見ていた夢の先(ホラー)1500字台

 いつも同じ背中を追いかける。

 知っている、祖母の背中を。

 犬を連れたその後ろ姿を。


 ――夢の中で。


 祖母はもうこの世にいない。


 そして何故かいつも同じ明るい畦道あぜみちを自分は駆けている。

 周囲は田植え後のまだ若い緑の稲がすくすくと育ち、水が一面に張られた田園風景が広がっている。空が地上にもあるみたいだった。

 よく知りよく泊まった、祖母のいた愛すべき田舎がそこにはあった。


 横に黒い毛の中型犬を連れた祖母はこちらを振り返る事も無く歩いて行く。

 行かないで、こっちを向いて、と手を伸ばしながら距離を縮める自分は、いつも肩を叩くまであと少しのところまでいくのだが、決まって朝が来る。

 ばーちゃん子だったから無意識に夢でも会いたいと願っているのだろう。

 連日ではないが何度も同じ夢を見るのがいい証拠だ。

 けれどそれは歯がゆくて、少しだけ悲しくなる。

 どうして顔を見て話を出来ないのだろうと。


 今度こそ、今度こそ、と思っていてもどうしてか寸前で夢は途切れてしまう。


 まるで何かの力が働いているかのようにすら感じるほどに。


 ただ、明晰夢めいせきむと言うには自由に動いて思考できるわけでもなく、夢の中では自分は懸命に走るのみ。

 でもきっといつか……。


 強い思いは夢さえ覆すのか、ある夜、初めて意識が明確にあった。

 明晰夢と言っていい。


 それでもやっぱり自分の意思でやや前方にいる祖母を追いかける。

 昼間の畦道あぜみちはいつになく祖母の後ろ姿をくっきりと映し出し、傍の飼い犬の姿もはっきりとわかる。

 今日こそは追い付けるに違いない。夢だからなのか足は軽くどんどん近付いていく。

 待ってばーちゃん、と手を伸ばした。


 やっと、追い付ける。


 届く。


 ばーちゃんに会える!

 喜びと共にいつになく近い背中に触れる、寸前。


 ――祖母が飼っていた犬は、あんな真っ黒い犬だっただろうか?


 突然、自分の中に何かよくわからない感覚が吹き抜け、本当に唐突に、気付いてしまった。

 そうだった、確か白と黒のブチじゃなかっただろうか……。


 ならば、この見知らぬ犬を連れた女性は本当に自分の祖母なのだろうか?


 そう思ったら、急激に周囲の色彩が寒々しく、そして暗く落ち込んだような気がした。

 自分はこのままこの目の前の人の肩を叩いてもいいのか。

 振り向かせてもいいのか。


 もしも、全然知らない人だったのなら……と恐れにも似た感情に支配される。

 では祖母じゃなかったら、誰だ?


 そして万が一そうなら、どうして何度も自分は無駄に追いかけて……いや、――追いかけさせられていた……?


 慄きから派生した躊躇ちゅうちょが停滞を生み、あと僅かな、空間と言うよりは隙間を残し手が止まる。

 こんな近距離にいるのに気配に気付かず物言わない後ろ姿は不気味で――……。


 ハッと目が覚めた。


 遮光カーテンの隙間からは朝の光が漏れている。

 こんなにも急かされるように夢から覚めるなんて初めてだった。

 心臓がドクドクといやに強く鼓動を打っていた。

 おぼろげなところも無くはっきりと夢の内容も覚えている。


 今日の夢はそこからしておかしかった。


 夢と現実の意識の別が酷く希薄で、起きた今もどちらにいるのかわからなくなりそうだった。

 明晰夢とはそんなものなのだろうか。

 ……きっと違う、とそう思う。


 あの時振り向かせていたら……どうだっただろう。


 祖母と思わしきその華奢な背中が、何か得体の知れない存在に思えてしまったのは紛れもない事実だ。

 確かに一瞬、自分の心には疑念と恐怖が過ぎったのだ。

 もしかしたら最早その時点で、祖母であったものは祖母ではないものに変質してしまったのかもしれない。


 祖母だったのか、そうではなかったのか。


 今となってはわからない。

 以来、その畦道あぜみちの夢を見る事はなくなったからだ。


 けれども、未だにそれを考えると、どこか少しだけ薄ら寒いものを感じる。

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