第三章 もうひとりの吹奏楽部員 2 浩子 5

「先生、親子なのに合わないんですか?」

「おかあさん、骨髄移植は白血球の型が合わないとダメです。まず遺伝子は両親から半分ずつ受け継ぎますから白血球の型は血液型と違い、親兄弟でもピッタリ合うとは限りません。確率は4分の1です。もちろん型が合えば赤の他人でも移植はできますが、その確率は数百万分の1と言われています」

「そうなんですか…ではその合う型の人が現れなければ娘は…」

 朝倉が言った。

「おかあさん、悲観的にならないでください。我々も娘さんのために全力を尽くします」

「先生、先生だけが頼りなんです!お願いします!」

光代は取り乱し朝倉にすがりついた。今にも卒倒しそうだった。

「おかあさん、しっかりしてください!あなたがしっかりしないと娘さんは不安になりますよ。彼女の前では辛いでしょうが明るく振舞ってください。我々もそうしますから」朝倉は光代の肩をつかんで言い聞かせた。

 朝倉は血液検査の書類を見て言った。

「ところでプライベートなことを聞いて申し訳ないのですが、ご主人は?」

「昨年、娘の入院直後に離婚しました」

「そうですか、もしかしたら型が合う可能性があります。元のご主人と連絡は取れますか?血液検査のお願いはできませんか?」

「あの人は他の女性と住んでます。居場所はわかるのですが、聞いてくれるかどうか…」

「でも、実の娘さんでしょ?」

「あの人は、私と娘を愛してません。だから、娘が病気になっても簡単に他の女のところに行っちゃったんです!」

 光代はハンカチで目頭を押さえて話した。

 朝倉は〈まずいこと聞いたかな?〉と思った。

「わかりました。そういった事情でしたら仕方ありません。でも娘さんの命に関わることですから、おかあさんもあきらめないで、勇気を出してください。時間はありますから」

「はい…先生、すいません。一度話して見ます」


 カンファレンスルームを出た光代は足取りが重かった。離婚までの壮絶な時を考えると

「あの人が、そんな、とてもじゃないけど無理だわ」そう思った。

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