第6映「漆黒の森で光り輝く天馬との無念の2ショット」


 昼食を終えたのち、帰る時間になるギリギリまで志乃に町中を案内した。


 水車のある水路や風車のある野原を探索、そしてガラーナの飼育小屋見学から搾乳体験まで中々のハードスケジュールだったが、志乃は人目につかないように写真を撮ったり、色々なものへの触れ合いで大満足だった。


 その所為もあってか、少し問題が生じている。


 気がつくと、日が暮れかけているのだ。


 俺が軽トラを隠してある森は、日が落ちると野獣の活動が活発になる。それも、コボルトとは比較にならないほどの大型獣が徘徊するようになる。


 本当に迂闊だった。


 日暮れに気がついた俺は、急ぎエミットの店で志乃に着替えをさせて、買った服は袋へ入れて持ち帰るようにした。民族衣装のようなものを着て志乃に帰宅させると叔母さんたちがビックリするだろうからな。



「政兄ぃ、やっぱり街灯が無いのって、真っ暗なんだね」


 町中まちなかであれば家から洩れるランプの灯りで多少は外でも明るさを保っていたが、森を歩く俺たちには手に持っているランタンの灯りのみが頼りだった。


「俺の後ろから離れるなよっ、夜の森はかなり危険なんだ」


 今まではかなり余裕をかましていた俺も、志乃を連れての漆黒の森の移動にはかなり不安がある。


「う、うん」


 皮の鎧の端を握る志乃の手に力が入る。


 なるべく音を立てないように小声で話し、ゆっくりと歩くことで時間こそ掛かったが、軽トラがある場所まであと僅かな場所まで辿りつく。



 もう少し、あと少しだったのに。



『グルルルルゥ……グルルゥ』


 皮膚を抜けて心臓にまで響く重低音。


「政兄ぃ……この音って……」


 震える声で俺に訪ねる志乃。


 この足の地鳴りと唸り声は、あれに間違いない。


 俺がランタンを高く掲げると、前に映し出されたのは全長6~7メートルほどの大きな野獣。


「こいつは……暗地竜ダーク・アースドラゴン


「―――――ぁ、ぁ」


 薄っすらと照らされた暗地竜の姿に悲鳴も出ない程の恐怖を感じている志乃。


 ガクガクと足が震えており、走って逃げるのもままならない状態だった。


「志乃これを持っていろ。こいつは火とか、あらゆる光が苦手なんだ。持っている間はお前には近づかない筈だ」


 確証はないが。


「ま、政兄ぃ……大丈夫なの?」


「俺は何年もの間、鍛えていたんだ。大丈夫さ」

 

 志乃にランタンを手渡した俺は背中に背負っていた剣の布を外して、それに大きめの石を包んでブンブンと振り回す。


 つまり投石だ。


 手から放たれた布は弧を描いて目標の顔へぶち当たる。


『ギュオオオオオオオオオオ!!』


 地を這う獣の雄叫び。

 

 俺は抜き身となった剣を掲げ———突進する。


「頼むぜ!ジィルアデハ殺し


 先ずは足を狙って一閃。


 ガキンと、鈍い音と共に弾かれた剣の反動は俺の両手首へ負荷を与える。


「……流石に竜の皮膚は堅いな。ダメージは通らないか」


 手首を擦りながら距離を保ち、次の狙いを定める。


 顔面部だ。


 出来れば目を狙いたいが……


 隣にあった木を蹴って高く跳ね上がり、奴の顔を目掛けて剣を振り降ろす。


 ザシュッといった僅かな手応えは感じられたものの傷が浅いのは目に見えている。


 しかも、その浅い一撃が竜の怒りを買ってしまい、それが窮地を招く。


『ギュアアアオオオオオ!!!』


 至近距離の咆哮に耳が持つわけがない。


 持っていかれた聴覚が元に戻るのには時間が掛かる。



 だから、その時は聞こえなかったんだ。志乃の叫び声が。


「政兄ぃ!!危ないッ、避けてッ!!!」


 気がつけば死角から俺の横腹へ竜の尾がもの凄い勢いでぶん回されていた。


 ———しくじった


 その後悔は既に吹っ飛ばされて地面へ打ち付けられた後だった。



 俺はどうして戦うことを選択したのだろうか。


 足が竦んだ志乃が逃げられないから?



 違う。


 俺ならあいつを担いででも逃げられたかもしれない。



 戦いたかったんだ。


 この異世界に初めてやってきて戦士となった俺が、何年もの時間をかけて夢見た竜討伐に目が眩んだんだ。



 何がエンスタ映えだ。


 いくら綺麗で幻想的な写真を撮っても無事にあいつを元の世界へ帰してやれなかったら何の意味もないじゃないか!!



 自分の愚かさが自責の念を強める。


 後悔しても、もはや遅いが、なんとしてでもあいつだけは無事に返してやらなければならないのに、体に力が入らない。


 不幸中の幸いにも吹っ飛ばされたことで奴が俺を見失っている。


 もう少し、俺に時間を……



 その願いも虚しく、俺の耳が正常に戻りかけると共に、竜から発せられる嗅覚の音が近づいてくるのが解る。


 そして、とうとう奴の眼球が倒れた俺の肢体を捉える。


 ズンズン、と這い寄る巨体の振動が俺の体を小さく揺らす。



 もう、これまでか。



「お願い、お願いっ、政兄ぃを助けて……神様、私は良い子にする!絶対良い子になりますから……だからっ、だから―――」


「誰かっ、政兄ぃを助けて!!!!!!!!!」



 その時だった。


 辺り一面が青白くキラキラとした神秘的な光に照らされた。


 上を見上げれば空を舞う一頭の翼の生えた馬。


 降り注がれた光が、暗地竜の視覚と行動を奪う。



『ギィ、ギィ、ギュギギュアアアォォォォォ』



 不思議と、力がみなぎってくる。


 ジィル=アデハを支えに体を起こした俺は、混乱する竜へと少しづつ近づいていく。


 体もボロボロだったけど、一撃くらいならいけるかもしれない。


 

 どこを狙う?俺に残された最後の一閃。


 

「政兄ぃ!!」


 ―――パシャ、


  ―――パシャ、

   ―――パシャ


 志乃が奴の目を狙った断続的なフラッシュ音。



『ギィォォオオオオオ!!』



 今だ!!



 目を逸らす為に顔を上へ反りあげた奴の首元を目掛け、俺は両手で剣を力いっぱい振り上げた。



※ ※ ※ ※ ※ ※



「もうっ、政兄ぃはこんな時まで素材?が欲しいの?」


 当たり前だ、これで俺は自他共に認められるドラゴンバスターになれるんだぞ。


 俺はニヤニヤしながら暗地竜の角をナイフで削っていた。


「キミも政兄を助けてくれて、ありがとっ」


「クゥ」


 志乃が地上に降り立った天馬ライトニング ペガサスの横顔を胸に抱き寄せている。


「……ひょっとしたら、こいつ」


「ん?どしたの政兄ぃ?はやくその角を取って帰ろうよ」


「いや……ああ、そうだな。急ぐよ」


 ひょっとしたら、志乃はテイマーの素質があるのかもしれない。


 泉で妖精たちと仲良くなったのも早かったし、偶然ではなく、もし志乃の声が天馬を招いたとしたのならば……


 天馬の光が志乃の笑顔を漆黒のなかに優しく浮かばせる。


「そうだ、志乃。撮ってやるよ。天馬との2ショットを」


 俺が志乃に向けて手を伸ばすが、奴はフルフルと首を振る。


「アハハ、もうモバイルバッテリーも本体も電池が空っぽだよ」


 そうか。


 俺が暗地竜へ致命傷の一撃を与えた後も念を入れてか、ずっとフラッシュを焚いていてくれていたからな。


「それは残念だったな。……悪かった」


「え゛!?」


「……なんだよ」


「政兄ぃが誰かに謝ってるとこ、初めてみた」


 五月蠅うるせぇ。


「さっさと帰るぞ!!」


 無事に竜の角を削り取った俺は照れ隠しもあってか、志乃の手をとって後少しの場所にある軽トラまで足を運んだ。


 本当は他の素材も欲しかったが、これ以上JKを家に帰すのを遅らせるわけにはいかないし、他の野獣と遭遇したらもう俺に戦う気力がない。


「うん、わかった。……じゃあね、天馬のテンちゃん」


 

 別れを告げる相手につけたネーミングはそのまんまだった。



 本当にセンスねえな!!お前。



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