全裸なのでいまいち深刻さや切迫感が伝わってきません。


「そうなの……」


 やや落ち着いた魔王が同情はしてもやっぱり全裸は嫌だとドン引いて見つめていると、ぐううううう~、と勇者の腹が鳴りました。


「ふっ……スマン。ここ半月水以外ろくに口にしていなくてな……。故に予定より大幅に進行が遅れたのだ」


 ――変態に食わせる飯はないよ!

 ――警察呼ばれたくなければさっさと店から出てってくれ!

 ――その積極性……うちの店で働かないか?


 遠い目をする勇者の脳裏を察し、涙が止まった魔王は不憫そうな顔をしました。


「敵ながら気の毒ね……その扱いでよく世界を救おうなんて思ったわね。闇堕ちしてもおかしくないのに……」


 溜息を一つついて、魔王は机の上のベルをチリリンと鳴らします。

 すると即座に部屋の扉が開いてスーツの美人秘書が現れました。

 しかし秘書は「勇者この野郎、魔王様を泣かせやがって!」的な鋭い目で、今にも攻撃を仕掛けそうです。超絶殺気立っています。勇者を止められなかったという自責や悔恨も相まって形相は物凄い事になっています。

 ですが、大切な者の傍に変態が威風堂々と佇んでいれば誰だってこうなるでしょう。


「お呼びでしょうか魔王様」

「この男に食事の用意を」

「なっ魔王様!? いけませんこのような変態にあなた様の貴重なお慈悲を施すなど、勿体なき事です!」

「そうだ、何を企んでいるのだ魔王よ! はっそうか毒殺か!」

「なるほど! 毒殺でございますか。申し訳ございませんこの不肖めには魔王様の深遠なるお心を正確に酌む事はまだ百万年早いようです。すぐにご用意致します」

「くそっ、この卑怯者。空腹の人間相手に食事を恵むふりをして毒殺とは……!」

「本当に、毒殺とは実に妙案でございます」


 敵味方から揃って毒殺毒殺と連呼され、魔王は青筋を立てました。


「私を何だと……ッ。いいからさっさと普通の食事を用意なさい! 腹空かせた弱っちい勇者とやり合って勝っても嬉しくないのよ。魔王の沽券こけんに関わるわ!」

「なっ、お、俺の股間に関わるだと!?」

「一生関わらないから安心してッ!!」


 聞き間違いもいい所です。

 面倒でしたが説明し誤解を解けば、勇者は滂沱と涙して感激しました。そんな勇者を前にフンと鼻を鳴らす魔王、女子ですが意外と紳士です。


「……だからあなたもわかった?」

「は、はひ魔王様……ッ」


 魔王は色気駄々漏れの眼差しで秘書に顎クイをして言い聞かせましたが、勇者はその無意味な光景を見て息を呑みました。胸を押さえ心なし頬を赤くしています。もしや百合百合したものが好きなのでしょうか。

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