第1映「壮大な草原で奇跡の1ショット」


 春が過ぎようとしている時期だが、早朝はまだ寒い。


 俺は暖房の入った軽トラの運転席に座り、宮野家みやのけの前で志乃を待つ。


 

 その理由は昨日志乃からエンスタ映えに関して泣きつかれたことが原因なのだが、俺を突き動かしたのは『でも、他人と関わることが苦手な政兄ぃにこんなこと相談しても無益だよね』と言われたことにカチンときたからだ。


 JKに無益と言われたんだぞ、無益。


 そこまでエンスタを映えさせたいなら、やってやろうじゃないか。


 これでもかッ!というほどに映えさせてやる!!



「おまたせぇー、休みの日だってぇのに、こんな朝っぱらからどこに連れて行く気ー?政兄ぃ……」


 極端に朝が弱い志乃は眠たそうに目をぷあぷあさせながら玄関から出て来た。


「お前が泣きついて来たんだろうが、全く……それより、ちゃんと俺が言ったものを持ってきたんだろうな?」


「あー、うん。スマホとー、モバイルバッテリーと、動きやすくて寒くない格好、あと朝ご飯だっけー?これ以上早くは起きられないから、持ってくご飯は昨日の夜に準備したんだけどー、おかげでネムネムだよぉ」


 今からこいつを連れて行くところは、スマホの電池が切れてしまったら、どう足掻いても充電できない場所だからな。モバイルバッテリーは必須だ。


 唯一この軽トラのシガーライターソケットから充電はできるかも知れないが、向こうではスマホのバッテリー残量以上にガソリンの方が重要だ。それに軽トラの車内でチマチマ充電されるのを待っていては何も行動できないだろうしな。


 あと、こいつは料理自体のセンスは無いものの調理に関しては叔母さん仕込みなだけあってか中々やりおるから、認めている。


 だから、あっちについてから食べる朝飯を準備させたのだ。


「とにかく、助手席に乗り込め」


「うぃー」



 本日の最初にして最大の難関である、志乃を叩き起こすというミッションは珍しく奴が自力で起きてきたことにより無事に達成された。


 残りは緩いクエストみたいなもんだ。楽勝。


 軽トラを運転する俺は町から遠ざかって人も車通りも少ない県道の、しかも旧道へと車を走らせる。


「こんな人目のつかない場所に来て、政兄ぃは私に何をするつもり?法律上は従妹同士でも結婚できるかもだけど、年齢的には私に手を出すと法律上もアウトだからねー」


 ちょっと前まで鬱陶しいくらいベタベタとしてきた奴が、高校生になったからって妙にマセたことを言い出す。


「いっちょ前なことは、自分の体がそれに追っついてから言いやがれ、このぺったんが」


 最後の一言がクリティカルしてしまったのか、志乃はハンドルを握っている俺の上腕二頭筋へガブリと噛みついてきた。


「シャーッ!!」


 しかし、ダメージは通らない。何故なら俺は常日頃から体を鍛えているからだ。


「ペタンコじゃないもん、ちょっとくらいは膨らんでるもん」


 志乃は申し訳程度の自分の胸を両手で寄せて上げては悪あがきをする。


「無駄なことを……っと、そろそろだな」


「無駄じゃないからッ!……って、なにがそろそろなの?」


 人っ子一人いない県道の長い直線で、ちょうど時速50kmになるようにアクセルを調節した。


「よし、ここら辺だ。志乃!歯を食いしばれ、目も瞑れッ!!」


「えっ?えっ?」


 俺がそっと指を添えたのは、フロント部分につけられた押しボタン。


 ちょっとだけ説明すると、これは数年前に俺の畑へ空からドカンと降ってきたヘンテコなエンジン部品の起動装置。


 至れり尽くせりの神様送り主は車の知識がそれほどない俺に、日本語で書かれた取付け説明書を添えて天よりお送り下されたのだ。


 四苦八苦しながらこの軽トラに装着した俺は、起動させるのに最初こそドキドキしたものの、今ではもう既に慣れ切った。



「ポチっとな」


 座席シートへ押しつぶされるように急速に激しさを増すG。


 窓の向こうの景色はまるで時空が歪んだかのように線状へと断片化している。


「うが、がっががががぁぁぁぁぁ」


 ギュっと目を瞑っている志乃は、その歪な光景こそ見ていないものの、強烈なGに耐えきれずに汚い悲鳴を上げていた。


 そして、光の中へと吸い込まれていった軽トラは、ようやくその凄まじいGから解放された。



「着いたぞ。おい、志乃」


 軽トラの速度を落とすことなく車を走らせながら俺は声を掛けると、志乃は恐る恐るゆっくりと瞳を開いていった。



「え―――――」


 眩い朝日に照らされ、キラキラと光り輝く草木が微風になびく。


「う、わぁ―――――」


 地上を見渡せば壮大な草原へインパラに似たような細い4本足の動物が群れを成して駆けている。


 空には天空鳥スカイバードが悠々自適に遊覧していた。


「ナニ、コレ……まるで、ファンタジーの世界みたい」


、じゃない。本物のファンタジーの世界異世界だよ」



 まさに絶句といった状態で目を点にしていた志乃は、自分が何のために俺へ泣きついたのかをすっかり忘れているようだ。


「撮らなくていいのか?エンスタ映えさせたいんだろ」


「あっ、あっ、あっ」


 ワタワタと慌ててスマホを取り出した志乃は、目を輝かせては軽トラの窓から身を乗り出し、一心不乱にパシャパシャ写真を撮り始めた。


 突然現れた異世界への情景に混乱しているものの、好奇心が勝ったようで、現時点において志乃からこの現状に関して問い詰められることはなかった。

 

 しかし、こいつは無暗に撮っているだけで、スマホの持ち方も、撮るべき部分も全くなっちゃいない。


「志乃!、スマホはブレないように両手でしっかり持って、ピントを合わせるんだ!」


「あ、うん。――――――アッ!!」


 俺に言われたように両手で構えたスマホの液晶に何か映ったのか、志乃は片手をスマホから放し、腕を精一杯伸ばして遠くを指さした。


「おおっ!!」


 俺もそれを見て、つられて驚いてしまう。


 お前は運が良い。いきなりアレが見れるなんてな。


「あれって……」


 この軽トラを並走するように遠くから駆けて来ては追い抜いていく一頭の一角獣。


「―――ユニコーン。……政兄ぃお願い!もうちょっと近づいてッ」


 この機を逃してなるものかと、ガッチリスマホを握りしめてはファインダーに収めようと必死だ。


 しかし、折角ならば最高の一枚を撮らせてやりたい。


「志乃、飛ばすぞ!しっかり掴まっていろよ」


 アクセルを全開にして右側を並走しているユニコーンを再び追い抜く。


「チャンスは一度きりだ!しっかり撮れよ!」


「うんっ!!」


 志乃が力強く頷いたのを横目に確認すると、俺は少し左にハンドルを切って思い切りクラクションを鳴らした。


 ユニコーンはそのけたたましい破裂音に驚き、前足を蹴って跳ね上がる。


 そして、対面できるように急ハンドルを切って車体を滑らせた。



 ―――パシャリ。



 スマホからシャッター音が聞こえたのは、ちょうどユニコーンを前から見て斜め35度の位置。


 

 それは、まさに奇跡の一枚だった。

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