第三章 もうひとりの吹奏楽部員 3 進路 2

 毎日患者と向き合い、生と死の間で闘っている医師の両親からすればフルートなどは単なる趣味でしかない。しかし凛にとっては趣味を超えた自分自身そのものだったし、高校生という狭い世界の中では精一杯生きている実感なのは当然であった。凛は真剣に音楽に向き合っていた。だが勉強も疎かにせずクラスで一番の成績を保っていた。


 あくる日の放課後、直はいつものように練習の準備をして中庭の大きなにれの木の下でロングトーンを始めた。

 学園祭ではコンクールの課題曲、自由曲の他にその年に流行ったポップスなどを数曲入れて30分演奏する。直にとって入部以来、固苦しい曲ばかりを練習していたので知っている曲を練習するのは楽しかった。

 練習しているところへ和田音がやってきた。直は心臓がドキドキした。同じ学年なのに彼は大人に見えた。留学していた経験がそうさせていた。

「よう、練習進んでる?」音はいつも凛が座る椅子に座った。直の真横だった。凛は進路相談で遅くなる。直の頬が赤くなった。

「うん、大丈夫だよ」

「あ、この曲僕が指揮振るんだよ。合奏の時はよろしくね」

「あらそう!すごいねえ、一年生なのに音くんすごいなあ」

 直は音との時間が早く終わって欲しいと同時にいつまでも続いて欲しいとの感情が交錯していた。

「おっと、邪魔すると朝倉先輩に怒られちゃうな、じゃあ」

「待って!」直は椅子から立った音の腕をとっさに掴んだ。音の顔が赤くなった。

 直はハッとしてすぐに手を離した。

「ご、ごめん!音くんも忙しいよね、じゃあまた」

「う、うん。わからないとこあったら聞いてくれよ!」

 直の心臓はバクバクしていた。手のひらを見た。音の腕の体温、皮膚の感覚が残っていた。


 校庭に秋の風が吹いていた。

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