第三章 もうひとりの吹奏楽部員 2 浩子 8
病室を出て、リノリウムの光る廊下を歩きながら美津がポツリと言った。
「ヒロ、いつ退院できるんだろう」
「そうね、なんとかなんないのかな。父は浩子の事、決して話してくれないし」
凛が下を向きながら言った。
「凛のお父さん、ヒロの主治医だったね」
「そうだよ」
「一緒に卒業、難しいね」美津が言った。
「そうかあ、戻ったとしても2年からやり直しかあ」
二人はそれ以上会話が続かなかった。その後ろで直が黙って歩いていた。
「あの…」直が後ろから言った。
「わたし、今日初めて会ったんですけど、浩子先輩には元気になって欲しいから、力になりたいです。美津先輩、凛先輩、どうしたらいいですか?」
「直、うれしいねえ、そんなこと言ってくれるなんて。連れて来てよかったよ」美津がにこりとした。
「また一緒にお見舞いに行こう」凛が言った。
「はい、お願いします!」
「ところでちょっと寄ってかない?」美津が凛の腕をつかみ言った。
「ミスド?」「そう、フレンチクルーラー食べたくなった」
「いいね!」
三人は病院近くのミスタードーナツに寄り道したのだった。
光代はようやく電話を終えた。その顔は疲労感があふれていた。
元夫の晴久に血液検査を受けてもらう了解を取り付けるための電話だったが、晴久はあっさりと了解をし、自分で病院に出向いて検査を受けることにし、型があった場合、骨髄の提供も同意してくれた。
「考えすぎだよ、浩子は僕の娘じゃないか」晴久はそう言った。
光代と晴久が浩子の入院直後に離婚したのは、光代の情緒不安定が原因だった。
商社に勤めている晴久は海外出張が多く、その度に光代は精神が不安定になるのだった。
「女がいるに決まっている」光代は思い込みが激しく夫婦は度々衝突した。
晴久に愛人はいない。ところが妄想の激しい光代の中で晴久の愛人を作り上げていた。
浩子が学校で倒れ、入院が決まった時に光代はオロオロするばかりで、着替えなどの用意などをしたのは晴久の方だった。入院費なども自らが支払いの窓口になっていたのだ。
「光代、入院の手続きは全て済んだから君は何もしなくていいよ。浩子をしっかり頼む」
「あなた、また出張なの?」
「今度は中国だし、1週間だから」
「ほんとは女のところなんでしょ」
「バカなこと言うな!浩子が大変なのに浮気するはずないだろ!」
「また、ごまかす」そうして光代は何も言わなくなり、とりつくしまがなかった。
光代の母が近くに住んでいて、晴久はそこで光代の事を託して出張に行くのだった。
「お義母さん、すいませんよろしくお願いします」
「いつものことだから、あの子も仕方ないねえ、あんたには苦労かけます。ところで浩子は何の病気なんだい?」
「これから検査なのでよくわからないのですが、どうやら白血病のようです」
「ええっ!そりゃ大変じゃないか」
「お義母さん、今は医学も発達していて白血病も昔のように死の病では無いようですよ。ただ、浩子には伏せておいてください」
「そうかい、まあ県立病院はいい先生もたくさんいるからねえ」
晴久は義母に光代の事を託して空港へのタクシーに乗った。
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