第三章 もうひとりの吹奏楽部員 5 学園祭2

 ナースステーションの中で松浪恵子は後ろを向けなかった。

 一万田和子が朝倉から叱責されていたからだ。いつもは強気の和子が小さくなっていた。


「師長、どうして未成年から血液検査の同意書を取ったりしたんだ。しかも彼女は浩子君の友達というじゃないか。型が合ったってすぐに骨髄移植できないのは君も知ってるんだろ!」

「は、はい、それはわかっています。でも、もしかしたら彼女が成人した時に、と、思いまして。早まったことをしたことは確かですし、先生に黙ってですから」

「彼女はまだ16歳だ。成人までまだ4年もあるじゃないか。もし型があったらそれまで待ってもらうのか?」

「いや、その…」

 和子は言い返せなかった。

「君はあの子の血を検査して、どうするつもりだったんだ」

 朝倉は呆れた顔で問い詰めた。

「…」

 和子は黙って下をむいた。

「とにかくまだ採血していないようだから、彼女に謝って検査はやめておきなさい」

「わかりました」

 そう言うと朝倉はナースステーションから出ていった。


 和子は黙っていた。恵子はそおっと後ろを向いた。

「師長、どうしてそんなことしようとおもったんですか?」

 いつも恵子には偉そうにしている和子だが、今日ばかりは違っていた。

「うーん、なんでやろなあ。浩子ちゃんとこへ見舞いに来ていたあの子をみて、なんとなく感じたんや」

「野生の勘みたいなもんですか?」

「あほ、人を野獣みたいにゆうな」

「師長、先生にあれだけ言われたらもう検査できませんね」

「いや、血は採ったよ、うちが採った」

「ええっ?いつのまに!でもバレたから破棄ですか?」

「いや、あんなあ、ホンマはこっそり送ってんねん」

「やりますねえ」

「せやろ」

 和子が笑った。



 凛と美津と直は浩子の病室にいた。


「ヒロ、もうすぐ学園祭だよ。ビデオは放送部が撮るから、また持ってくるよ」

 美津が浩子の横に座って言った。

「美津、私、ビデオじゃなくて、じかに見てみたいなあ」

「ヒロ、そりゃあ出来ればそうしたいけど、外出できる?」

「うん、許可が出ればだけどね。何度か家に帰ったこともあるし」

「そう、じゃあ一度先生に頼んでみたらどう?」

 美津の言葉に浩子は少し間を置いて言った。

「私ね、もうそんなに生きられないのかも知れない」

 そうぽつりと言うと下を向いた。

 凛と美津と直は青くなった。浩子はすっかり弱気になっていた。顔色も以前はつやつやしていたが今はやや土色をしていた。

「主治医の先生も色々頑張ってくれているし、ナースさんも励ましてくれるんだけど、なんだか薬ばっかりキツくて、もうしんどいのよ」

 凛と美津がかける言葉もなく黙っているところへ直が口を出した。

「浩子先輩!行きましょうよ、学園祭!部のみんなもきっと喜んでくれますよ!」

「直、ありがとう。あんたを見てるだけで元気になれそうだよ。わかった、今日、朝倉先生に言ってみる」

 浩子が笑顔になった。


「ちょっと、勝手なことしないでくれますか!」

 いつの間にかそこに浩子の母の光代が立っていた。

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