霊能者やってるんだが女霊に好かれてめんどい(現代ファンタジー)

 世の中、除霊できない女霊ほど厄介なものはないと思う。


「とにかく同じなの! パンチラとかスカートの下の絶対領域とか、ブラウスの隙間から見える胸の谷間とかと!」


 俺の目の前でロングの少女は力一杯握り拳を作った。

 因みに半分透けている。

 高校の制服のスカートやシャツや勿論下着がじゃなく、全身が。


 つまり彼女は幽霊だ。


「ほうほう。それで?」


 俺は相槌を打ちつつ、彼女の半透明な額にぺたりとお手製の除霊札を貼っつけてやった。


「きゃああああああっ! ――ああッ何か煩悩が浄化されてくううぅっ!」


 そのまま昇天しろ、もう二度と現世に出てくんな、と胡乱なをした俺は心底本気で思った。

 しかし現実はそうそう上手くは行かないもんだ。


「はふう~危なかったあ~。でね、古来から世の男性陣はチラリズムとか見えそで全部見えないのが大好物でしょ? もちろん賀茂かも君も!」

「……否定はしない」

「でしょ! だからこそ私は君にその恋愛アプローチを試してるのよ。ちらっと見えた時、ドキッとしたでしょ? ね? ねねね?」

「初見時はそれはもう、な。何かこいつすごくやべえなって……」

「でしょ~!」


 手だけ脚だけ髪の毛だけ、もしくは青白い顔の半分だけが、床や天井は元より暗い窓の向こうや寝ている布団の上、枕元、鏡、テレビ画面、果ては牛乳を入れたコップの中などバラエティーに富んだ場所場所に現れては消えるとか、ホラー以外の何物でもない。


 何がチラ見せ? チラリズム?


 ふざけんな。エロじゃねえよそんなもんは!


 しかも毎日、夜な夜な。

 並みの人間なら怖がってノイローゼになってるだろうな。


 いくら幽霊に慣れてる霊能者だからって、俺にも限度はある。


 ――――忍耐の。


 俺は更にもう一枚、今度は別の種類のふだを彼女の額に貼っつけた。


「何これ何これっ、わあああああん動けないいいいいっ! 金縛り? 私幽霊なのに金縛りに遭ってるのこれえええっ! うっそ新鮮んんんんーっ! あっ、あん、こんなキツいの初めて……っ。んもう縛りプレイが好みなら最初からそう言ってよおっ!」

「アホかっ! 大体金縛りじゃない。単なる拘束術だ。全く、幽霊の分際で変な声出すな。現実的なエロを語るな。どうせ札以外じゃ俺だって触れやしないんだから何がどうなるってんだよ。無駄な事してないでさっさと黄泉路を下れ」

「いやだもんんんんッ! 私と付き合って下さいいいいいッ!」

「断る」

「そんなあ~ッ! もしかしてまだ私のチラ見せの魅力が通じてないの? このレベルじゃ足りなかったんだ。もっともっと頑張るから期待してて! たくさんドキドキさせて心臓破裂で絶対逝かせてみせるんだから!!」

「誰が逝くかあああっ!」


 吊り橋効果もへったくれもない。

 ドキドキする相手が恐怖の対象なんじゃ恋も愛もないだろう。

 幽霊的なアプローチでどうして男が落とせると思うのかは疑問だが、大いに間違ったチラリズムを振り翳し、彼女は俺への更なる取り憑き続行を宣言した。


 今夜の心霊現象はひとまず終了だろう。俺は一つ嘆息するといそいそと布団に入って瞼を下ろした。





 大迷惑という文字が彼女の辞書にはないに違いない。


 翌日夜、本家から回された除霊のバイトを終えて帰宅した俺の目は、カーテンの開いた窓から逆さの女が覗いているのを捉えた。

 黒髪は長く頬は青白いのに、見開かれた両目は赤くぎらついている。


「……」


 普通なら悲鳴を上げている所だろうが、俺は無反応に目を逸らすと全く動じずに部屋の電気を点けた。

 光と同時に女は掻き消え、代わりについ今し方まで逆さ女だった女が床に踵を浮かせて室内にいた。


 俺の目と鼻の先に。

 文字通り、パーソナルスペースなんてものを完全無視したキスできそうな恋人同士の距離に。


「近いわ!」

「ううぅつれない~。だって全然反応なかったから、視力落ちたのかなーって」


 最早薄ら寒くなるような幽霊的チラリズムを素っ飛ばして全身で顕現している幽霊の少女。

 血走った眼もどこに行ったのかごくごく普通の顔色だ。

 これで半透明じゃなかったら、そこらの女子高生だと思うに違いない。

 見た目だけは清楚系の。


「お前なー、ダチ連れて来た時は絶対にやめろよ? 今みたいなの。一度お前のせいでアパート引っ越す羽目になったの忘れたとは言わせんぞ」

「あー、その節はごめんなさい。ついつい家突き止めた嬉しさ余って……っ。愛ゆえだよ?」

「愛を理由にすれば許されると思うなよ? ストーカー幽霊め。寝言は寝て言え……ってもう寝てんのか、永遠に」

「その言い方酷い~ッ!」

「おかげで大学から遠いこの部屋に越して来るしかなかったんだからな。今までだったら五分で着いてたのに。俺はお前を除霊はしても好きにはならない」

「ぶぅ~」

「大体何で俺なんだ? 浮遊霊から地縛霊に転化しそうだったお前を祓おうとしたんだぞ? 自分消そうとする相手のどこに惚れる要素があるんだよ?」

「え? だってそのおかげで悪霊化しなかったし」

「……それだけか?」

「そうだよ。実はそれまで幽霊でいるの結構辛かったんだよね。それが賀茂くんに祓われそうになって逃げるうちに悪い部分だけが祓われちゃって、幽霊体として全然楽に息をできるようになったんだよ。……呼吸自体はもうしてないけどね」

「それは偶然だろ」


「――偶然などない。世界は必然に支配されている!」


 少女霊は得意気にどこかのおっさん口調になった。誰だよ。

 まあ、そういう考え方もある。人それぞれだ。


「苦しみから救ってくれた白馬の陰陽師様だったってことだよ」

「そこは王子じゃないのかよ」

「やった! 私の王子様になりたいんだ!?」

「まさか。俺は白雪姫の棺は墓地に埋めるし、シンデレラの靴は拾得物として届け出る。成仏してない女の幽霊はさっさと除霊するに限るしな」


 そう言った俺が常時携行している除霊札を取り出すと、彼女は「酷いこんなに想ってるのにいいいいッ!」と涙目になって窓の向こうに逃げた。

 霊体と言う身軽な体から出た重い台詞に俺は冷めた遠い目になる。

 愛で万事全てが解決するなら世の中痴情のもつれ事件は起きない。


 彼女と出会って三か月は経っている。


 俺の認識じゃ、幽霊は死んで四十九日までに成仏しないと、徐々に何らかの悪い影響が現れる。


 俺と初めて会った時に悪霊堕ちしそうだったのは、既にその安全期間を過ぎていたからだ。


 なのにだ、あの出来事以来、いまだ現世に留まっているにもかかわらず、彼女が悪霊の方に傾かないのが不思議でならない。


 おずおずと俺の様子を窺いながら戻って来た幽霊少女。


「あのなあ、そのままでいてまた悪霊化したらどうするんだ?」

「幽霊チラリストとして賀茂くんの聖なる欲望を日々浴びてるから大丈夫だよ!」

「チラリストってなんだチラリストって。意味がわからん」


 ……その道を極めたストリッパーのことか?

 聖なる欲望って言葉も意味不明だ。


「幽霊に欲情する趣味は一ミリもないし、俺の欲というか望みは一秒でも早く世の幽霊たち、今はとりわけお前が成仏することなんだが?」

「私の魅力で賀茂くんを骨抜き~♪」

「聞けよ……」


 上機嫌に鼻歌を歌い始めた彼女には、俺(生者)の日本語が通じているんだろうか。

 これまで普通に喋ってたが、死んだら一部日本語通じなくなるとか死者の言語になるわけじゃないよな……?

 加えて、床に沈んだかと思うと手だけとか顔だけとか出し入れして俺の様子を控えめに探ってくる。

 電気も点いてるしもう何十回何百回と見てきて、耐性以前に見飽きた。全く怖くない。


 と、俺は気付いた。

 彼女から自己浄化の輝きが見える。


「ああ、無駄に、思う存分幽霊チラリズムやって、悪いもんが発散されてるのか」

「無駄だなんて酷い~! いにしえより幽霊は生きてる人間に興味を持って欲しくて欲しくて欲~し~く~て~っ、先輩たちはより魅力的に見えるように努力してきたんだよ。その幽霊界の伝統を悪く言わないでよね」

「お前はことごとく伝統をぶち壊してるけどな」

「ヒ~ド~イ~ッ」

「どうせなら新たなレジェンド作ったらどうだ? チラ見せ成仏とか」

「そんなことしないもん~っ」


 まあだが、努力の結晶がそれなのか……。

 幽霊ってやっぱ生きてる人間とはズレてんなあ。


「ま、まあ今のは受け売りだけど。賀茂くんも死んだらこの気持ちが良くわかるよ。……死んでみる?」


 彼女は唇をめ、あやしげに眼光を細めた。


 一方、俺は指先で五芒星ごぼうせいを描いた。


「悪霊退散っ!!」

「いやああああああ~ッ、それ主に阿倍さん家のやつじゃんっ」

「細かいことは気にするな」


 はあ、健全な幽霊としての活動が幽霊の健全さを保つ鍵なのか?

 確かにこいつは俺に認識されてるから鬱憤うっぷんもなく楽しい幽霊道を突き進んでいる。

 甚だ迷惑だが。


「まあでも俺が言えるのはただ一つ。――とっとと成仏しろ!」


「賀茂くんの意地悪ううう~っ!」


 彼女の額に常のように自作の除霊札を貼っつけようとしたら、マッハで壁をすり抜けて逃げられた。

 こう言う時ホント霊体は便利だよな。


 気配が完全に消えたのを見計らって俺はカーテンを閉める。


「ふう、飯にするか」


 冷蔵庫からラップごはん(ラップを口ずさむわけでもラップ音が鳴るわけでもない普通のやつ)と多めに作り置きしておいたおかずのタッパーを取り出し、レンジでチンする。因みに前のアパートでは米のお化けのせいで食事時のラップ音が五月蝿かった。祓ったが。


「どうせ今夜も何だかんだ出て来るつもりなんだろうな」


 うんざりしつつ、一人湯気を上らせる夕食にはしを入れるのだった。





 食後、片付けを終えて机に向かう俺はお手製の除霊札を作成していた。


「……にしても、何で彼女だけ効かないんだろうな」


 実際彼女以外には有効なんだが、どうしてだ?

 まあまだ俺は半人前の霊能者だし、幽霊にはよくわからない点も多い。

 自分の札を怪訝けげんな目で眺めていた俺は、それらの端をまとめて片隅に置いた。


「来たか」


 幽霊の気配を敏感に察知し腰を上げる。

 この夜も、俺は仏の慈悲で以って彼女の成仏を願い、


「いやあああああああ! 意識がっああッ何か迎えの光を感じるうううぅっ!!」


 紳士的に模索するのだった。

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