つくも神リサイクルショップ(ホラー)2400字台

 物を大事しなさいと親からは言われてきた。

 しかし悪戯好きだった俺は祖父母の家にあったよくわからない土産品や木彫りの熊、こけしなんかに落書きしたり壊したり、或いはどこかに失くしたりしていた。


 白髪だった首振り人形の髪を染めた事だってあった。


 そんな悪ガキ時代を経て大学生となった現在の俺は、物を粗末にしているというわけではなかったが、かといって大事にする方でもなかった。

 家電はリサイクルショップで安くていいのがあればそっちを買う。だってその方が壊れて捨てる時も勿体ない気分にならないし、経済的だ。大学で楽しく過ごすには交友費用の捻出は重要事項だ。良くも悪くも俺はそんなタイプの人間だった。


 季節は真夏。


 ある飲みの席で夏の風物詩、怪談をしようとなった。集った面子で順に語っていくだけだったが、とある奴が「妙な噂があるんだ」と切り出した。


「皆ってリサイクルショップで物買う?」


 買う買わない両方の返答が上がる。


「何かさー中古品を売る店の中にはつくも神つきの物を売る店があるらしいよ」

「つくも神? ってあれか? 古くなった道具とかに魂が宿るとか言う」

「もしかして勝手に動いたりするってやつ?」


 俺は嫌そうな顔をする。


「えー、俺昨日中古の扇風機買ったばっかなんだけど。最近の製造年だったけど、憑いてたりして」

「ははっ新しいんじゃ大丈夫だろ」

「……だよな」






 独り暮らし、ワンルーム。

 家賃が安いだけあって、エアコンはない。

 友人との飲みの後家に帰った俺は、中古扇風機のスイッチを入れた。


 ファンキーな髪色の小柄な老人が店員をしていた路地奥の店で購入した物だ。

 こんな所にリサイクルショップがあったのかと、何度か来ていた通りだけに意外に思ったものだった。


 涼しい風が当たって目を細めながら今日の話を思い出したが、大した感慨もなくすぐに思考は別の事――大学の講義や同じ学部の気になる女子へと向かっていった。


 首振り状態にしてひんやりするフローリングの床に大の字になる。


 酒も入っていたせいか、そのままうとうとして寝てしまった。

 ブゥゥゥン、ブゥゥゥンと駆動音が響く中、俺は少し肌寒くて目を覚ました。

 電気を点けっ放しの部屋で時計を見れば午前二時。


「あー電気代が。……ん? 首振りにしてなかったっけ?」


 ふと疑問に思ったのは、扇風機が俺の方を向いて固定されていたからだ。道理で寒くなるわけだ。健康にも良くない。


 首振りにしておいた気がするんだが……。


 勘違いだったかと、その日は気にもせずに朝シャワーするつもりで寝た。

 異変はもうこの時から起きていたんだと、後になって思った。

 それからよく、家で扇風機に当たっていると、いつの間にか俺の方に固定されている事があった。テレビを観ている時やレポートを書いている時、ふと気付けばいつも扇風機の顔がこちらを向いている。


「中古だし、不具合か?」


 回を重ねればさすがに気味が悪くなった。

 苦情を入れるべきだろうか。でも中古だしな。少し葛藤しつつもその日は放置した。


 けれど翌日、トイレに立った俺を追うように、トイレから出ると扇風機がこちらを向いていた。


「……何で?」


 送風しか機能を持たない機械に、意思を感じた瞬間だった。


 怖くなり電源コードを引き抜いて箱に詰め押し入れに押し込んだ。






 箱を片手に足を運んだその店は、以前同様こぢんまりとしていた。

 返品は無理だろうから買い取り希望だ。


 中には人の気配がなかった。


 店員を探して、何となく扇風機コーナーに足を向ける。

 折角だし別のを買って帰ろうかなんて思っていたら、おかしな感覚に陥った。

 違和感の正体を探るべく周囲を見回して、凍り付く。


 ――店の全ての扇風機がこちらを向……いやいた。


 家電だけではなく、古びた着ぐるみの顔部分や、離れた棚にあったぬいぐるみさえもこちらを向いている。


「ひっ」


 まるで衆人環視。


「な、何だよ、ここ……」

「――お客様?」


 背後から掛かった声にビクリとして振り返ると、前もいた白ひげを蓄えた小柄な店員だった。

 好々爺然とにこにことした人相は、昔祖父母の家にあった魚釣りをする老爺ろうやの首振り人形を彷彿とさせる。


 いや、まさにそのまま大きくしたようで……――そのものだ。


「え……」


 自分の思考に血の気が引く。

 こちらに向けられた老人の瞳はよくよく見れば無機質で、生き物の欠片もない。


 ――つくも神の店。


 唐突に友人の台詞が蘇った。


「つくも、神……?」

「ほほほ、左様です」


 慄然として呟けば、老人は造られた形のままの固定された笑みで頷いた。


 その段になって気になったのは、老人の髪が青や緑に染められている点だ。

 子供の頃の悪戯の記憶が浮かんできた。


「あ……まさかマジで……」

「ようやっと思い出しましたか? ええ、ええ、わしは坊ちゃんに散々いじられて首をもがれた首振り人形です。ゴミとして燃やされ朽ち果てるかと思っていましたが、縁あってここの主人の手に渡り、直され、今こうして働いているのです」


 微笑みに陰影が重なり、全然笑っている風には見えない。

 我知らず、じりり、と後ずさっていた。


 その時、首筋に吐息のような空気の流れを感じた。


 飛び上がるようにして振り返り、首筋を手で押さえながら見れば、コードが繋がってもいないのに扇風機たちが回っている。

 圧を感じ前に向き直れば得体の知れない存在が依然崩さない微笑を湛えている。


「わ、悪かったよ! 本当に申し訳なかった!」


 土下座の体で謝ると、こちらを見下ろしていた老人がふ、と溜息をついた。


「子供の悪戯など、さして怒っておりませんよ」

「へ?」

「今はこうして反省の心を持ち謝罪もして下さいましたし。ただ、物を大事にする心を忘れずにいて下さい。さもなければ……」


 老人の言葉に同調しているのか抗議しているのか、店の中の商品たちが一斉にカタカタと小さな振動を始めた。

 呆然と口を半開きにしながらも、声が出なかった。

 コクコクと首を振って了承の意を伝えるのが精一杯だった。

 かつてのこの老爺のように。


 その後どうやって店を出たのかはおぼろげで、気付けば手ぶらで狭い路地の前に突っ立っていた。

 恐る恐る奥を覗いたが、そこには店なんて影も形もなく、コンクリ壁の袋小路があるだけだった。

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