第2映「旅支度、初エンカウント」
「私、こんなの初めてっ」
ちょっと誤解されそうな台詞だが、志乃は自分が撮ったユニコーンの写真を何度も見返しては未だに悶えていた。
俺は軽トラを走らせて、いつもこの異世界に来たら一番最初に行くようにしている森へ向かっている。
何故、最初にそこへ行かなければいけないかというと、この軽トラを隠さなければいけないからだ。
この世界は村や町があって、そこには人間のような言語を発する知的生命体もいる。つまりここの文明では存在し得ないこの軽トラを彼らに見つかっては何かと面倒というわけなのだ。
そうそう、それと言語と言えば……
「そういや、志乃よ。お前はいま何語を喋っているかわかるか?」
奇怪な顔をする志乃は運転中の俺の方を向く。
「そんなの、日本語に決まって―――――って!!私たちが喋ってんの日本語じゃないっ!!」
そう、至れり尽くせりの神様はなんとも俺たちが困らないように、異世界への光の扉を潜った瞬間にこの世界の言語が自分の頭脳にインストールされて、適応されるみたいなのだ。
まるで、歩いたりしゃがんだりするのと同じように、無意識にその言葉が出て来るので俺も最初は気づかなかった。
ちなみに”スマホ”など、この世界に無い言葉や名詞などは元の世界の言葉で表現している。
「っていうか!!政兄ぃ!ここってなんなの?日本?もしかしてアメリカ?」
志乃はちょっと前にやりとりした会話を忘れているようだ。夢中になっていたからなぁ。
「さっき、志乃が『ファンタジーの世界みたい』って言ってただろ。俺はその時ちゃんと答えた筈だ、ここはお前が言う通りの『異世界だ』ってさ」
「いやいやいやいや、え?なんで?どうやってそんな世界に来れちゃったの?」
基本アホな志乃でも、流石にこれはちょっとおかしいと思ったようだ。
「詳しく説明すると面倒だし、俺も理屈はわからんから、端的に言うとだな……」
俺はいつぞや空から降ってきた車のエンジン部品でこの異世界へ行き来できるようになった経緯や、その後は結構な頻度でこの世界をひとり満喫していたことを志乃に説明した―――のだけれど。
こいつは、そこそこ丁寧に説明している俺にそっぽ向いて外の景色をぽやーっと眺めていた。
「おい、テメー聞いてんのか!?」
「ん?あー、ゴメンゴメン、なんか小難しい話だったし、よく考えたら理由なんてどうでもいいかなって。いちいちわかんないこと考えてたら、楽しめないじゃん?」
訂正、やっぱりアホだった。しかし、パニックになられるよりはマシだし、コイツのこういうあっさりしたところを俺は気に入っている。
なんだかんだ、どうでもいい話をしながら20分ほどで森の中へ入り目的地へ到着した。
「政兄ぃ、ここは?」
「まずはこの軽トラを隠すんだよ。これが無くなったら元の世界に戻れんからな」
俺がそう言っても、志乃は『ふぅん』程度の反応しか示さない。
神経の太ぇ野郎だ。
ちょうど軽トラが一台入るスペースよりちょっと大きめの岩場の窪みにバックで軽トラを収納する。
そして荷台に積んでいた自作のカモフラージュシートを入り口に被せると簡易車庫の完成だ。
「ちょっ!!なんで服を脱ぎ始めてんのさ!!」
志乃がツッコミを入れているが、俺は車庫の残りスペースに異世界セットを常備してあるので、それに着替えていただけ。
「だってなぁ……これから町にも行くし、この世界にGパンとネルシャツって違和感バリバリだろ、それに―——」
皮の鎧を身に纏った俺は、鉄の大剣を両手で持ちあげる。
「軽装備じゃ野獣とは戦えん」
若干おっかなびっくりの志乃だったが、それ以上に他のことを心配していた。
「私だってこんな姿だよぅ」
ファッションセンスも皆無の志乃は母親にコーディネートされた私服姿をアピールする。
「あー、そっか。お前の分は……」
ねえや。
こいつに戦闘させるわけでもないので、最悪、今着ている服じゃなければ問題はない。
「んー、ここにある葉っぱでビキニとパンツをつくるとか?」
「却下!!それはヤだから!!」
多少なりの羞恥心はあったようだ。
仕方なく俺は自分の異世界セットの一つを志乃に投げ渡した。
「とりあえずは、このローブでも着ておけ」
町に行ったら、現地の服でも買ってやるか。高校の入学祝いもまだしてなかったことだしな。
志乃は嫌々ながらも、皮で作られたローブを私服の上から被る。
「重っ!!それに、クサッ!!」
仕方ねえよ、一度も洗ってねえし。
「ちなみに今からどこ行くの?」
志乃は自分のポーチに入っていた消臭スプレーをこれでもかというくらい吹き掛けながら、これからの予定を聞いて来た。
如何にも女子高生らしいが、俺の鎧にまで掛けなくてもいいじゃねえか。耐久値が減りそう。
「町に行く前に、朝飯がてら道中の森のなかにあるエンスタ映えスポットに連れて行ってやる」
そう言うと、志乃は目をキラキラと輝かせながら俺の手をとって出発を急がせた。
異世界に来て初めての徒歩は志乃にとってピクニック気分のようであったが、それも束の間。
歩き始めて数分もしないうちに野獣とエンカウントする。
「ちょっ、政兄ぃ!アレ!あれって」
志乃は俺の後ろに隠れて数メートル先を指さした。
「あれはコボルトだな。草原にいた奴らと違って好戦的だぞ」
「こっ、好戦的って?」
「ハッキリ言えば、人を喰う」
志乃は『ヒィッ』と悲鳴を上げて俺の鎧の裾をギュッと掴んだ。
「まあ、大丈夫だ。とりあえず手を放せ、お前に掴まれたままじゃ戦えん」
俺は幾度もこの森に出入りしているので、こいつ等との戦闘は慣れたもんだ。
ちょっとしたコツがあるんだ。
大事なのはこちらから動かないこと。
先ずは相手にこちらを気づかせる。
俺は足元にあった野球ボール程度の大きさの石を拾ってコボルトに投げつけた。
「ギィィ!!」
すると、2足歩行のコボルトは棍棒を振りかざしながらこちらへ駆けだしてくる。
しかし、こちらは間合いに入るまでは動かない。
両手で右下へ大剣を構えながら、タイミングを見計らう。
———今だ!!
リーチの長い大剣の一閃は、棍棒ごとコボルトの体を切り裂いた。
「ギュギィィィ!!!」
血を流しながら後ろへバタンと倒れたコボルトを見て、志乃は恐る恐る俺の横へやってくる。
「こっ、これ、やっつけたの?」
「まあ、そうだな。もう生きてはいない」
俺は倒れたコボルトに近づいて、腰のナイフを取り出す。
「なっ、なにやってんのさ!!」
「見りゃわかんだろ。戦利品だ」
ナイフでコボルトの皮を剥ぎ、肉を削いでは骨を取り出す。
「ウチで飼っている鶏や裏山の捕った猪を捌くのと似たようなモンだろ」
そして削ぎ終えた皮や骨を革袋に入れたところで、無口になっていた志乃の方に目を向けると、あいつは思いの他グロッキーな感じになっていた。
結構、ショッキングな光景だったらしい。
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