異世界勇者的超ヒモ理論(異世界ファンタジー)
異世界召喚された勇者は悩んでいた。
「俺って、超……ヒモ」
文化も常識も異なるこの異世界に全く適応できず、特に体の鍛え方に関しては女子と比較しても豚とカンガルーくらいの差があった。
もちろん豚が勇者だ。
この勇者、運が悪くも国民皆武道が義務の国に召喚されてしまったらしい。
召喚された王城で台座から聖剣を見事引き抜きはしたものの、それを握ってもへっぴり腰、我武者羅な攻撃も一撃たりとて当たらない。
この世界じゃ五歳児でも倒せるウサギ大の魔物一匹も満足に倒せないときた。
何も功績を上げられずとも食費光熱費諸々は掛かる。
それは全て召喚側が負担してくれている。
勇者は深く溜息をつくと、
「ホント俺って、超……ヒモ」
疲れた顔でもう一度、そう言った。
「ほほう勇者様、超ヒモ理論をご存じですとな?」
白い豊かな
この国の大博士だ。
「超紐理論? って確か物理学の理論の一つの?」
「ほうほう、そちらの世界にもそのような理論がおありとは、何たる偶然」
大博士はうんうんと頷いた。
「ヒモ? さては首でも吊るおつもりですの? どうぞどうぞ。で、転生とかしちゃえばいいんですわ。そうすればきっとチート能力も備わるはずですし。別の使える勇者が召喚されてくるかもしれないですし」
それまで優雅に窓辺のテーブルでティータイム中だった召喚国の王女が、てんで役に立たない勇者を見下げたように頷く。
「生きたまま異世界転移してきたから、勇者のくせに剣の一本も満足に振れないのですわ」
綺麗な顔をした王女の毒舌はいつも勇者の精神に堪える。
勇者は「くぅ…」と呻いて胃の辺りを押さえた。最近よく痛むらしい。
たゆん、とその下では贅肉だらけの下っ腹が揺れる。元の世界でも部屋に引きこもって全然鍛えていなかったせいだ。
「さっさとこの王城を出て魔王討伐してほしいものですわ。全く本当に何のために召喚されたのやら」
王女は鼻の頭にしわを寄せ渋面を作った。
「王女様はその紅茶そんなに苦いんですか? 良ければ代わりに飲みますけど?」
「転生しろッ!(意訳:死ね)」
王女は今にもティーカップを投げつけそうな顔色だ。
大博士は「ふぅむ」と
「勇者様、こちらの世界での超ヒモ理論とは、異世界召喚された者に当てはまる法則です」
「へえ、うちの方のは十次元で紐がなんちゃらでよくわからなかったけど、こっちの理論はどんなものなんですか?」
「勇者は例外なくこちらに無知なため自立できず、しばらくは召喚者の世話になりっ放しになるという理論です」
「ああヒモってヒモ男そのもののヒモ……」
勇者の理解に「左様です」と重々しく頷く大博士。王女は相変わらず渋面だ。彼女的にはイケメン有能勇者が来て、その勇者と良い仲になるという乙女の夢が見事完膚なきまでに潰されたのだから致し方もないだろう。
「更には超ヒモ理論のヒモには、閉じたヒモとそうでない開いたヒモがありましてな、閉じたヒモは今の勇者様そのものですな」
「俺?」
「ええ、そうですわ。だってあなたまだケツを誰にも掘られてな…」
「王女様! それは稀だと秘されたまた別の解釈ですので、口外はなりません!」
大博士は真っ赤になって窘めた。
「別に良いと思いますのに……。大博士は頭が固いですね。ああ貴方はノーマルだから…」
「お、う、じょ、さ、ま」
「わかりましたわよ。閉じた勇者と言うのは、向こうで言う引きニートですわ。きっと閉じ籠りの閉じるという言葉から来ていますのね」
「うぐっ胃が……。じ、じゃあ開いたヒモというのは?」
ダメージを受ける勇者を前に、大博士、別名大賢者とも謳われる老人は、細く骨ばったしわしわの指を組み、意外にも厳しく鋭い視線を投げつけた。
「世界を知ろうとする勇者の姿勢を指したものです。援助は惜しみません、ですので今こそ王城の外に出るのです、勇者様」
「行ってらっしゃーい」
「そんなあーーーーッ!!」
そうして勇者は呆気なく市井に放り出された。
けれどそうしてヒモ勇者は、ようやくはじまりの王城から一歩を踏み出したのだった。
脂肪と隣り合わせの前代未聞の勇者の冒険が、ここに始まろうとしていた。
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