第三章 もうひとりの吹奏楽部員 5 学園祭1

 直は学園祭の練習に毎日励んでいた。

 季節は秋になり、中庭での練習も風が心地よかった。


 凛も本番が近くなっていたので練習に参加するようになった。

 合奏練習は本番の2週間前から始まった。これには出来る限り三年生も参加した。

 技術室のフロアで吹奏楽部員全員が合奏のスタイルに集合した。小林が前に立った。

「さ、始めよう。島津、チューニングをお願いします」

 クラリネットの島津栄が立ち、B♭を吹いた。その音に合わせてそれぞれの楽器の音が重なって広がって行き、やがてその輪は小さくなっていった。

「よし、ではユーレイズミーアップから始めよう。和田、来て」

「はい」と後ろのパーカッションから和田音が来た。小林が降りて和田が指揮台に立った。

〈へー、音くんが指揮するんだ〉直は少し緊張した。

「では、ユーレイズミーアップ、お願いします。ユーフォニアムソロは決まりましたか?」

 ユーフォニアムは指揮台から見て右側にいた。3年生の安住信久が手を挙げた。

「安住さん、最後の学園祭ですから頑張ってください」

 和田が言うと安住もこくんとうなずいた。

 和田が背筋を伸ばし、指揮棒を構えた。それに合わせて全員が楽器を構えた。

 イントロは木管セクションが中心になる。中でもフルートは主旋律を奏でる。直の緊張は高まった。

 指揮棒がゆっくり上がり、降りたところの打点に合わせて直と凛が静かに旋律を奏で始めた。クラリネットが、トランペットが続き、安住がソロを奏で始めた。


 直は驚いた。


〈ユーフォニアムって、こんなにきれいな音が出るんだ〉


 直は自分のパートを吹きながら聞き入っていた。


 入部した頃は見た目の感じで「金管は音が堅い、木管は柔らかい」などと思い込んでいたが、大きな間違いであることを思い知った。

 安住がかなり練習していたのは直にもわかった。和田の指揮棒に合わせて美しいソロが続いた。

 入部当初は知名度の無い楽器の音もわからずに「ヘンテコ楽器」などと思っていた自分が恥ずかしくなった。


 和田が指揮棒を止めた。


「安住さん、とてもいいです。この調子でいきましょう。えーっと、Cの金管が重なるところですが、フォルテッシモですよね、ここ雰囲気ががらりと変わりますから、もう少しパーンと出ましょう」

「はい!」

 全員が返事をした。

 直は自分と同い年の指揮者に違和感は感じなかった。小林先生の指揮よりわかりやすいな、とすら感じていた。

「フルート、いいですか?」

「は、はいっ!」

 直はいきなり呼ばれて返事をした。

「とってもいいです。だけど、梢さんが少し固いですね、朝倉先輩と揃ってないように思います。しっかり練習をお願いします」

「はい!」

 凛は下級生が指揮を振っても返事は変わらなかった。


「では、Bに二つ前から行きましょう」


 合奏練習は部活終了のぎりぎりまで続いた。

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