青梅もどきの恋心

 青梅は何故青い?


 そんなのどうして林檎が赤いかと同義の謎だ。

 それから、どうして宇宙は真っ暗かとか。

 ああでも、宇宙は暗闇ばかりじゃなくて案外明るいんだって誰かが言ってたっけ。

 数十億数百億、それ以上の瞬きで満ちているだなんて。


 青梅は渋くて毒すらある。


 僕の初恋は青梅もどき。


 学校で僕じゃない男に笑顔を向ける幼馴染みのあの子。

 それが気に食わなくて、話をする度心ない言葉を放逐してしまう。吐いている毒と同じくらいの毒が自分の中に蓄積していく。

 傷付けて傷付けてどうにも上手く謝りも出来なくて、そのうち会話すらしなくなって、君はすれ違っても目も合わせない。

 このままでは何もかにもが壊れる、と思った。

 だから駄目だとまだ青いうちにもぎ取った。

 ずっとずっと腐るまで捨て置こうとすら思っていた。

 だから僕は君への酷い暴言を謝れたし、吐くこともなくなったんだ。ただ、相変わらず会話はしなかったけど。


 けれど青かったものは気付けば知らぬ間に追熟して、完熟梅と同じように色づき、甘くなっていた。


 自覚するももう手遅れ。


 誰よりも君が愛しい。


 その気持ちはとてもとても甘くて、一度口に含んだら最後、どんなお菓子だって敵わない。


 幼馴染みでいたかった。

 でも、幼馴染みが痛かった。


 この前、口数少ないよね、なんて久々の会話で言われた。

 本当は沢山の言葉を交わしたいんだよって言ったらどういう顔をするだろうか。

 それ以来、学校でもぶっきらぼうに何かを手伝うくらいしかできない僕はヘタレなんだろう。


 近付きたくて、でも方法がわからなくて、ある日、夏祭りに行くって言う浴衣姿の君が、誰もいないのにのこのこと家になんて来るから、君を捕まえて、どうしようもなく抱きしめてしまった。

 このまま僕に足止めされて行けなければいいなんて頭の片隅で思いながら。

 浴衣を着ている姿なんて初めて見た。

 そんな風に可愛く着飾っておいて僕に驚いた声でどうして、なんて愚問にも程がある。

 誰と行くんだよ、どういう関係なんだよ?

 でもそんなこと知りたくもない。

 僕から離れていくのが嫌で嫌で嫌で、どんどんどんどん嫉妬で心が黒く侵食されていく。


 温い気温にかいた微かな汗と詰められた息遣い。

 回した腕をほどかない僕に抵抗するように身を捩った君へと、僕は激情をぶつけた。

 強引に奪った唇は温かく、柔らかく、噛みつかれて鉄の味になった。

 最低な男だと平手を打って罵ってくれて構わない。


 でも、どうして、キスを拒み僕の胸を両手で突いた君は何も言わずに見つめるんだ?


 え、何、順序が逆? 告白が先?

 それはそうだけれど。


 え、僕が夏祭りに誰と行くかって?

 唐突にどうしたんだよ。友達とだよ、男の。


 え? 会場で他に誰と合流するか? 知らないよ。女子も一緒? そんなの聞いてないけれど。


 どうして怒ってるんだよ?

 ああいや怒るのは当然としても、論点がズレてるよ。


 え、鈍すぎ? ……って何が?


 どうして用事もないのに僕に会いに来たか察しろとか、そんなの君じゃないからわからない。


 え、ゆっくり考えろ?

 そして君が何故浴衣を着たのかも?

 他の女子も一緒に回るって聞いたから……って、ちょっとよくわからない。


 ええと、でもそうなんだ?

 僕が他の女子と回るのがそんなに気になるんだ?

 ……そんなに真っ赤になって恥じらうように肯定するなんて、ズルい。

 かつてない甘すぎる血が僕の全身を巡って、全神経で君を感じろと命令してくる。

 た、高鳴る胸を落ち着かせるためにも少し話を逸らそう。

 他の子なんて別に誰がいようと同じだよ、どうでもいいって言ったら、何か他人事みたい……って、だって僕はもう鉄板な好きな人がいるから。


 ところで、もしかして僕が浴衣姿を拝んだ野郎一番手?

 そ、そうなのか。やっぱそう、なのか……。

 にやけてしまったら腕をパシリと叩かれた。ふふふ照れ隠しってバレバレで可愛ぃ、痛っ。もう一度叩かれた。


 ほら理由なんて見え見えでしょって言って、玄関灯の下でりんごみたいに頬を色づかせる君が世界一可愛いって気付いてる?


 思わず幸せな笑いが零れて、僕はもう一度君を抱きしめた。


 思わずもう一度キスしそうになったけど、ごめんね噛んで、傷治ったらたくさんしよ……って、はい、わかりました、我慢します……。


 ああそうだ。

 青梅が青かろうと赤かろうと、どういう経緯であれ、熟した梅はとても良い甘い香りがするんだっけ。


 だからさ、放置して捨てるなんてもう思わないよ。

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