第三章 もうひとりの吹奏楽部員 2 浩子 9

 1週間後、帰ってきた晴久を待っていたのは光代から突きつけられた離婚届だった。

 光代は憔悴しきっていた。

「どういうことだ」

 出張で疲れているところへいきなりの仕打ちに頭の中は真っ暗になった。

「別れて。もう疲れた」

 晴久は混乱していたが、これまでも光代とは何度も不毛な衝突を繰り返していて、今度はもう諦めが先に立った。

「手続きは私がしますから、さっさと書いてよこして」

「光代、今は浩子が病気で大変なんだ。僕がいなくてやっていけるのか?少し話をしないか?」

「そんな事はわかってるわ。浩子も高校生よ、身の回りにことも自分でできるし、私がついてるから大丈夫よ」

「でも」

「うるさい!もうあなたにはうんざりなのよ!」光代は見たこともない形相で怒鳴った。

「わかった、判子は押そう。僕はこのまま自分の実家に戻るよ。荷物は後で業者に取りに来させる」

 晴久はとりあえず離婚を受け入れて、浩子のことは義母を通じて支援する事を心に決めた。


「え!そうなのかい!光代も別れるなんて、ちょっと私が話ししてやるよ、どうかしてるよあの娘は!」まきは憤慨した。今にもサンダルを履いて外へ出そうだった。

「お義母さん、今行ったら光代をますます興奮させます。こうなったのも光代に寂しい思いをさせた僕の責任です。お義母さんからも話して欲しいですが、もう少し後にしましょう」

 晴久は家を出てまず義母の柏木まきのところに行って報告した。スーツケースを持ったままだった。光代は家に上がって着替えすら許さなかったのだ。

「そうだねえ、あの娘は昔から神経質で思い込みが激しくてねえ…離婚したってあの娘たちを見捨てないでおくれよ、お願いだよ」

「もちろんです。これからはお義母さんを通じて色々支援していくつもりです」

「あんたは本当にいいひとだねえ、普通の人なら怒って当たり前だよ」



 病院から帰ってきた直は元気がなかった。

「おかえり」

「ただいまあ」

 それを真奈美は感じないはずは無かった。

「どうしたの?元気ないわね、加羽沢さんどうだった?」

「うん…」直はそう言うと心にたまったものがあふれたかのようにポロポロと泣き出した。

「あらあら、つらかったのね、さ、着替えてきなさい」

 真奈美はそう言うと直の背中をさすって促した。その手は温かかった。


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