日帰りファンタジー?・スーパーロボット編

赤王五条

世界を破壊し、世界を守れ

 その日、トシアキはいつもより帰りが遅くなった。週末の金曜日なので少しぐらい遊びすぎて帰っても、ということだった。彼は高校二年生の男子。部活には入っておらず、帰宅部である。小遣いとして両親から振り込まれる金で、放課後ゲーセン通いをして家に帰る毎日である。本来は進路や勉強も準備しなければならない時期だが、彼は楽観的だった。後々後悔することになるフラグは、こういう時に限って、彼自身には見えない。

 それはともかく、夏が近いこの日、十八歳未満がいれるギリギリの時間まで遊んだ後、両親のいない家へと帰る。ベッドタウンの一戸建て。恵まれている家庭と言えよう。だから、自室に置かれたラッピングされたプレゼント箱について、何も疑いはしなかった。

 プレゼントカードは添えられていなかったし、特に誕生日でもなかったが、それを両親からの贈り物だと思ってしまった。トシアキの自分の家格の傲慢そのものであろう。

 トシアキがプレゼント箱を開けると、VR機器が入っていた。鳴り物多いとはいえ、最新ゲーム機器である。喜びは隠せない。ただ、同梱されていたゲームソフトはまるで聞いたことのない会社のゲームだった。

 タイトルはディスブレイカー。ロボットシューティングゲームであるらしい。ロボットTPSやロボットを含むFPSが一般的になっている時代、シューティングとはジャンルに挑戦的だなぁ、と思う。とはいえプレイ前の感想だ。早くプレイするべく、居間に下りて、冷蔵庫のタッパーを選び、詰め込まれた食物を温めて食べる。

 トシアキ自身は料理をしたことはない。いつも、両親が雇った家政婦さんによって作り置きが作られて、彼はそれを食べる毎日である。つまり食についても満ち足りていたのである。

 栄養は足りた。自室で準備を整えて、ゲームを起動、ベッドに仰向けに寝そべってVRグラスを装着する。視界の中で臨場感のある雲海が現れる。まだコントロール不能だが、視界の中では飛んでいる気分である。

『こんにちは! ようこそ、ディスブレイカーへ!』

 タイトルが表示されるより前に、少年のようなトーンの高い声が響く。声の主は視界の隅に姿を現す。ロボットゲームに似つかわしくない、ノースリーブとハーフパンツという現代服の少年だ。

『僕は君をナビゲートするショウだ。まずは君の名前を教えて欲しい。』

 どうやらタイトルに行く前にチュートリアルという形式のようだ。トシアキは、いつも使っているプレイヤーネームの『シュン』を入力する。

『ではよろしく、シュン! これから君に戦い方を説明する。』

 機械音声とは思えない、高精度な、いやほとんど人間と変わらない発音で、プレイヤーネームを呼んでくる。これで相手が美少女キャラであればいいのに、と苦笑せざるえなかった。

『現在、自動運転中のこのモードは飛行形態だ』

 雲海を背景に、ムービーシーンが挟まれる。翼は無いが、ジェット機にしては二回りも巨大な全長が紹介される。名前はブレイカーというらしい。自機の名前だろう。

『この形態の戦闘力は、機関砲とビームによる機動戦となる。空を飛ぶ小型機には有効な手段になりえる。そして、一つボタンを押すと!』

 今度はムービーシーンは挟まれない。自動的にその場で変形する。雲海を突き抜け、市街地が背景となる場所に降り立つ。

『これが人型形態だ。飛行形態では倒しにくい地上の敵を倒すモードになる。武器はビームガンと近接格闘になる。火力は貧弱だから、気を付けて欲しい。それでは、少し自由に動かしてみてくれ。』

 と、ここまでムービーゲーだったのを掌返しに操作が利くようになる。

 ゲームはある種当然だが、自分の正面が視界のファーストパーソンシューター、いわゆるFPSだ。操作して動き過ぎると視界も相応に揺れる。故に酔いやすいこともあるのだが、このゲームでは素直になめらかに動き、視界がガタガタ上下左右に動くことはない。一定の物理法則を採用して、奇妙な動きができることが定番なのだが、どうもこれはそうでないようだ。操作の癖はなぜか自分の体を動かすような、そんな印象を受ける。

『さて、操作には慣れて来たかな? では戦闘シミュレーションに入ろう。このフィールドの敵機を殲滅してくれ。』

 話が急だが、それはそれで良い。自機の操作に慣れたのに、あれこれゲームモードの説明をされてもやる気が削がれる。今は、このゲームの基本を叩き込む方が先、という考えをトシアキは持っていた。

 豆鉄砲な攻撃力とはいえ、多数出てくる戦車や飛行戦力を、形態で使い分けて、チュートリアル敵を殲滅すると、やかましいアラートが鳴る。

『では、最後の説明だ。基本的なボス敵、と言ったところかな?』

 と、フィールドに明らかに場違いな巨大な敵が現れる。戦車や航空機に関してはテレビドラマで見られるようなリアルな作りをしていたものの、市街地のビルより高いブレイカーではアリやカトンボのようなものである。

 だが、今回現れた敵は、いかにも悪役っぽい巨大なロボットであった。古今東西シューティングゲームといえば何倍もでかい巨大なボス敵を倒していたが、VRで実際に目にすると威容にびっくりする。

『今までの敵と違い、相手も強力だ。だが心配することはない。ここからが戦闘の肝だ!!』

 ショウが自信満々に説明する。トシアキの好み的にショタキャラは範囲外です。

『今回は僕が呼ぼう! 来い、ザンフェイト!!』

 唐突にショウが叫ぶ。すると視界内の空からシャトルのようなものが飛んでくる。

『あれはザンフェイト。このブレイカーのパーツの一つ。さぁ行くぞ、合体だ!』

 自機が自動で飛行形態に変形し、雲海に出てシャトルと並行飛行する。視界下部に見えるザンフェイトはブレイカーの二倍ぐらいの大きさだということが見て取れた。自動で飛行するブレイカーは速度を急に上げて、ザンフェイトの前に出る。そのまま、人型とも飛行ともつかぬ変形をし、後ろで変形したザンフェイトに収納されるように合体する。

 そのまま、ザンフェイトはシャトルから人型へと変形し、結果、子供の時に見たようなアニメの巨大ロボットへと変化した。そして再び、地上に着地する。

『これが真の姿、ディスブレイカーだ! この形態なら強力な火力を使えるぞ!』

 リアルなムービーシーンには驚愕したが、ゲーム内容を忘れてはいけない。どうやらショウの言う通り、これがメインモードらしく、多彩な武器がアンロックされた。

『これは戦闘シミュレーションだから、ボスはほとんど木偶の棒。色々試したら、必殺技を放つんだ! 必殺技はマグナブレイク。ブレイカーとザンフェイトのエネルギーを合わせて敵に直接撃ち込んで、内部破壊を起こす、最強の技だ!』

 言い様とやり方は非効率極まりないが、必殺技というほかない恐ろしい技だ。

 ともあれ、チュートリアルもムービーシーンの一つのようなものだった。アンロックされた武器を試し、ほとんど抵抗しないボスに対して、最後は必殺技を叩き込む。それでステージクリアだ。

『おめでとう! これで君も破壊者の一人だ!』

 説明のない単語が聞こえてくるが、説明がないのがシューティングゲームの通常だ。特に気にしない。

『それではここからが、ディスブレイカーでの本当の戦いだ。君にそのステージへと案内しよう!』

 と、長々としたがこれでチュートリアルは終わりであるらしい。タイトル演出を待ったが、ついぞ出てこず、設定画面に通される。好きに能力をカスタマイズできるようなパートである。とはいえ、実際のプレイ環境が分からないので、項目をさらっと読み流して、その他のモード画面を探る。

 このゲーム、全国接続プレイ人数が見えるようで、すでに三千を超える人数が同時にプレイしているようだった。とはいえみんなゲームに熱中しているようで、公式チャットロビーの接続はゼロだった。

 すぐにプレイしたいのはトシアキも同じ気持ちである。チャットロビーには顔を出さず、彼もすぐにゲーム本編へと飛びついた。キャンペーンモードに過ぎないと思っていた本編だが、それは重厚で豊富なストーリーだった。充実したゲームクリアとハイスコアを叩き出して、意気揚々とログアウト。

 外はすでに日の出の時間だった。若い精力をフル動員して、眠気をシャットアウトはしているが、食欲の方はどうにもならない。軽く食べに居間へと降りる。その時に、さっと玄関の方を見るが、トシアキが帰宅した後に誰かが帰ってきた様子はなかった。土日も仕事とは熱心な両親だ、と心無い納得をする。保存されたパンをトースターで焼き、バターとジャムを塗って食べる。ただそれだけの間に、一応テレビも点けて、一通りチャンネルを巡り、胡乱気に世の中を見る。

 未だ世の中の機微など分からない青少年である。二十年も生きていない小童に世を知れ、道理を生きよというのも無茶な話ではあるが。

 ともあれ、彼にとってつまらない世の中などどうでもいい風に映った。ならば、と腹の中に食物を入れたら、自室に帰って眠り、適当な所で起きる。その時に携帯端末でディスブレイカーの情報を集めようとするが、話題には出るものの、攻略情報は錯綜していた。昨日の今日だから当たり前だろう。公式ホームページはアクセスが集中していてパンクしていた。

 仕方なく、全国ランキングを確かめる目的でゲームにログインする。すると、接続プレイヤー数は万に達しており、スコアランキングも続々と更新されているようだった。

『いやぁ、目まぐるしいよね! あ、オールステージクリアしちゃったけど、ここからはストーリーの無い、完全ランダムステージなんだ。だから、カスタマイズを万全にプレイしてくれよ。』

 固定のセリフとは思えないほど、ショウが助言してくる。どうやら、対戦モードの類もないようだ。ここからは本当にスコアアタックということを確信する。幸いスコアランキングにシュンの名は上位にある。まだ慌てる必要はない。

 だから未だに接続数ゼロの公式チャットロビーに出向き、モチベーションを維持するために目的のない誰かを待つ。ランダムステージを遊ぶ誰かの情報があれば、これからも楽しくプレイできるだろうと考えたのだ。

「もしかしてトシアキか?」

 と、馴れ馴れしく声を掛けてくるデブ少年のアバター。ただそのアバターはリアルでの学校のクラスメートと瓜二つであった。驚愕をしながら、VRなのに頷いてしまう。

「あ、ああ」

「お前もこのゲームやってたんだな。おい、来いよ!」

 デブの後ろから、メガネ少年のアバターがチャットにログインしてくる。こちらも学校のゲーム友達として馴染みだ。名を名乗り合うまでもない。

「いやぁ、偶然ってあるもんだなぁ。俺らは特別プレイヤーに選ばれてさぁ。」

「そうなのか。俺は親からのプレゼントだよ。」

 聞いてもいないのにプレイ経緯を話すデブ。ら、ということは、メガネのほうも同じということだ。ここで違和感。

 果たして、そのような偶然が普通にありえるのだろうか、と。

 トシアキは降って湧いた疑問を飲み込む。

「とりあえず、一周目スコアは叩き出せたから、二周目情報を得たいんだ。なんかないか?」

「ナビゲーターはランダムステージなんて言ってるが、全然違うぞ」

「そうだよ。新しい敵も出てくるし、ディスブレイカーの偽物も現れるし。ステージ構成が一周目の比じゃないんだよ。」

 今まで出てきていない敵? ディスブレイカーの偽物?

「それも難易度上がって面白いんだけど、乱入戦みたいに対人戦もできるみたいだぞ」

「そうそう、条件とか何も分からないけど、アラート鳴ってようやく分かるよね」

 デブとメガネは嬉々として情報を出してくる。こちらはありがたいが、思考は混乱する。このゲームはネットワーク接続対応タイプだが、データアップデートをしている節はない。そもそもセーブはしているが、データロードのタイムラグがほとんどない。ステージマップ更新ぐらいは多少かかるが、他のゲームにくらべると些末なことだ。対人戦も含まれるとなると今度は回線ラグも湧く。だが、彼らの言い様では出現に回線ラグなどないようだ。

「ありがとう。いい参考になったよ。」

 表向きはいい顔をして、チャットルームを退室する。そういえばチャットルームもおかしい。自分はアバターなどを設定した覚えはない。そして、クラスメートたちは自分のよく知る姿で現れた。

 彼らは、どうして自分をトシアキだと判別できたのだろうか。

 違和感と疑問を払拭できず、メンテナンス画面の隅にあるヘルプアイコンから、単語の検索を掛ける。最初の単語は、アバター機能、だ。

『アバター機能は、本人の容姿を完璧に落とし込んでいる。かっこいいアバターを設定できなくてごめんね。こればかりは仕様上、仕方ないことなんだ。』

 と、単語の検索を掛けても表示こそ出ないが、ショウが説明してくる。

『久しぶりに察しの良いプレイヤーに出会えた。質問をしてくれ。この場で答えよう。』

 ショウはこれまでキャンペーンモードでサポートをしてくれたが、そのどれもが設定されたように聞こえないボイスの数々だった。それらボイスはサウンドプレイヤーに登録されてはいない。もちろん、敵機の接近アラート等は固定ボイスのようだ。

 だからトシアキはいきなり核心を突きに行った。

「お前は、何者だ?」

 画面上のナビゲーターのショウは目を瞑り、考え込んだ。そうした動作でさえ、作り物のナビゲータープログラムには見えた。

『いいね。その質問。では答えよう。VRグラスを取ってくれないか?』

 そう言われ、恐る恐るVRグラスを取る。すると、ベッドの側の勉強机の椅子に、ナビゲーターのショウがいた。どう見ても生身であり、トシアキの目には生きた人間がそこにいた。

「初めまして、かな? ショウだ。あのゲームにロードされている『ショウ』はある程度自由に受け答えができるボットのようなものでね。あれでも一応プログラムなんだ。で、もしヘルプ機能等でプレイヤーが気付いたら俺の出番ってわけ。」

 少年はあっけらかんと答えるが、トシアキは正直不気味さを感じた。この世のものとは思えない少年、あるいはSAN値直葬と言ったところか。

「君みたいな察しのいい子はいつも一人か二人出る。察しの悪い子が悪いわけじゃないさ。ただ、選ばれた子たちからさらに選別をかけるなら、こんな方法しか思いつかなかったんだ。」

 何を、どういう意味で言っているのか分からない。

「そうだな、今のところ、ディスブレイカーは接続目標数を超えたよ。一万。その大台を超えるだけで良い。キャンペーンモードはディスブレイカー無双すれば大抵なんとかなる難易度になっている。クリアできないなら別に問題ない。このゲームの肝はそこじゃない。ボットが紹介しているランダムステージだ。」

 確かにショウの言う通り、難易度はディスブレイカーに頼れば簡単すぎるものだった。だからこそトシアキは適宜ブレイカーの状態でもステージに挑戦した。

「ランダムステージで出てくる敵はこちらでも予測がつかない。というのも、ステージとして接続されている場所は、並行世界、パラレルワールド、あるいは極めて近く限りなく遠い世界だ。そこではディスブレイカーが配布されている世界かもしれないし、そうじゃない世界もある。ディスブレイカーの偽物が現れる?

違う、そうじゃない。それは違う世界で配布されたディスブレイカーだ。」

 これは、ゲームじゃないのか?

「ゲームさ。ディスブレイカー同士の食い合いは主目的じゃない。異なる世界に接続して、その世界のボスを倒す。なぜ、毎回マグナブレイクを使わないとボスが倒せないのかと考えたことはなかったか?

あれは世界破壊のトリガーも兼ねているからだ。このゲームは世界の破壊をするゲームなんだ。」

 トシアキは愕然とする。確かにボス敵には必ずマグナブレイクを使わなければならない。ボスを倒して、広がる光を背にブレイカーとザンフェイトで脱出するのが毎回おなじみのステージクリアだ。しかしそれらにそんな意味があったなんて。

「そして、並行世界でも俺はディスブレイカーを配布していると言ったな。つまり、この俺ですら、多少受け答えができるボットの役目にしか過ぎない。破壊される世界は、この世界も限らない。僕は、いや僕たちは、『もしも』の世界を効率的に合理的に破壊するためにこのシステムを作り上げたんだ。」

 そうだ! それならプレイヤーの敗北はどうなる?

 ディスブレイカーの耐久力がなくなれば自動撤退だったはずだ。

「選別機能である一周目はね。ランダムステージでは撃墜されたらだいたい死ぬかな。特にディスブレイカー戦では最悪マグナブレイクを撃ち込まれるからね。」

 対人戦でマグナブレイクはリスクが高すぎてできない。だが、ありえないことではない。どんな巨大な相手でも、世界を破壊する一撃に耐えられるわけがない。

 と、ここでトシアキの頭は悪い想像が働く。善悪のほうではなく、予感のほうである。VRグラスを装着し、プレイヤー接続数を閲覧する。数はすでに一万を下回っている。次に、プレイヤーの検索。プレイヤーIDは、先ほどチャットで出会ったログをもとに検索する。あのデブとメガネの接続状況を確かめるのだ。

 結果はIDロスト。ログインプレイ中やログアウト中なのではなく、ID自体が確認できないのだ。IDを消してやめたとも考えられるが、チャットルームで別れたのは数分前のことである。やる気を示していた彼らが急に気が変わってやめたとは考えにくいのだ。

 トシアキはVRグラスをはずし、それを放り投げる。これは遊びではない、と確信してしまった。このゲーム自体、贈り物などではなかったのだ。ショウからの罠や呪いの類だと、気付いてしまった。

「騙されてしまったと思うだろう? しかしそれは知るべきではない真実だっただろうか? この世界を、家族を、友達を守るためなら、ディスブレイカーで戦えばいい話だとは思わないか?」

 ショウはもっともらしいことを笑顔で言ってくる。それはトシアキにとって一片も信じられない顔だった。額には脂汗。背中には冷や汗。恐怖に駆られてトシアキは逃げ出す。そこしか帰る場所はないのに、怖くなって着の身着のまま、自宅を出る。しかし、自宅を出たあたりで、軒先の暗さに足を止める。

 見上げると、空は曇りだった。その曇り空に飛行形態のブレイカーが同じブレイカーを追い回している。

 違う方向では人型形態ブレイカーでディスブレイカーに挑んでいる。窓からは見えなかった光景が、閉めた窓越しに聞こえなかった多くの音が、トシアキの五感に対して一気に押し寄せてくる。

「現実に起こるはずないと思う? こんなものが遊びたかったゲームじゃないと思う?」

 ディスブレイカーのゲームそのままの状況が現実世界に侵食し、戦い合う光景を見ながら、ショウは側に現れる。

「何が現実なのかは哲学的でとても答えられることじゃないな。ただ夢は現実ではないだろう。だから、君たちの見ているものが夢でないなら、これは現実だと認めるほかはないはずなんだ。」

 放心するトシアキにショウは言う。夢だと思いたいのに現実だと思い知らされるのは辛いことだ。

「なるほど、確かにそうだな」

 ショウは納得しているが、状況は変わらない。放っておけば、この世界は破壊される。確かにディスブレイカーで戦えば、この世界を守れるだろう。それで死んだものたちは救われるのか? そして、仮にトシアキが倒したブレイカーたちはよいのだろうか。

「自分の身が危ないのに他人の身の上を考えるのは子供の悪い癖だな。そんなこと相手は考えるかどうか分からないのにな。ただ、VR上でロストしたデータについては復元は可能だ。マグナブレイクされた場合は責任は取れない。逆に言えば、それはほかのディスブレイカーたちにも適用されるということなんだがな。」

 友達の命は戻ってくる?

「理論上はな。現実世界の死や、復元した後で肉体の損壊があった場合には魂を戻す受け皿がないってことでゲームの中に生きるだけの命になるな。」

 ショウの説明は相変わらず怖さを含んでいるが、トシアキにとってはわずかな希望になりえた。ゲーム目的は、いや世界を守る条件は変わりない。ディスブレイカーで相手のディスブレイカーを倒すこと。この世界で戦う場合には、撤退させ、相手の世界で戦うこと。最悪、プレイヤーを直接攻撃してしまうのも手になる。

「君も怖いことを考えるなぁ。だがまぁいい。それでこそ真実にたどり着いたプレイヤーだ。それじゃあ、プレイ続行ということでいいかな?」

 ああ、とトシアキはその場を立ち上がる。正直、まだ怖さはある。だが、目の前にある現実をなんとかできれば未来はある、という希望を胸にしまったのだ。

「ならば、VRではなく、現実のブレイカーに転送するとしよう!」

 シュンはそう言い、指を鳴らす。曇り空を突き抜けて、新たな飛行形態ブレイカーが姿を現した。トシアキはそのブレイカーに吸い込まれるように乗り込む。

 ブレイカーのコクピットはゲーム上とほぼ同じだった。唯一違うのはコントローラー操作ではなく、スティックやボタン配置が同じものが、透明なコクピット席の肘掛けの先に配置されているということだろう。これだけで、トシアキには本来のディスブレイカーの操作に察しがついた。

 ディスブレイカーの極めて人間を模した動き、飛行形態や人型形態の機動や運動性能。それらは、初めからこうして搭乗して得られるものだったのだ。そしてコントロール操作ではどうにもできないラグや判断の隙の差はどうあがいても生まれる。

 自宅から飛び立った飛行形態ブレイカーは、高度を上げる。そして、未だにドッグファイトを続けるブレイカー同士の戦いに割って入り、二機とも攻撃を浴びせる。すると一機はその場で消滅し、もう一機は撤退するかのように光を纏って彼方へと消えて行った。今はそれを追っているヒマは無い。今度は地上の掃討だ。

 地上は、ブレイカーの人型形態のまま、上手いことディスブレイカーと戦っているが、周囲の破壊が顕著だ。ゲーム上では逃げる人々は表示されないが、現実として救急車は存在し、避難する人々がトシアキの眼下に存在する。

 その二機の戦いを止めるべく、トシアキは飛行形態で市街戦へ突入する。実際に操作できるからできる芸当だ。そのまま、攻撃を二機に浴びせ、それらから注目を集めようとする。

 だがディスブレイカーのほうはプレイヤーがアホなのか、こちらをあくまで無視するようだ。一方人型ブレイカーのほうは、トシアキに気付くものの、敵ディスブレイカーに手一杯というところのようだ。

 ならばと、まずはディスブレイカーの方を狙う。もちろん、正面からではなく、背後からだ。ロボットゲームの多分にもれず、このゲームも背部攻撃被ダメージ増加は存在する。そしてディスブレイカーの強力さは折り紙付きとはいえ、ブレイカー同士の対人戦となるとカスタマイズした能力がしっかり発揮される。たとえブレイカーの攻撃力がディスブレイカーに比べれば豆鉄砲に過ぎなくても、ブレイカーでの機動戦を重視したカスタマイズにしているから、蓄積したダメージは結果として現れるのだ。傍目からちまちまとした背部攻撃に、ついに敵ディスブレイカーはエネルギー切れとなり、ザンフェイトと分離する。ああなるとしばらく合体できないクールタイムになる。

 ブレイカー飛行形態となった敵機はようやくトシアキを敵と認識する。相手の表情が透けて見えるような焦りぶりで攻撃してくるが、狙いはブレブレで、下手に避けようとすると逆に当たりそうだ。冷静に、顔を真っ赤にしてそうな相手の背後を取り、攻撃。すると回避行動も取れない敵機は全弾命中し、消滅した。

「次!」

 次で最後の敵ブレイカー。思わず声に出してしまう。最後のブレイカーは手練れのようで、こちらの様子をずっと伺っていた。敵は飛行形態になって、こちらの土俵に立つことを避け、一対一になった時点で撃ってきた。

 飛行形態のブレイカーは地上戦がしにくく、人型形態のブレイカーは対空戦がしにくい。これもまたゲーム上の罠だ。人型のブレイカーは背部スラスターで数秒だけ滞空することができるし、高度を落とせば飛行形態で地上戦を行うことは可能だ。

 そしてトシアキはそのどちらもがしやすい状況にある。飛行形態のまま、銃撃を避けつつ、大きく旋回して、地上スレスレの正面から、敵ブレイカーに相対する。

正直一撃でも当たると不測の事態に陥る機動戦だが、トシアキの判断はすでにキレていた。この戦い方なら確実、というイメージがあった。

 それは、正面から敵ブレイカーの攻撃を避け、背後に回り、人型形態に変形。変形と共に、ビームガンのクイックドロウショットを背中に浴びせる。

 練習無しの戦法に、トシアキはバランスを崩して即離脱ができなかったものの、敵ブレイカーはその攻撃を受けて消滅した。

「いやぁ、すごいな。初乗りで、殲滅し切ってしまうとは。」

「撃退しただけ、だろう?」

 トシアキのため息交じりの言葉に、いつものナビゲートと同じように出現したショウは頷く。

「勿論だ。ただ、君は対人撃破スコアを更新したことになる。それにより、VRマッチングとしてこの世界を選択するのは除外していくことになるだろう。とりあえずは、安心していい。」

 強力なプレイヤーがいるから、積極的にマッチングさせないという配慮だろう。一見プレイヤーに優しい措置だが、その運営が目の前にいるとなると、別のことを疑う。彼らがプレイヤー数を一定数に管理しているのではないか、と。それは口に出さなかったが。

「いやいや管理はしていない。ただボットナビゲートとして、いきなり難易度の高いステージに誘導するわけにはいかないだけさ。」

 と、言われ、完全に心や考えを読まれていることに、諦めすら感じる。

「降り方ははゲームと同じだ。呼び方は呼べば来る。やる気になったらでいい。君のまたの参加を待っているよ。」

 ショウは笑顔で言う。その笑顔が、トシアキには邪悪なものにしか見えなかった。

 ゲームと同じやりかたでログアウトを選択すると、トシアキの体は自宅前に戻される。家の中に戻ったトシアキは、いの一番にテレビをつけた。どのチャンネルも特別報道番組が放送されている。日本の都市部に現れたブレイカー同士の戦闘が放送されている。その中継は日本のみならず、アメリカや中国までも。

「あぁ、俺はソフトを日本人にしか配ってはいないが、データをそっくりそのままネットに流すと、仕様上母国語対応でプレイができる。君に渡したのはVRだが、別にPCでも問題なくプレイできる。いやぁ、著作権無視のゲームプレイでデスゲームに巻き込まれるなんて考えたくないね。」

 ショウの声が後ろからする。振り返る気力は無い。ゲームデータがインターネットに流れたところで、その拡散の仕方は日本よりも過小だろう。その広がりは小さいとはいえ、ゲームステージはほぼ母国をイメージしたものになる。つまり、戦いの場は加速度的に広くなる。プレイヤー人数は増えても、その中で生き残ったり、トシアキのように真実にたどり着けるものがいくらいるか。

「考えても仕方ない。救いたければ、守りたければ、その分を壊すことだ。」

 ショウが言う言葉が、残酷な現実である。トシアキに与えられているゲームクリア条件でもある。自分の現実のために、ブレイカーに、ディスブレイカーに乗り続けなければならない。

「まさに俺たちの戦いはこれからだ、って感じじゃん?」

 そう、まさにその通りなのであった。ぐうの音も出ない。

 トシアキは戦い続ける。現実に侵食したゲーム世界から、ゲームを取り除くために、現実に真に帰るために戦い続ける。


             【戦い続ける節目の終わり】

 

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