第4映「馴染みの店で記念の1ショット」
名残惜しくも妖精たちに志乃は大きく手を振って別れを告げ、相手もその真似をするかのように小さく手をパタパタさせていた。
「よかったのか?もう少しくらいはあそこに滞在できる時間はあったんだが」
既に次の目的地である町へ向かいながら話をする。
「うん、もうちょっと居たかったけど、どこかで区切りをつけなきゃ今日一日ずっとあそこで過ごすことになりそうだったから―――あれ?」
志乃が何気なく自分の指先を見て小さな声を上げる。
「私の指の傷跡が無くなってる……?」
ああ、以前に今朝みたく寝ぼけたまま料理をすることがあって、ミスって包丁で指を切って跡が残っていたやつか。
「それはアレだな。あの妖精には僅かだけど治癒の力があって触れるとちょっとした傷くらいは治っちゃうんだよ。俺も野獣との闘いで傷ついたとき何度か世話になった」
「そうなんだ……もう、消えないと思ってたのに……ねえ!帰りにあの妖精、一匹連れて帰ろう!!」
あ゛?
「ねえねえ!いいでしょ!ちゃんと世話もするし、エサもあげるからさー!!」
良い訳ねえだろ。
別れの美しさが表現された、とても素敵なシーンだったのに、全て台無しだった。
未練がましく『お願い~』などと駄々をこねる志乃のローブの裾を引っ張りながら、あの泉から更に一時間ほど歩いて森を抜けたところにある町へと到着する。
「おおおー、如何にも異世界っぽい感じだねー!!」
目前に広がる町並みは例えるなら一番近いところで中世ヨーロッパといったところだろうか。木やレンガのようなものを中心に建物が作られており、ここの文明には電気というものは存在していないが、水車や風車など元の世界にも昔からあった馴染みのものとか共通している部分がいくつかある。
「ねえねえ、何処に連れて行ってくれるの?」
さっきまでグダグダ言ってた奴がはしゃいでいる。もう既に妖精たちのことなんて頭に無いのだろう。
「しゃあないから、服を買ってやるよ」
「え?良いの!やったー!!」
重いローブをものともせずに志乃はピョンピョンと飛び跳ねて喜びを露わにした。
「いらっしゃい~。あっ、マサくん!久しぶり」
ここは衣類や装備などを扱っている馴染みの店。店主のエミットは長い金髪で俺たち人間に置き換えると二十歳そこそこに見える容姿だ。ちなみに外見はエルフのように耳が長く尖っていること以外は殆ど人間と変わらない。
俺はこちらの世界に来るようになってから色々とエミットには世話になっている。今では俺が異世界の人だと告げることの出来る、数少ない信頼のおける存在だ。
志乃はこちらに来て初めて言葉を扱う対象と接している所為か、俺の後ろに隠れてモジモジしていた。
「あら、こっちの可愛い子は?」
「あの……その、政兄ぃの親戚?です。初めましてこんにちわ」
まるで借りて来た猫を見ているようでどこか新鮮だ。
「今日はこいつの服を買ってやろうかと思ってな。向こうの世界の祝いも兼ねているから、金に糸目はつけん。イイ感じのを見繕ってやってくれ」
女同士というのは、本当に距離の詰めるのが早い。基本ボッチ主義の俺には到底無理だな。
「あっ、志乃ちゃんこの下着可愛い~♪そっちの世界のやつだよね?」
試着室から聞こえてくる声。エミットが着替えを手伝っているのだが、カーテンのような薄い布一枚で仕切られているだけなので、声はおろか体のシルエットまもがこちらの目と耳へ伝わってくる。
「あー、えへへ。今日は久しぶりに政兄ぃとお出かけだったから、ガチなやつなんだ」
ぬ?やはりガチパン履いてやがったのか!
「ガチ?」
「えっとね、ガチっていうと……こっちの言葉では”本気”って意味かな」
「へぇー、本気ってことは、そういう意味なのね」
どういう意味なんだよ……
どんだけ着替えるのに時間がかかるんだよと突っ込みたくなるほど待っていたのだが、ようやく終わったのか突然豪快に布が外された。
「じゃーんっ!!どう?政兄ぃ」
「ほぅ、……馬子にも衣装ってのはこういうのを言うんだな」
レース調に編み込まれたワンピースタイプの布地に、腰回りや肩、胸部などへ木材を加工して作られているであろう装飾品がいたる所に施されている。
強いて言うなら、エスニカルと言うか民族衣装のような感じだ。
志乃が『政兄ぃはいつも一言多い!』ってブー垂れながらくるりと回ると、頭部の髪飾りがカラカラと音を立てた。
「あっ、写真……ねぇっ、お願いッ!エミットさんも一緒に撮って!!」
おい、それは流石に―――
「”シャシン”?、あー、この前マサくんが見せてくれた鏡のような絵のことね」
エミットが『いいわよ♪喜んで』と言うと志乃は嬉しそうに彼女の腕へしがみついていた。
「政兄ぃ、よろしくね♪」
俺は志乃から手渡されたスマホを構えて、後ろに下がりながら二人を画面に中へ納める。
「じゃあ、二人とも笑ってくれ」
———パシャ
時間の流れが切り取られ、スマホの画面へ映し出されたその一枚は、カメラ目線ではなく、お互いに満面の笑みを向かい合わせた記念のワンショットだった。
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