短編中編長編クリップ

まるめぐ

葬儀とカカシと不可解と1(ホラー)

 友人の訃報を受け葬式に参列するはずだった父の代わりに、ちょうど日曜で大学が休みだった僕が参列する事になった。

 何故なら前日の夜、父が急な発熱を伴って寝込んでしまったからだ。

 実はこの日はその人のお通夜だったらしいけれど、父はちょうど出張から帰ったばかりだったので行けなかった。

 普段風邪一つ引かない丈夫な父が苦しそうに咳き込む姿は見ていてとても不安になった。

 母に介抱される病床で「もう歳かな」なんて冗談を掠れた声で呟くから冗談には聞こえない。母は「五十路目前の働き盛りが何を言ってるのよ」なんて体を案じつつもちょっと怒ってみせていた。

 たぶん、友人の死で受けた精神的なショックが原因なんだろう。


 何とか公共交通機関を使って行ける県内の場所とは言え、住所は行ったこともない田舎の山の中。

 山を下った麓の平野には葬儀場だってあるみたいだけれど、どうも自宅でするらしい。

 いつになく早起きしスマホを頼りに電車を乗り継いで、その界隈の人しか利用しないような小さなバスに乗ってようやくその目的の村に辿り着いた。

 そう「村」だ。

 村と聞くだけで僕は現地を見なくとも長閑過ぎる田園風景が思い起こされた。或いは過疎化で廃村間近な様を。


 その人のお通夜は前述の通りもう済んでいるので、僕は十三時からの告別式に出る予定だった。

 最寄りの停留所で下り、発車するバスの車掌さんに軽く会釈をする。

 職業柄なのか車掌さんはかっこよく右手を上げて応えてくれた。


「今はまだ昼前だし、間に合うよな」


 村のバス道を逸れ、手描きの地図を頼りに車一台通るのがやっとの無舗装の林道を歩いて進む。地図は僕が迷うかもしれないと心配した父が高熱の中描いてくれたものだ。今はスマホで画像だって見られる時代なのにと思ったけれど「向こうじゃきっと役に立たない」とうわ言のように言っていた通り、スマホは途中で圏外になった。

 嘘だろ、と辟易としつつ、加えて予想外に砂利の道行きが長くて革靴で来た事を少し後悔した。


(礼服はともかく靴だけでも替えのスニーカーで来れば良かった。キツイわ、田舎道を嘗めてたあー……。帰りはタクシー頼もう。……来るよな?)


 既に草臥くたびれた感が半端なくて、僕は緑の木々のトンネルを見上げ溜息をついた。

 木陰だと今は初夏なのに少し肌寒いくらいだけれど、その涼しさがより一層空気の清らかさを際立たせていて吸い込むと肺が歓喜した。


「ホント山深いな。八百万やおよろずの神様とか妖怪が本当にいそう……」


 思わず声に出しながら足を止めた僕は、時さえも止まったような心地で林道脇の木漏れ日の連なりを眺めた。


 車のわだちに合わせて植物が生えていない砂利道を苦労して進むと、小さな集落が見えて来た。曲がりくねった畦道、段になる田畑。そんな中に家が点在している。

 集落入口の木の上に人影が見えた。

 脚立を掛けて枝払いでもしているんだろう。

 僕は誰もいない長い細道をたった一人で歩いてきたせいか、妙に安堵した心地で第一村人に近寄った。


「こんにち……――ッ」


 挨拶をしようとして咽が凍りつく。

 思わず強張る僕を無言で見つめる愛嬌のある顔。

 しかしその無機質で滑らかな瞳には光がなかった。


「……って、な、何だ大っきな人形っつかカカシか。びっくりした……」


 男性を模したカカシは、ほっかむりを被せられ木に括りつけられていた。

 木の枝を切っている様子を再現しているに違いなく、その手にはのこぎりが持たされている。


「え……のこぎり本物って、リアリティ追求しすぎ」


 正直いい感じはしなかったけれど、僕はこれも過疎が進む村ならではの村興しだろうと結論付けた。

 目の前の集落に何人住んでいるのかはわからない。ここ以外にも集落は他にいくつかあるようで、けれど今ではその近隣一帯を合わせても村の人口は30人にも満たないだろうと父が言っていた。

 その割には庭や畦道の草は綺麗に刈り取られ、きちんと手入れが行き届いている。

 木の上の他にも田畑やあぜ道、家の庭先や縁側にまで等身大のカカシたちはいて、寒村に足を踏み入れた僕は少しだけ寂しさが紛れるのを感じた。


 どこのお宅が父の友人――山岡やまおかさんの家なのかはすぐにわかった。


 家の前に黒と白の幕が張られ、葬式用の燈篭とうろうが立っていたからだ。

 トタン屋根の昔ながらの大きな家屋。

 駐車場と思しきスペースには車が数台停まっているだけだ。

 田舎によくある白い軽トラと、動くのか古そうな乗用車と、割と最近の乗用車の計3台。


「やっぱりここまで山だと来る親戚も少ないのかな」


 親戚ですらこれだ。

 父がその山岡さんにどれだけ友情を感じていたのかがわかる。

 そこまでの親友の葬儀に来られなかった父を今更ながら僕は気の毒に思った。

 山岡さん家の庭は胸くらいの高さの生垣に囲われていて、そこに面するように長い廊下がある。玄関先からでも幅の広い廊下からすぐの部屋に葬儀の祭壇が組まれているのが見えた。

 心なし姿勢を正しチャイムを鳴らすと、ややあって奥さんらしき女性が出てくる。

 疲れた顔はしているものの、少し垂れ目で涙袋のある優しそうな感じの人だった。


「どちら様でしょう?」


 女性は不思議そうな顔をして見覚えのない僕を見つめた。

 それでも礼服を着ているので目的はわかったのか僕が名乗るのを待ってくれる。


「あ、初めまして、僕……いえ私は、山岡さんの友人の磯部いそべ達夫たつおの息子で達彦たつひこと言います。本日は父が急病で来られなくなり、代わって参列させて頂きたく参りました」


 変にしゃちほこばって言うと、女性は「あら磯部さんの。ここには前に何度かお越し頂いてたんですよ」と懐かしそうな笑みを浮かべるとゆっくり丁寧に頭を下げた。


「この度はうちの山岡のためにわざわざどうもありがとうございます。さあどうぞ中へ」

「あ…はい。お邪魔します……」


 緊張の解けないままに案内されると、中の座敷には葬儀の手伝いらしい割烹着姿の女性や、親戚や近所の人らしき黒い礼服姿の男性が何人か座ってしんみりと思い出話を始めていた。


「山岡さんは本当によくしてくれましたよ」

「ええ、うちもです。だから安心してこの村で暮らしていられたんですけれどねえ」


 礼服姿の男性が言うと、その向かいの別の男性が頷いた。

 二人にお茶を注ぎ足しながら割烹着の女性も話に交ざる。


「ここは村興しなんかも彼を中心に回っていたような場所でしたからねえ、これからはだいぶ寂しくなりますね。てっきり快復して戻ってくるものとばかり思ってましたから。新しい人も来ないでしょうし……あとはもう人口も減っていくだけですね」

「そうだなあ。残念な人を亡くしたもんだ」


 聞こえて来た会話から随分慕われていたのだとわかる。

 僕と山岡さんの奥さんが姿を見せると彼らは「ん? 誰だい」なんて訊いてきた。

 自己紹介をし、葬儀前の祭壇に手を合わせる。

 午前の間にもう火葬は済んでいて、骨壷の入った綺麗な箱が祭壇上に置かれていた。

 遺影でしか見る事の出来なかった山岡さんは、大らかそうな笑みを浮かべていた。

 ふと、僕は祭壇横のふすまの奥から人の声がするのに気付いた。


 他にも親戚の人たちが?


 少し気にはなったものの出て来ないならわざわざ挨拶もいらないかと興味も失せ、時間まで周辺の散策をさせてもらうことにした。

 途切れることなく鳥の囀りが聞こえる長閑のどかな道を歩いていて気付く。


「ここのカカシ、人口より絶対多いよなあ。こだわりも半端ないし凄いな」


 一体一体皆服も表情も違っている。

 たとえば、木の陰から半分顔を覗かせてこちらをじっと見据えるカカシは、リアル過ぎて最初本物の人間かと思ってぎょっとした。人見知り設定なんだろうか。

 どこの家にもカカシはあったけれど、とりわけ山岡さん家の庭に多かった。

 後で訊けば彼が率先してかかしを作り、メンテもこなしていたらしい。

 そのうち時間を見計らって戻り、お坊さんも来て葬儀は滞りなく終わった。

 式には他にも地元の集落の人が何人か参列していたけれど、どうしてか座敷の奥にいた人達は最後までそこから出て来なかった。

 ただ、中からは依然かやかやとした声だけが漏れ聞こえていた。

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