四天王会議は踊らない(異世界ファンタジー)約3000文字
会議は踊る、されど進まず……という言葉がある。
しかしとある者たちの間では会議は踊らず、されど進まずだった。
黒い艶が美しい円卓の四方にきっちり席を分かれて座り、魔王に仕える四天王たちは押し黙っていた。
その顔には互いを牽制し、己が先んじる時機を逃すものかというじりじりとした意気込みと焦燥のようなものが浮かんでいる。更には皆ぎょろぎょろと眼球を忙しなく動かし、相手を窺う態度を隠しもしていない。
四人のうちのいずれかが指一本でも動かせば、残りの三人は一斉に「ハイッ」「ハイッ」「ハイイイッ!」と
そしてその次に続くのは己が欲望の言葉。
たとえば、女ドラゴンの言葉を借りるなら、
「私は北の森だけは嫌です!」
と。
この場では最早個々人――正確には人ではないのだが――の個性など取り払われ魔物としての剥き出しの闘争本能のみが際立っている。
普段は謹厳実直を絵に描いたようなリザードマンも、常に冷静沈着であろうと努める麗しの(現在人型)女ドラゴンも、品行方正を心がけるスケルトンも、豪放磊落なケルベロスはまんまなのでともかくとして、彼らを知る者がこの場を覗き見たならば「えっ誰!?」となること間違いなしの状況だ。
――えっ誰!?
とか密かに千里眼で覗き見ていた彼らの絶対的
実はぶっちゃけその間飲まず食わずの四天王たちは、今現在魔王城の周辺に広がる広大無辺な森の管轄分担について話し合っていた。
東西南北の四つの区域に分ける方向で進めたまでは良かったのだが、誰がどこを担当するかで揉めているのだ。
とりわけ、北の森を誰が担当するかで。
北の森は皆が嫌がった。
何故なら森のほとんどが氷に覆われた極寒地獄だからだ。
窒素も液体どころか凍るレベルでの永久凍土が当たり前の土壌では、まず間違いなく魔物も永久に凍る。四天王程の魔力があれば凍結に対する耐性魔法で何とかなるが、それでも年がら年中そんな魔力を使っていては気も休まらない。
四天王の城や屋敷だって普通には建てられない。
いいとこ巨大なかまくらか凝って氷の城か。しかし元々が尋常ではなく寒いので、かまくらの中が結構温かいのが事実でも、根本から無理だ。うっかり眠ろうものなら永久に眠り四天王となること間違いなしだ。そんな場所には運命のキスの相手も現れないので永遠に独り身決定だ。唯一リザードマンには伴侶がいるが、もしも北の担当になればきっと単身赴任決定だろう。
……………………。
王のいない円卓会議は依然静まり返っている。
この沈黙に至るまでには紆余曲折あった。
「もう千五百歳を超えて年なので体力的に無理ですね」
とこの中で一番年長のリザードマンが言えば、
「寒過ぎるのはお肌に大敵よ」
と美容に懸ける女ドラゴンが言い、
「寒いと食うもんねえし無理だっつのー」
と食欲旺盛なケルベロスがごねる。
「えー、あっしは色的に雪と同化して見分けがつかないでがんす」
「敵に先制攻撃出来る率が高くて便利じゃん」
スケルトンの苦し紛れの言葉にケルベロスが的確に利点を挙げた。残る二人も同意に頷く。
旗色が悪いと察したスケルトンは「ぐぬぬ」と全身を力ませ小刻みに震わせて、
「「「あ」」」
カラカラカシャンと全身崩壊した。
これはスケルトンが焦った時にうっかりやるやつだった。
三人は残念な面持ちで顔を逸らした。因みに復元までに小一時間かかった。
会議中は終始それと似たような……いや、スケルトン総崩れの連続だった。
「俺骨パズルしに来たんだっけー?」
背骨を組み立てつつケルベロスがぼやいたが、リザードマンとドラゴンは「たぶんそうだ」「きっとそうよ」と無感情な声で返した。
正直な所を言えば四者は皆精神的に参っていた。
しかし四天王たる矜持が相手にそれと悟らせてはなるまいと、皆が皆虚勢を張っていた。
「なー」
ケルベロスが沈黙を破り口を開いた。
「「「!?」」」
犬のくせに頭脳戦を仕掛けてきたのか、と三人は酷いことにそう思った。自分たちはトカゲでありドラゴンであり、カルシウムのくせに、だ。
しかしとうとう、意を決したというより今思いついたような地獄の番犬ケルベロスの声によって、停滞していた会議はゆっくりと、
「スケルトン、お前が北やれよー」
「いいわねそれ!」
「それがいいと思う」
いや急速に進んだ。
「は? はああ!? 何故にあっしなんでがんすか!?」
猛烈な勢いで抗議するスケルトンへと、ケルベロスは三つある頭を順繰りに後ろ脚で掻いて呑気にこう言った。
「だってお前骨だし。寒くないだろー」
「寒いでがんすよっっ! 全くあっしの事なんだと思ってるんでがんすか!」
「「「骨?」」」
「何で揃って疑問形!」
「まあいいじゃん。ほら凍らせたバナナって感じで、骨も凍ればより強くなるんじゃないかー? 釘打てちゃうってー」
「ケルベロス表出ろでがんす!」
「はっいいぜ!」
「試しにこの腕の骨を凍らせて釘を打ってほしいでがんす。どこまでの強度が出るでがんすかね~!」
「……」
そういえば常々
「ほら表行くでがんす」
「はあ、でもいいのか? 俺実はお前に噛み付く口実狙ってたんだよなー」
「どうしてでがんす?」
「だってほら、俺犬だし骨しゃぶるの好きだろー」
この時傍で見ていたリザードマンとドラゴンは憐憫と共に思った。
偉大なる四天王であり最凶の魔犬ケルベロスは自分で自分を普通犬に貶めている、と。
スケルトンもその点に思い至ったのだろう、席から浮かせていた腰を下ろした。
機械の電源が落ちるように洞のような眼窩から赤い眼光が消え去った。
「ん? 外に出なくていいのかー? おーいスケルトーン」
黙して応えないスケルトンへと拗ねたように「何だよ」とぼやき、ケルベロスは円卓の上に上体を伏した。完全飼い主に遊んでもらえず不貞腐れる犬である。
再び円卓上は静まり返った。
このままではまた新たな丸三日が始まりそうだった。
そんな懸念を胸にスケルトン以外の面々はこう思っていた。
……もう骨パズルは飽きた。
最も古参の四天王としてリザードマンが仕方がないかと自分が犠牲になろうとした時だった。ドラゴンもこの中では炎の扱いに一番長けていたのと変質者の侵入は必然減るだろうとの妥協から名乗りを上げようとした所だった。
「仕方がないでがんすね。あっしが北を担当しますよ」
無情な他薦をされたスケルトンが凝った肩を叩くようなしぐさをした。凝る体がどこにと皆が思ったが、相手はよく関節が外れる規格外の四天王スケルトンだ。例外的に骨も凝るのかもしれないと思った。
「まああっしは変温動物並みに周囲の気温と同化するでがんすが、凍っても動きに支障が出るだけで死にはしないでがんす。一番無難で適しているのはあっしでがんすしね」
そういえばスケルトンはアンデッドだった。
最初からそこを突けばよかったと三人は思った。
というかもっと早く引き受けろと思った。
三者三様の長い溜息が落ちる。
そうしてあとは東西南とすんなり決まり、長かった分担決め会議は幕を下ろしたのだった。
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