第三章 もうひとりの吹奏楽部員 4 浩子と直 1
直はひとりで病院の廊下を歩いていた。
この日学校は職員会議で生徒は授業が終わると速やかに下校しなければならなかった。
直は浩子と二人きりで話がしたかった。そして自分に出来ることを見つけたかった。凛と美津に内緒で病院を訪れた。これは浩子にも連絡していなかったから、もしかしたら会えないかもと思ったが直にとっては事はどうでもよかった。
ナースステーションで名前を記入して浩子の病室に向かった。
浩子のベッドは入って一番奥の右側だった。カーテンが閉められていた。直はそうっとカーテンを開けた。横になっていた浩子が気づいてハッと直の方を向いた。
「誰?」
浩子は不機嫌な顔をした。
「あ、あの、いきなりですいません、あの、この間、美津先輩と凛先輩と、き、来た梢です」
直の顔から血の気が引いた。
「ああ、そうだったかしら」
浩子はベッドの上で上半身を起こした。長い髪は後ろに括られていて不機嫌な表情はそのままだった。直はどうしたらいいかわからなくなった。出来ることなら逃げ出したかった。
「あの、ちょっとお話しできればと思って。でも、すいませんでした!お休みだったのですね」
「わかってたらどうして来たの?」浩子は直に目線も合わさずに言った。
「ごめんなさい!」直は半泣きになってその場を立ち去ろうとした。
「待って!」浩子の声で直の足が止まった。
「怒ってないわよ、ごめんね、こういう性格なの」
そっけなかった浩子の声がやさしくなった。直はゆっくり振り返った。浩子は申し訳なさそうな顔で直をみつめていた。
「こっちに座って」浩子はベッド脇の椅子を直にすすめた。
「はい」直の目に涙が溜まっていた。
「ごめん、薬が変わってしんどいのよ。だからつい、冷たく当たって。せっかく来てくれたのにね」
「いいえ、私こそ突然来てごめんなさい」
「直、下の売店で買って来てほしいものがあるからお願いしていい?わたし、この通り歩けないのよ」
浩子の左手首からベッド脇の点滴スタンドに細いチューブが繋がっていた。
「はい!もちろんです」
「メモに書くから少し待ってて」
浩子はテーブルから小さなメモ帳を取って膝の上で書き出した。
飲料水、チョコレート、漫画雑誌、衛生用品など数点を書いて直に青いカードと一緒に手渡した。
「このカードで買えるからお金は大丈夫。最後にレジで渡したらいいよ。お母さんしばらく来れなくて困ってたんだ。自分で点滴引っ張っていこうと思ってたんだけど直が来てくれてよかったよ」
浩子の笑顔に直はうれしくなった。
「じゃあ、いってきます!」
直が病室を出ると、入れ替わりにスーツを着た男性が入っていった。
県立病院の売店は1階にあった。大手のコンビニが経営を担っていて、通常の品揃えに入院に必要な商品も揃っていた。直はメモを見ながらカゴに商品を入れていった。
「これでよし」満足した顔の直がカゴをレジカウンターに置いた。
「あら?」レジに立っていた店員が直を見て目を丸くした。
「?」直は最初わからなかった。
店員の名札には「こうづ」とあった。
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