第3映「幻想的な泉で慈愛の1ショット」
「あんなの日本じゃ考えられないよぉ」
グロッキーだった志乃がなんとか回復して、目的に向けまたボチボチと歩み始めた俺たち。
さっきも言ったが、大っぴらにその映像を公開していないだけで、動物を捌くのも職人にとっては元の世界でも日常的なことだ。
まあ、捌く前に襲ってくることはないと思うが……、いや、熊とかは襲ってくるな。麻酔銃とか使うから大剣で戦うことは無いけれど。
「あっ、ナニコレ!凄く美味しそう」
歩きながらも志乃は、森を散策するように見つけたものに興味を示す。
「それはバコラの実って言ってな、食べたら死ぬぞ」
木に生っている桃色のリンゴのような果実を手に取っていた志乃は『うひゃ』と小さく叫んでは素早く手放していた。
この世界で自然の中で出来ている果実は、基本的に美味そうに見えるものほど有害なものが多い。
本当は腹を下すだけなのだが、好奇心旺盛な志乃へ自重を促せるためにも大げさに言ってみたのだ。
「そういや、志乃よ。当たり前のことだけど、この世界じゃスマホの電波が入らないからな。俺が言ったように、ちゃんと電波が入りにくいところに出かけるって叔母さんに言って来たか?」
もし、何も知らないで叔母さんが電話してきて、ずっと繋がらないままだったら心配するに違いない。
「ん?あー、そういや言ってないや」
「をい!!」
「でも、今日は政兄ぃと遠出するって言ったら安心してたしさー。大丈夫でそ。あ、あと家を出る前にお母さんからガチパン履いてけって言われた」
今、履いてんのかよ、おい。
「俺と出かけるのにそんなもん履いてどうすんだよ……何考えてんだ、あの叔母さん」
「
確かに俺は無職と言っているものの、趣味でやっている株のトレーダーではそこそこ稼いでいる。
だけどそれは定職じゃねえし、今が順調なだけであって今後どうなるかわからん。安定もしてないし、安泰でもない。
そもそも……
「俺たちは従妹だし、年もかなり離れているじゃねえか……」
「お父さんも『どこぞの馬の骨に持ってかれるかわからんくらいなら、アイツの方がマシだ』って言ってたよ」
夫婦揃っていい加減だな。
ところで本当にガチパン履いてるん?
一時間ほど歩いたのか、どうでもいい会話をしているうちに目的地へ到着する。
「うひゃー……凄い!!凄いよ、こんな幻想的な風景初めて見た」
目の前に広がるのは森の中にある小さな泉。
そよ風に揺れる木々の葉っぱの間から木漏れ日がキラキラと水面を照らす。奥の岩場からはチョロチョロと小さな滝のように上流の水が流れ落ち、そこから小さな波紋が淀みなく広がっている。
まさに
「ス、スマホ!!こんな映える風景、早く撮らないとっ!」
志乃は重たい皮のローブが邪魔をしているのか、中々ズボンのポケットにあるスマホを取り出せない様子だ。
「もうッ、このローブ脱いで良い?重いし、それにまだクサイし」
「まあ、ここら辺に町の奴らはいないだろうし、今ならいいだろう。でも、写真を撮る前に先に朝飯をくれ。俺は腹が減った」
俺がそう言うと、志乃は『ああ、ようやく解放される』と感嘆の声を上げてローブを脱ぎさり、『はやく写真撮りたいのになぁ』と言いつつも手に持っていたバスケットから自作の朝飯を取り出していた。
そして俺たちは泉の傍にあったちょうど良い小岩へ腰を掛ける。
「はい、お茶。それと———」
志乃から水筒のお茶と一緒に手渡された食い物はツッコミどころ満載だった。
「おい……なんで納豆巻なんだ」
なんで納豆巻なんだろう。
本当にセンスねえな。誰かこいつにピクニックレシピの何たるかを教えてやって欲しい。
「え?政兄ぃ、納豆巻嫌いだった?」
「いや、好きだけど……こういう時ってサンドイッチとか、せめておにぎりとかじゃねえの?」
いくら風景が幻想的でも納豆巻食ってるところが映っちゃったら、全部そっちに持ってかれるよ。
「美味しければ良いと思うんだけどなぁ……ほら、漬け物もあるよ」
たくあんをポリポリ齧る。
「美味いけど……美味いけれども……」
「別にいいじゃん!政兄ぃは細かいなぁ!!写真も撮りたいし、早く食べちゃおうよ」
急いでガッつく志乃の口から納豆が糸を引いていた。
色んなものが台無しだった。
確かに、この納豆巻はかなり美味いのだけれども。
食べ終えた俺たちはいよいよ、撮影に取り掛かる。
映えない被写体の残骸も再びバスケットへ戻したし、これで問題あるまい。
「あー、どこを撮ろっかなー」
まずは品定めと、あちこち見まわっている志乃。
「志乃よ、エンスタ映えのポイントを知っているか?」
「うぇ?何それ」
「大切なのは風景と人物と+αのワンポイントだ」
志乃は『ほうほう』と俺のアドバイスに耳を傾けている。
「だから、今からとっておきのワンポイントを召喚してやる」
俺が腰の革袋を弄って取り出したのは、うちの裏山で採った野苺。
それを手の平へ数粒乗せて泉の方へ腕を伸ばした。
「おーい、またいつもの持ってきてやったぞー!」
すると、何処からかやってきたのは十数匹はいるだろうか、美しい羽の生えた小さな人型のそれ。
「えっ、わぁ。これってひょっとして……」
「ああ、
俺の手からすこしはみ出す程度の大きさのこいつ等が入れ替わりで手のひらに乗せた野苺をついばんでいる。
「そんなに、急がなくてもたくさんあるからな」
「わ、私もイチゴあげたい!」
志乃がサッと俺の方に寄ってくると、妖精たちは警戒してか少し距離を取るように離れて行った。
「こいつらは人見知りで警戒心がとても強いんだ。俺だって慣れるまでにどんだけ—————」
「だから、イチゴあげたら仲良くなれるんでしょ?」
志乃が俺の革袋に手を突っ込むと、これでもかというくらいの野苺を鷲掴みして取り出し、両手の上にそれを広げる。
しかし、初めて会った志乃にこいつらが慣れるとは思えない。
俺が心を通わせるようになれるまでにゆうに半年は掛ったんだぞ。
「わぁ!くすぐったいよぉ」
むぅ。
志乃の両手に妖精たちが舞っていた。
こいつは昔から小動物に懐かれ易い奴だった。
野苺を食べ終えた奴らは志乃の肩に乗ったり、頭の上をクルクル回ったりとても楽しそうで、正直俺はムッとした。
「政兄ぃ!政兄ぃ!わたしのスマホで撮ってー!!ズボンのポケットに入ってるからー!私は両手が塞がってるからー!」
撮ってって、俺がお前のズボンに手を入れてスマホを取り出すのか?
「あ、ああ……」
俺は志乃に近づいて、恐る恐るズボンに手を入れてそれを取り出したのだが、何というか、従妹とはいえJKのズボンのポケットの中に手を入れるのは何ともいえない気分だった。
「はやくー、はやくー」
カメラを起動させてから両手でしっかりとスマホを構えたその瞬間に、柔らかな風が吹く。
———パシャ
志乃のなびく髪、妖精たちの揺れる羽。
風で落とされた木の実が水面に落ちて跳ねた小さな水飛沫。
その全てが、ピタリと一枚に収まる。
自然体でありながら満面の笑みで戯れている彼女たちのその姿は、狙っては2度と撮れないであろう、慈愛に満ちたワンショットだった。
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