第三章 もうひとりの吹奏楽部員 3 進路 6
松浪恵子はナースステーションで書類の整理をしていた。この日は夜勤で看護師長の一万田和子と一緒の勤務だった。深夜の2時を回っていた。この夜はナースコールも無く静かな夜だった。
「松浪、あの子、どないやねん」和子が浩子の看護日誌に目を通しながら言った。
「ああ、ヒロちゃんですか?朝倉先生も治療の方法を変えるようですよ」
「そうやなあ、長いもんなあ。学校も行かれへんし何とかしたったらええのになあ」
「骨髄移植が一番いいんですよね、でも型が見つからないそうなんですよ」
「そうかあ、難儀やなあ」和子は眼鏡を外し目をこすりながらつぶやいた。そして思い出したように言った。
「そや、あの子のお父さんも検査したんやろ!お母さんと別れたけど来てくれた、どうやったんや?」
恵子は首を横に振った。
「そうかあ、あかんかったか、両親があかんかったら困ったなあ」
「病院の全職員も会う人がいなかったようです」
「そらなあ、あとは奇跡を待つのみか」
「凛、進学のことだがなあ」敬三が美代とリビングで凛を前に切り出した。凛は緊張していた。
「あれからお父さんもよく考えたよ。お前に医学の道に進んで欲しい気持ちは変わらないがな、お前もやりたいことがあって気持ちが変わらないみたいだし、そこを認めてあげようと思う。ただし、やる以上はプロ奏者でも教育者でもとにかく頑張りなさい」
「ほ、ほんとう、ですか」
「本当だ。なあ、お母さん」美代がうなづいた。
「あ、ありがとう…ございます」凛の声は涙で続かなかった。
「ただし、大学受験のチャンスは一度だけだ。失敗したら医学部を受けるんだぞ」
「はい!わかりました」凛は両親を前に深々と頭を下げた。
〈きっと、きっとあの人が説得してくれたんだ!〉凛は心の中で感謝した。
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