第三章 もうひとりの吹奏楽部員 4 浩子と直 3
「あんた、浩子ちゃんの友達か?」
腕を組んで立っていた和子を見た直は少し怯えた。
「は、はい」
「ちょっとええか?」
「はい」
「よっしゃ、ほなこっちおいで」
直は、わからぬまま和子について行った。
直の前に和子の大きな背中が揺れていた。
〈なんて大きな人なんだろう〉
大股でどんどん歩く和子について歩くのに必死だった。
途中、和子の携帯電話が鳴った。歩きながらピッと取った。
「なんや、松浪か、どないしたんや?え?田中のじいさんが、ふん、はあ?おまえ仕事できんでもナースやろ!わからんかったら小堀先生にでも連絡せい!うちは忙しいんや!」ピッと切ってポケットに入れた。
〈なんてコワイひとなんだ〉直は逃げたくなった。
和子は面会室に入った。直もついて入った。
「そっち座り」
和子は直に椅子をすすめた。二人はテーブルを挟んで向かい合って座った。
「帰るところ、引き止めてごめんな。うち、でかいけど怖ないから安心しい」
〈じゅうぶんコワイですけど〉直は首をすくめた。
「うちはな、浩子ちゃんの担当やねん、ほんまの担当は松浪っちゅう肥えた仕事できんナースやけどな」
「は、はい」
「うちは看護師長で一万田というんや」
「わたしは梢直といいます」
「こずえなおか、直って呼んでええか?」
「はい、いいですよお」
〈このひと、怖そうだけどいいひとかも?〉
直の警戒心が少し和らいだ。
和子は直の目を見て話し出した。
「直は浩子ちゃんと同級生か?」
「いいえ、浩子さんはクラブの先輩です」
「ああ、吹奏楽ゆうてたな」
「はい」
「直、浩子ちゃんの病名はな、白血病なんや」
「はい、知ってます」
「でな、主治医の朝倉先生も必死で治療法探してんのや」
「はい」
直は〈何の話するのかな?〉と不審な気持ちだった。
「それで、白血病に一番いいのがな、骨髄移植なんや」
「は、はい」
「それで、その骨髄やねんけど浩子ちゃんに合う型がどないしても見つからんのや」
「は、は、はい」直はちょっと嫌な予感がした。
「もしかしたらやなあ、直は合うかも知れん。いや、赤の他人やから、砂漠のど真ん中で落とした十円玉探すくらいに可能性はメッチャ低いけどな。そやけどうちは奇跡を信じたい」
「え?わたしが、ですか?」
「まあ、無理やと思うけど、検査だけでも協力してくれへんか?」
「え?」
「ちょっと血採るだけや。もちろん直は未成年やから保護者の承諾を取ってからやけど」
和子の押しに圧倒された直だったが、浩子先輩のためならと気持ちが固まった。
「わかりました、検査受けます」
「ありがとう!ほな承諾書渡すさかいに、書いてもらってきてくれるか。検査はそれからや」
和子はうれしそうに面会室を出て行き、しばらくたって封筒を持ってきた。
直は承諾書をカバンに入れてようやく解放された。
※作者注 法律により骨髄移植のドナーに18歳未満は登録出来ませんが、この作品はフィクションである事をご理解ください。
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