第5映「賑わう市場の外れで食欲をそそる飯テロな1ショット」
「えへへー、えへへー」
重たいローブと中に着ていた服をエミットの店に預けて店から出た志乃は、買った服が気に入ったのか、くるくる回りながら外を歩いている。
「でも、政兄ぃ、これ高かったんじゃない?」
かなりまけて貰って銀貨21枚。
確かに
「物価が違うから、ちゃんと比べることは出来ないが、日本円にしたら8万円くらいだな。森で遭遇したコボルトなら100匹くらい狩ればそれくらいにはなる」
ルンルンだった志乃も、その言葉を聞いて『うぇっ』と反応した。
「かっ、返すことはできないかな?一日レンタル?みたくしてもらったら、少しはお金戻ってくるかもだよ!!」
俺を気遣っているのだろうが、珍しく殊勝だな、おい。
「遠慮なんかするな、お前らしくもない。それに、一度買ったものに対して後からグダグダ言うのは男が廃る」
折角ここまで連れて来たんだ、あっちの世界に一つくらいは思い出の品を持ち帰らせてやりたい。
「まあ、それを持って帰っていいから、妖精たちは諦めるんだぞ」
「うん!ありがとっ、政兄ぃ!!」
元気いっぱいの笑顔が太陽の下でキラキラと光っていた。
「あっ、そういや、政兄ぃもエミットさんから何か受け取っていたけど……なんだったのソレ」
志乃は俺が背中に担いでいる布に包まれた長い棒状のものを指差す。
「ああ、これか。それこそお前が買った服なんかにゃ比べモンにならんくらい高価なものだ。コレの支払いに丸2年掛かったくらいだ」
完全オーダーメイドの一品でエミットの店を介して鍛冶屋に発注していたのが、ようやく今日完成して受け取った。
代金は先払いの分割で半年前に全額収めていたので、ずっと完成を待ちわびていたんだ。
俺は背中からそれを取り出し、布から引き抜いた。
「青い……剣?」
この世界で僅かに採取される希少な鉱石で作られているのだが、その特徴はまさにブルーメタルと言えばよいのか水色掛かって光り輝いている。
「ジィル=アデハ。別名、竜殺しの剣」
「りゅっ、竜を殺しちゃうの?」
「ああ、この世界で剣を携えるものにとっては、
竜を狩って得る素材の価値もさることながら、この世界の多種に及ぶ竜には共通して角があり、それを持ちかえった者に与えられる竜殺しの称号は万人が称える勇者の証なのだ。
それに、その称号があれば町から竜討伐の仕事が請け負えたりと、様々な恩恵が受けられるのだ。
「ま、ブツはあっても俺はまだまだ実力が足りないからな。竜殺しを夢見る未熟なおっさんってとこだ。それより腹減ったな何か飯でも食いに行こう」
「やった!!美味しいもの食べたい♪」
志乃は『政兄ぃなら、きっとなれるよ』と言って、ジィル=アデハを再び布に包み背中に担いだ俺の手をとって駆け出した。
美味しそうな匂いに導かれた志乃は俺が先導する必要もなくそこへ辿り着く。
「おおおぉぉー!!!屋台みたいなのが一杯だぁ!!」
この町の中央に位置するここの広場には所狭しと青空市場が並んでいる。
工芸品から日常の生活品にいたるまで様々なものが売られているのだが、特にその場で作って提供される食べ物が育ち盛りの志乃の鼻をくすぐったようだ。
「コレ、食べてみたい!!」
「よし、オバちゃん。このスープを二つ!ジキも付けてくれな」
最初に買ったのは何とか言う名前の天然の鳥をベースに野菜で煮込んだ濃厚なスープ。
「この葉っぱに乗ったツブツブは?」
この大葉の椀の中でいくつかコロコロしているのは、1ミリ大程の小さなジキの実だ。
「まあ、見てな。これをスープに入れるとだな……」
それを投入した直後にスープからブクッと気泡が立ち始める。
「ジキの実は温かい液体の中に入れるとバチバチ弾けるんだ。早く食べないとこの触感が味わえないぞ」
俺がそう急かすと、志乃はスープを奪い取って慌てて口へとかき込んだ。
「あっ、ば、ばぁ、ばばばッ!!」
口の中でジキの実が暴れているのだろう。俺は志乃の姿を見て自然と笑みが零れる。
「―――、美味しい!!それに口の中でスープがビックバンを起こしているよ!!」
……比喩的表現にも全くセンスが感じられなかった。こいつにゃ食レポも無理だな。
俺も続けてスープを口へ運ぶ。
じっくり煮込んだ野菜とこってりした天然鳥の旨味がジキの実に弾かれることによって舌のなかへ沁み込んでいく。
そして、不発弾のまま形を残した実をガチッと奥歯で噛み砕けば、溢れ出たジキの実特有のスッキリとした清涼感が不思議にもスープの甘みと調和される。
志乃が言った”ビックバン”とはつまりそういう事だった。
スープの後は肉が食いたいと言い出した志乃は次に串焼きをやっている屋台に向かう。
「肉だよ!政兄ぃ!お肉だよ!!」
この肉食系女子、見ればわかるから。
これはガラーナという家畜で主に荷台を引くのに使うため育てられることが多いのだが、こいつの肉は柔らかく臭みも無いこともあって、食用としても飼われている。
この町で一年に一度開催される収穫祭にも伝統料理のガラーナの丸焼きがメインで出され、それはそれは見事なものだ。いつかこいつにもそれを食わせてやりたい。
「これ、写真に撮りたい!すごく映えそうだよ!」
確かにお洒落な町ではスィーツなどが映えるように、ここのような青空市場では串焼きみたいなものがマッチするだろう。
「まあ、待て。美味いものをより美味く見せるにはコツがあるんだよ」
俺は志乃を横へ押しやって屋台の前に立つ。
「おっちゃん串焼き二つ頼む。銅貨一枚、色つけるからそのタレをたっぷりかけてくれ」
「あいよッ!毎度ありィ」
威勢の良いオヤジは銅貨を多めに貰ったこともあって、これでもかというくらい秘伝のタレに串焼きを付け込んでくれた。
串に刺さったガラーナ肉からポタポタと地面に垂れる甘いタレ。
「ひゃー、早く食べた~い♪でも、写真を撮らなきゃッ!!」
志乃が写真を撮る為に人目が付かないところに行こうとするが、俺はそれを制す。
「まだだ、もうちょい小技を効かせよう」
俺は隣の店に置いてある植物油が入った小瓶を買ったのちに、ようやく市場の外れへと移動した。
「政兄ぃ、それは?」
「これを上に垂らして、タレに馴染ませるんだよ」
そうすると、ねっとりとしたタレに加わった油のテカリが太陽の光をまばらに写し出した。
「よし、撮っていいぞ」
お預けをくらっていた志乃は、ようやくかと意気込み俺の手に持っている串焼きをアップでパシャパシャと連射する。
「ついでだ、お前が食っているところも撮ってやる」
スマホと串焼きを交換した志乃は、服や顔にタレが付かないようにと器用に串の先っぽを持って、首を伸ばし斜めに構えた口で横からかぶりついた。
———パシャ
口の中に納まり切らなかった肉汁がタレと一緒に口端から下へ零れたその様は、画像越しでも美味さが伝わってくるような、夜中には絶対見てはいけない飯テロなワンショットだった。
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