曼珠沙華の道行き(ホラー)2000字台
僕の村には毎年秋の初めの彼岸の時期に本当に沢山の彼岸花――
道の両脇に咲くその花々は赤く情熱的で、時に残酷さをも秘めている。
僕は今日も草刈りのなされたとは言え、手つかずの奥の方は草ぼうぼうの田舎道を学校へと通う。朝夕には野生動物と遭遇する危険もあるようなそんな道を。まあバイクの免許を取っているからもしもの時は全速力で逃げてしまえばいいのだけれど。
一応舗装はしてあるものの、道路表面の至る所にヒビがたくさん入っていて時の流れを感じさせる村道は、村から予算が降りて新しいアスファルトが敷かれる日はいつになるやら、だ。
そんな通学路の途中、村には不思議な道がある。
他と同じく曼珠沙華が咲き誇る道だけれど、何故かそれは道路を境に片側だけに群生しているのだ。
曼珠沙華が咲いていない方は、何の変哲もない土手の草原だ。ただ少し石やら岩が多いからか、草刈りも最後に回されるか最悪されない年もあった。
今年はまだされていない。
田舎で人通りも余りないので、その数十メートルくらいはまあ草刈りをしなくても別段支障はないけれど、時々その横着が悲劇を呼ぶ。
――草の中に埋もれて発見が遅れる事だった。
実は村道のこの部分だけは断崖絶壁の下に位置している。
曼珠沙華の生える方の土手のすぐ横に崖が聳え立ち、そしてその崖は競り出し村道を覆い込むような形になっている。
だから仮に何かが落ちて来ても道路にはまず落下しない。
……落ちるとすれば、赤い花の咲かない反対側の土手の方だった。
落差は人が落ちたら間違いなく助からないくらいあるし、下にはお
そんな自殺の名所の下を、僕は毎日通っている。
怖くないのかと聞かれれば怖いけれど、学校に続く道がそこしかないのだからしょうがない。それになるべく明るいうちに通るようにしているし。仮に暗くても、落ちてくるものが無いだけでも安心できる。巻き添えなんて冗談じゃないからね。
自分の通るその道に、僕は常々疑問を抱いていた。
何故道の片側だけにしか曼珠沙華が咲かないんだろう、と。
球根で増える草だって言うし、単に道路で分断されて球根が増えられなかったのかと初めは思ったけれど、でも生えない場所と同じ側の前後の土手にはちゃんと赤い花が群生してるから、村道に沿って生息範囲を増やそうと思えば増えるだろう。
なのに、咲かない。
詳しくはわからないけれど、地質がそこだけ違うのかもしれない。
そんな僕は今年はまだ草刈りのなされていないその道の曼珠沙華の群れの中に、一つだけポツリと白い色があるのに気付いた。
真っ赤な曼珠沙華だけれど、色素形成異常で白い個体になる事があるのだと、何かで知っていた僕は思わず目を留め、次に蒼白になった。
この道には不思議な事がある。
別名「死人花」とも呼ばれる曼珠沙華。
この道のその花には何故か、まるで誰かが飛び下りるのを知らせるように、赤の中に白が混じるのだ。
突然変異なんて確率で、何らかの意思を持って白い個体が生まれるなんて信じられないけれど、実際その予言のような白い花が咲く時は必ず誰かがこの秋に飛び下りて死ぬ。
或いは、既に死んでいる。
この花の花言葉には「転生」なんてものもある。
皮肉も良い所だと思う。
ある種の勘が働いて、僕はバイクを路肩に止めた。
高い青天の静かな田舎道には鳥の囀りや木々の擦れる音、草を刈る機械の音が遠く響いて来るだけだ。穏やかな秋の風が僕のメットを外した少し蒸れた髪の毛を涼やかに揺らしてくれる。気持ちが良い。
けれど、爽やかな風の中に微かに感じる錆臭さがあった。
我知らず嗅がないように息を詰め、慎重に草ぼうぼうの土手を掻き分ける。
花の咲かない方の土手を。
「うっ……」
そしてそこにはやはりあったのだ。
ご遺体が。
赤い花の咲かない土手にはまるでその花が咲いたような鮮烈な赤が広がっていた。
岩にぶつけた拍子に飛び散った、見たくもない人体の一部と共に。
「地獄花……」
口元を押さえ思わず震え後ずさる僕から、曼珠沙華の様々な異名の一つが零れ出る。
そしてこの時僕は、妙な所で納得してもいた。
曼珠沙華が土手のこちら側に咲かないのは、きっと別の深紅の花が咲くからなのだ、と。
花たちはそれを知っているからなのだ、と。
白い曼珠沙華はその赤をどこに落としてきたのか……。
まるでその花の代わりだ。
僕は未だに震え早まる呼気の中、ポケットから携帯を取り出す。
「――も、もしもし、警察ですか? ○○村の崖下の土手なんですけど、あ、ええ、はい、はい、そうですその場所です。そうです一人の方がその……ええ、そうです。わかりました。はいお願いします。あ、僕は○○村の△△です。ええ、そこの息子です」
声からして年配っぽいベテランが出た携帯の向こうでは、僕が皆まで言う前に全てを言い当てるような、慣れた応対が返った。
そして今年は一本だけなのか、それ以外にもあったのか、即日草刈りがなされてしまったその道からはもう窺い知る事はできなかった。
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