葬儀とかかしと不可解と2(ホラー)
僕は奥さんや地元の人との歓談に興じ、山岡さんの色々な思い出話を聞いた。
それを聞くと随分とカカシに愛着を持っていたようだ。
飽きない話は人に時間を忘れさせるのか、気付けば日が傾いてしまっていた。
「あ、すみませんここら辺って最終のバスは何時ですか? あと帰りにタクシーって呼べます?」
「あらまあごめんなさい。ついつい話し込んじゃったわね」
僕が窺うように訊ねると奥さんが慌てたように立ち上がる。
向かいに座ったおじさんが時刻表を思い出すように視線を斜め上に動かした。
「んーいや、もうこの時間だとバスはなかったんじゃないか?」
「じゃあタクシーで駅まで行くしかないですよね」
「タクシーかあ……。呼んでもすぐには来ないだろうな。最寄駅の最終の列車も早かった気がするし間に合うか怪しいな」
「えっそんな、明日講義あるのに……」
代返が利かない教授の授業が朝一であったはずだ。
青くなる僕におじさんたちは顔を見合わせる。
「ハハハ俺の車で駅まで送ってくから心配すんな」
「え? ……でも、いいんですか?」
「折角こいつのためにこんなとこまで来てくれたんだ。それくらいお安いご用だよ」
親しい間柄だったのか、父や山岡さんと同年代らしい礼服のおじさんの一人が気安い口調で申し出てくれた。笑うと糸のように細い目がなくなるタイプの人好きのする面立ちだった。
僕は有難くご厚意を頂戴することにした。
「今日は本当にどうもありがとうね。わざわざお父さんの代わりに来てくれて、山岡も親友のご子息にまで見送ってもらえてきっと今頃喜んでいるでしょうね」
「え、いえそんな。ええと、その、あまり気を落とさずに……」
「ふふ、ありがとう」
玄関先まで見送りに出て来てくれた優しい笑みの奥さんや他の人たちに挨拶をした僕は、暗い中あの砂利道を歩かずに済むのかと思えば内心密かにホッとしていた。
おじさんの車を待つ間、山の影に覆われた夕闇の庭を眺める。
そこに立てられているカカシたちは日中の陽気さとは違って見えた。夕刻の中では陰影を濃くし、今にも蠢きそうな不気味な黒い影だ。
笑い顔の一体と目が合った。
目が合うなんて言い方はおかしいかもしれないけれど、僕は何故か見られていると感じていた。
――無機質な監視の目に。
昼間よりも気温の下がった山の風が首筋を撫で、思わぬ冷たさのせいか僕はぶるりと体を震わせた。
風にぐらぐらとカカシが揺れている。
「車、遅いな」
と、少しずつ濃くなる薄闇の中、ぐらりと黒影が傾いだ。
どさり、と思ったより重い音を立てて地面に倒れ込み、土が撥ねた。
「びっくりした……」
唐突な音と出来事に両肩をビク付かせ、けれど見過ごせず、僕はそろそろと庭先のカカシの傍まで行くと抱き起こして元の位置に立てた。
ふうと一息ついて、何気なく廊下の方を振り返る。
別に何かを感じたとか、そういうんじゃなかった。本当に偶然の行動だった。
「――!?」
いつからいたのか、五、六人の人が廊下に佇んでこちらを見ている。
ぎくりとしつつも正体に思い当たった。
奥から出て来なかった親戚の人たち……?
彼らはたじろぐ僕を黙ったまま見つめてくる。
ええと、気を悪くしてるとか?
確かに長居し過ぎたよな。挨拶もしてなかったし。
「す、すみません今日はお邪魔しました! もう帰りますから!」
硝子戸越しだからと聞こえるようにやや声を張り上げる。
しかし反応は返らない。
聞こえてるはずだよな?
無言の圧力とでも言うのか、緊張してゴクリと唾を呑みこんだとき、プップッとクラクションの音がした。
おじさんの車だ。
天の助けとばかりに廊下に会釈をすると逃げるように送りの車に乗り込んだ。
無事発進するのにどこかホッとして運転手を見やった僕は気付く。
「あれ? おじさん、頬に土付いてますよ。転んだんですか?」
「ああちょっとな。暗いし山だからここ」
糸目のおじさんは苦笑して頬の土を軽くほろった。
遠ざかる山岡家。
カカシのいる集落。
「あの、気になったんですけど、山岡さん
「ん? ああ、あの部屋は山岡がカカシ作ってた部屋だよ。たぶんまだ途中の奴ら置いてあるんじゃないかな」
「へ? カカシ……ですか?」
「ああ、カカシだな」
「誰か親戚の人たちが来てたりは?」
「あの部屋にか?」
僕が頷くとおじさんは緩く首を振った。
「式に顔出してた連中以外は来てないはずだが。大体、あの部屋には誰も入ってなかったと思うぞ」
「え……」
でも確かに人の声がしていた。
それにだって廊下のあの人たちは……?
「そ、そうなんですか……」
「カカシ部屋、見たかったかい? すっごく散らかっててアレはヤバいぞ?」
「ええと……」
おじさんは戸惑う僕に何気ない
……散らかった作業部屋なんだ。
僕は何となく釈然としないまま、反面この件を深く考えたくなくて、ほとんど暗くて見えない流れる景色に集中した。
「――ありがとな」
おじさんが唐突にそんな事を言った。
横を向いて怪訝にする僕の視線には気付いているんだろうけれど、彼は上機嫌に前を向いたままだ。
何故か、完全には落ちていない頬の土汚れが妙に眼裏に残った。
結局言葉の意味がわからないまま、最寄りの駅まで送ってもらった僕はお礼を言ってその地を後にした。
おじさんのお陰でぎりぎり最終列車に間に合ったものの、帰宅したのは当初の予定よりもだいぶ夜遅かった。
「ただいま。父さんは具合いどう?」
インターホンを鳴らして待つと、程なく塩と水を手に出てきた母へ、僕は一戸建ての玄関先で体を清めつつそう訊ねた。
「もうほとんど熱も下がったから心配しなくて大丈夫よ」
「ならよかった」
「今日はお父さんの代わりに御苦労さま。ご飯は?」
「コンビニで適当に買い食いしてきた」
「そう? あんた明日講義あるんでしょ? 疲れただろうし今日はもうお風呂入って寝なさいね」
「勿論そうするー」
母の言葉通りさっさとシャワーを浴び、自分の部屋の布団に入る。
「何か今日は緊張の連続だった……」
寝ころんだまま天井を見上げ、僕は今日を振り返る気力もなくゆっくり目を閉じた。
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