第三章 もうひとりの吹奏楽部員 2 浩子 6

「凛先輩、お父さんとお母さんってこんな大きな病院のお医者さんってすごいですねえ」

 ついこの間、自分が救急車で運ばれた病院なのに、直はのんきに言った。

「大きいだけに患者さんも多くて大変なのよ」

 凛は空を見上げながら直に答えた。


 浩子が光代をなじったあくる日、美津と凛と直は放課後、病院を訪れた。


 前の晩、直は真奈美にお見舞いに行くことを報告した。

「あら、それは大変ねえ。直ちゃん、お見舞いは何持って行くつもり?」

 直は真奈美に言われてはっと気がついた。

「ええ?何も考えてないよお、そんなこと全然気がつかなかったよ」

「あなたたち高校生だし、うちがお金包んでも武田さんと朝倉さんの前ではねえ」

「お花とかは?」

「お花はね、昔はよく持っていったけど今はしおれちゃうし、同じ部屋の患者さんがお花の香りがダメな人もいるかも知れないからよした方がいいわ」

「そうかあ…色々難しいんだね」

「部長と凛さんと相談して決めることね」

「うん、そうするよ」


 真奈美としてはお見舞いで一番ありがたいのはお金だと言うことはわかっていたが、大人のしきたりを高校生に押し付けるのも良くないと思って答えをぼかしたのだ。


 直は凛と美津と相談して、小さなクッキーと浩子の愛読する少女漫画を持参したのだった。

 もっとも三人の元気な顔と部の近況報告、そして直のスマホに入っているコンクールの映像が一番のお見舞いになることは言うまでもなかった。


 三人は内科病棟のナースステーションに立ち寄った。

 出てきたのは松浪恵子だった。

「渡辺直美にそっくり…」直は思った。

 訪問名簿に美津が名前を書いた。

「ええっと、武田美津さん、朝倉凛さん…あら、内科の朝倉先生と同じだねえ」

「いつも父がお世話になってます、娘です」

「あらあっ!そうなのお!こちらこそ先生にはお世話になってます!」

「あ、すいません、あまりおおっぴらにしたくないので…今日来たことも父は知らないんです」

 凛が小声で恵子に言った。

「あら、そうなの、はいはいわかりました。それと梢ちょくさん」

「なおです」直がムッとした。〈ちょくなんて名前あるかよ〉

「ああっごめんなさいね、あ、今日はひろちゃん承知済みなのね、では306ですからどうぞ」


 受付を済ませると三人は浩子のいる病室に向かった。

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