ガス欠五分前(現代ドラマ)1100字台

ガソリンのメーターが一番下のメモリを切り、更には遠出した帰り道、ぐんぐんとゼロに向かって下降している。

だが愚かにも俺は安心しきっていた。

何故ならもう自宅の近所。

走り慣れた道でガソスタの位置は頭ん中に入っていたし、ぎりで間に合うかなんて楽観的だった。

ここいらだっていつも交通量は多くないし、スムーズに事は運ぶはず。

だが、時に我慢できない便意のように現実というものは無情だ。


「げ、渋滞してんのか」


曲がった先の国道には普段見ないくらいに車が続いていた。

信号のタイミングなのか、一分もしないうちにバックミラー越しの後続車の列も果てがなくなっている。

前か後ろか、ズンジャカと大音量のビートが響いてくる。しかもこの音は一台じゃない。気分の乗る夏だし、たまたま騒がしい車が多いんだろう。

車列は進まない。


「工事の話は聞かないから、事故か?」


だがそれくらいなら交互通行を待つくらいですぐに動き出すよな、とか気楽に考えていた。

しかし予想外に渋滞は遅々として動かない。

しばらく待って徐々に焦りが生じてきた。


あと五分もつかこれ……?


ガソリンは極僅か。

この車はアイドリングストップ種じゃない。


「もしかして、事故じゃねえのか?」


いてればここから二分でガソスタなのに。

気分を紛らわせるためにラジオを点けた。最近流行りのロックバンドのズンジャカとしたメロディが聞こえてくる。

若干ノッてしまいつつ、このバンドに関する何か重要な情報があった気がしたが、焦燥の前では思い出せない。

点けた時から終盤だった曲が終わって、ラジオは地元のトラフィック情報を伝え出す。

俺は苦い顔でメーターとのろのろ運転の前の車を交互に見ていた。

何でこんなに混んでるんだよ。

そろそろ危ういと目した五分間近。

普通ならこんな五分何ともないが、今は違う。

どっかの車のロックビートが余計に神経を逆なでる。

と、


――今日は○○ロックフェスティバルのため、国道△△号線は混雑が予想されます。


ラジオからそう聞こえた。

……。

ここは紛れもなく国道△△号線だ。


「あああ道理で進まねえわけだ!」


そうだ、今日は年に一度の夏フェスだった。……今のバンドも出る予定の。

すっかり失念していた俺はハンドルに顔をうずめる。

くだんの夏フェスは毎年大盛況。

わかっていれば他の道通ってガソリン給油し今頃無事自宅だったのに!


畜生、完全しくじった!

俺は何故この道に入ってしまったのか!!


しばらく横道はない。


臨死体験とかじゃ三途の川の列からですら引き返す奴がいるのに、現世の俺ができないなんて……!

コンチクショー!

ここまで追い込まれると前後のビートもその出演バンドさえも恨めしい。

前方には小さくガソスタの看板が見えている。


だがメーターは、ゼロ。


いや待て諦めるな俺っ。

まだエンジンは動いてる!

もう限りなくゼロってだけだ、だからあとちょっとは……!

せめて……!!


ブロロ…ロ……ブスン……――。


……はい、詰んだ。

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